コックピットのハッチを閉じて、起動キーを差し込む。ルルーシュに与えられたスザクの力――ランスロットが起動を始める。
通信機から、セシルの声が聞こえてくる。
『枢木准尉、作戦概要を説明します。ルルーシュ殿下の現在位置は三階奥の館長室、他の人質たちは二階の小倉庫に閉じ込められています。嚮導兵器Z-01ランスロットは、正面から突破して国立美術館へと向かい、館長室と小倉庫、及びそれをつなぐ通路等を破壊せぬよう建物に攻撃を仕掛ける。攻撃から人質たちが地下遺跡へと移動するまでかかる時間は、最低でも六分と予想される。救出並びにテロリストの掃滅は別部隊と共同で行う。なお、美術館への攻撃にはMVSを用いる』
『MVSの切れ味なら、普通の建物ぐらいスパッとやっちゃえるだろうから、うっかり余計なところ壊しちゃわないよう気をつけるんだよぉ〜』
「はい」
ロイドの言葉に頷いて、スザクはまっすぐ前を見据える。
「ランスロット……MEブースト」
『ランスロット、発進!』
セシルの声に合わせて、スザクはランスロットを発進させた。
◇ ◇ ◇
結果的に言えば、作戦は成功した。ランスロットで一気に強行突破した直後、コーネリアと彼女が率いる親衛隊が、テロリストが乗って美術館周辺を守っていたナイトメアを叩き潰して、それから建物の中にいるテロリストたちを一掃するために武装した兵士たちが送り込まれた。
役目を終えたスザクもまた、G-1ベースの隣に移動した特派のヘッドトレーラーにランスロットを置いて、国立美術館の中へと入って行った。G-1ベースの近くには救護トレーラーもあるから、ヘッドトレーラーで待っていれば、救出されたルルーシュの姿を見ることは可能であるけれど、そんなに遅くまで待っていられなかった。
一刻も早く、ルルーシュの無事を確認したかったのだ。
ルルーシュからの通信は、すでに特派ではなく、コーネリアに直接入れられている。この場を指揮しているのが彼女である以上、それは仕方のないことなのだが、そのせいでルルーシュたち人質が今、どんな状況にあるのかスザクには知る術がない。それがひどく心を焦らせた。
足を踏み入れた館内は、すでに軍によって制圧された後だった。
つい数十分前まで我が物顔でこの場を占領していたテロリストたちが、今は物言わぬ骸となって血だまりの中に倒れ伏している。
その中を突っ切って、スザクは地下遺跡へと続く部屋へと向かう。そこに入ってすぐのところにも、数人のテロリストの死体が転がっていた。そして、少し離れたところから扉に向かって点々と、変色して乾きかけの血の跡が残っている。
少し、嫌な予感がした。
扉の前には、コーネリアとその親衛隊の姿があった。
「ルルーシュ、聞こえるか?館内の制圧は終了した。もう大丈夫だから、ここを開けてくれ」
小さな通信機に向かって、コーネリアが話しかけている。
しばらくして、内部から扉が開けられて、それとほとんど同時にユーフェミアが飛び出してきた。
「お姉様!」
彼女はコーネリアの姿を見つけると、その胸に飛び込んで、はらはらと涙を流しながら叫ぶように言った。
「お願い、お姉さま!ルルーシュを……ルルーシュを助けて!!」
その言葉を聞いたとたん、スザクは冷静さをかなぐり捨てて、ユーフェミアが出てきたばかりの扉の中へと飛び込んだ。
「ルルーシュ!」
望んだ姿は、すぐに見つかった。
扉の中は、長い階段になってずっと下へと続いていた。地下遺跡へと続いているのだろう。ルルーシュは、扉を入ってすぐのところで、背中を血まみれにした男を膝の上に抱いて、荒い息を繰り返しているところだった。
「ルルーシュ!?」
「スザクか……?」
慌ててそこまで駆け寄ると、ぼんやりとした目でルルーシュが見上げてきた。その顔色は蒼白で、スザクを見上げる瞳の焦点は定まっていない。明らかに、普通の状態ではなかった。
背後から、がやがやと音がする。スザクに続いて、誰かが中に入って来たのだろう。それを全く無視して、スザクはルルーシュだけを見つめて問いかけた。
「どこか怪我を!?」
「……たいした傷じゃない。肩を撃たれただけだ」
そう言われてみて、スザクはようやくルルーシュの左肩のあたりに、服と似たような色の布が巻きつけられていることに気付いた。包帯がなかったから、ハンカチか何かで代用したのだろう。まだ血が止まっていないのか、暗い色をしているせいで分かりにくいが、その布は血で濡れていた。
それでもルルーシュは、平素と変わらぬ口調で続ける。
「弾は貫通したし、この位置なら臓器も傷ついていない。でも、アレクは……」
「アレク?」
下を向いたルルーシュの視線に釣られて、スザクも下を向く。そうすると、ルルーシュが膝の上に抱いている男の顔が見えた。それは、すでに息絶えたアレクセイの姿だった。
膝に乗せた彼の頭を、ルルーシュはゆっくりと床に下ろして、頼りない足取りで立ち上がろうとする。しかし、途中でふらりと、その細い体はかしいで床に倒れそうになる。
「ルルーシュ!出血がひどいんだから、無理しちゃ駄目だ……!」
スザクは慌ててルルーシュの体を支える。
しかしルルーシュは、それを無視して階段の上――そこに立つコーネリアと泣きじゃくるユーフェミアのことを、厳しい顔で見据えて言った。
「……部下が一人、死にました」
「ルルーシュ、それよりも早く手当てを」
「聞いてください」
コーネリアの言葉を冷たい声でさえぎって、ルルーシュは続ける。
「ユフィのせいです」
ルルーシュの視線の先で、ユーフェミアがびくりと体をすくませる。コーネリアが咎めるような声を上げる。
「ルルーシュ!」
「一概にユフィのせいと言い切ってしまうには語弊があるかもしれませんが……それでもアレクの死は、ユフィにも責任あることです」
「ルルーシュ、やめてくれ!」
「いいえ、ここでやめれば、ユフィはきっと同じことを繰り返す」
腕の中に抱いたルルーシュが、音を立てて歯軋りをするのが分かる。折れそうなぐらい華奢な体が、憤りのあまり震えているのがつぶさに分かった。
「俺が撃たれたからと言って、お前はあそこで駆け寄ってくるべきではなかった!それぐらいのことがどうして分からなかった、ユーフェミア!お前があのとき、俺にかまわずこの中へと逃げこみさえすれば、テロリストが来るまでに俺たちは避難し終えることができた!アレクが俺たちをかばうこともなかった!アレクが死ぬことはなかったんだ!!あのとき、俺に駆け寄ったからと言って、心配すること以外、お前に何ができた!?何もできなかっただろう!ならば俺のことなど気にせず、さっさと避難するべきだったんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪など必要ない!倉庫のときもそうだ!民間人をかばおうとする心意気は立派なものだ!だが、お前が名乗り出て何になった!?その場しのぎ以外、お前に何ができた!俺が代わりに名乗り出た意味を、お前は真に理解しているのか!?無知で愚かで無力な、お飾りの皇女が……!」
「言いすぎだ!それ以上のユフィへの暴言は許さんぞ、ルルーシュ!」
「俺が言っているのは事実だけです!ユフィがこんなふうに育ったのは、貴方の責任でもあるのに……!貴方はもっと世界について、ユフィに教えるべきだったんだ!!」
「っ……!」
コーネリアは息を呑んで黙り込んだ。
スザクはエリア18に来た初日のことを思い出す。貴方はユフィに対して甘すぎる、とルルーシュは苦い顔でコーネリアに言っていた。その結果が、これなのだ。
それでも、ルルーシュは少し言いすぎだとスザクも思うから、止めようとして名前を呼んだ。
「ルルーシュ」
「だって、そうすればアレクは……!……っ……」
しかしスザクが止める前に、ルルーシュの体から力が抜けて、スザクの方に寄りかかってくる。
「ルルーシュ……?」
呼びかけても、返事は返ってこない。どうやら、意識を失ったようだ。
顔をのぞきこむと、唇は青ざめていて、額には冷や汗が浮かんでいる。呼吸も浅い。震えているのは怒りのせいなのだとばかり思っていたのだが、もしかすると失血性ショックを引き起こしているのかもしれない。
スザクは慌ててルルーシュの体を抱き上げて、走り出した。
「どこへ行く!」
「失血性ショックを引き起こしている可能性があります!急いで治療しないと危険です!」
問いただしてくるコーネリアに叫び返して、スザクはルルーシュを抱いたまま、救護トレーラーまで走って行った。
◇ ◇ ◇
治療の後、総督府にある医療施設の一室に移されたルルーシュに、スザクはずっと付いていた。アレク以外に、ルルーシュの護衛として美術館に付いていっていた親衛隊の者や、救出作戦に混ざって地下遺跡の入り口であった出来事を見ていた親衛隊たちが何故か、悔しそうな顔をしながらも、スザクにルルーシュの看病をするよう言ったからだった。
スザクとしても、それは決して断るようなことではなかったから、喜んで了承した。
(でも、何で皆、あんな顔してたんだろう……?)
血の気のない顔でベッドに横たわっているルルーシュを見つめながら、スザクはそっと首を傾げる。
ルルーシュは皇族としてはかなり親しみやすい方であるが、だからと言って、身分もわきまえずに接してくる人間に対して寛容であるわけではない。許可もなく馴れ馴れしい口調で話しかけて、けんもほろろにあしらわれた馬鹿貴族たちの存在を、長年ルルーシュに仕えてきた親衛隊の面々は知っている。
しかしルルーシュは、非常時だったとは言え、スザクの態度を咎めなかった。そのことだけで、ルルーシュにとってスザクが特別なのだということを彼らが悟るには十分だった。
だから、ルルーシュの幸せのためならばと涙を呑んで、親衛隊の面々はルルーシュの看病という大事な仕事を譲ったわけである。目が覚めて、一番に目に入るのがスザクの顔なら、ルルーシュはきっと喜ぶはずだと彼らは考えたのだ。
ルルーシュが目を覚ましたのは、人質救出から約一日が経ってからだった。
方々から送られてきた見舞いの花を、そこらへんに転がっていた花瓶にスザクが苦戦しながら活けていると、ベッドの方から小さなうめき声が聞こえてきた。
「っ……う……」
「ルルーシュ!?」
スザクは花瓶も花も放り出して、慌ててベッドの側へと駆け寄った。
「すざ、く……?……ここは……俺は、どうして……」
ぼんやりとした瞳でスザクのことを見たルルーシュは、起き上がろうとするが、肩に走った痛みのせいで顔をしかめてシーツの上へと戻る破目になる。
スザクはそれを見て苦笑しながら、ベッドの側にある椅子に腰掛けた。
「無理しちゃ駄目だよ。大丈夫って君は言ってたけど、本当はかなり出血がひどかったんだから」
「……ああ、そうか……美術館でテロに遭ったんだったな……あれからどれだけ経っている?俺はどれだけの間眠っていた?ここはまだ、エリア18か?」
「落ち着いて。君が眠っていたのは、ちょうど一日ぐらいだよ。ここは、エリア18の総督府にある医療施設。他に聞きたいことは?」
「……いや……特には」
「そう……あ、そうだ。目が覚めたのなら、お医者さん呼ばなきゃ」
そう言ってスザクが、枕元にあるナースコールのボタンを押そうとすると、ルルーシュがそれを止めた。
「呼ばなくていい。医者は……嫌いだ」
「そんな子供みたいなこと言わないで」
なだめるようなスザクの声に、ルルーシュはそっぽを向く。
「子供でいい。医者は嫌いなんだ……だって、ナナリーのことを助けてくれなかった」
「ナナリー?」
「妹だ……8年前に殺された、俺のたった一人の妹。異母兄弟は、他にもたくさんいるけど……本当の意味での俺の兄弟はナナリーだけだ」
「そっか……大切だったんだね」
「……でも、もういない……」
暗い声で、スザクを見ようとしないまま、ルルーシュはぽつりと言った。そう言ったときのルルーシュが、あまりに悲しげで寂しげな顔をしていたから、スザクは思わずルルーシュの手を握っていた。
「……アレクが撃たれたとき、母さんとナナリーが撃たれたときのことを思い出した……」
(そうか……だからあのとき、あんなふうに感情的になってたんだ)
ギラギラした目で、コーネリアとユーフェミアのことを睨み付けていたルルーシュを思い出して、スザクは納得する。あのときは言いすぎだと思ったけれど、過去のトラウマを掘り返された状況で、どうして冷静でいられるだろうか。
「……あのときは、母さんがナナリーをかばったんだ……アレクが、俺とユフィのことをかばったみたいに……」
そう言って、ルルーシュは泣きそうな顔になる。スザクは、ルルーシュの手を握り締めた手に、少しだけ力を込めた。それに気付いて、ルルーシュが不思議そうな顔をして見上げてくる。
「スザク?」
「僕がいるよ」
そう言うと、ルルーシュは目を見開いてスザクを見た。
「え……?」
「君の妹の代わりになんてなれないけど、僕はずっと君の側にいる。側にいて、君を守るよ。だから……そんな顔しないで」
「……同情か?それとも憐憫か?」
「違う!」
大声で否定すると、ルルーシュは驚いた顔になって、次に困ったような顔になった。
「どうして君が泣くんだ?」
「え……あ、ちが……!」
ルルーシュの言葉に、スザクは自分が泣いていることに気付いて、慌ててごしごしと顔を拭った。こんな年になって人前で、しかも女の子の前で泣くなんて恥ずかしすぎる。
「すまない。意地の悪いことを言った」
「君が謝ることなんてない……でも本当に、同情でも憐憫でもないよ。信じて、ルルーシュ」
真剣な顔で、ルルーシュのことをじっと見つめて言うと、ルルーシュはふっと笑って言った。
「これからも、そんなふうに敬語をやめてくれるのなら、信じてやってもいい」
「っ……うん!」
スザクはとてもうれしそうな顔をして頷いた。
けれど、信じると言ったのにルルーシュの笑顔は何故かやっぱり、少しだけ悲しそうに見えた。