シロクロニクル 〜白の喪章 18〜


『これより我が軍は、EU軍を迎え撃つ!作戦目的は、長くEUに占領されていたエリア13の奪還にある!作戦の要を担うのは、紅蓮弐式だ!』
 ルルーシュの、凛とした声が通信として響く。
 紅蓮弐式から数百メートルほど離れた地点で、砂の中から突き出た巨大な岩の影に隠れるようにして、ランスロットに乗ったスザクは待機していた。そして、コックピットの中で、カメラをズームにして紅蓮弐式を眺めている。
 EU軍は、すぐ近くまでやって来ている。広大な砂の海の上に、ぽつんと孤独にたたずむ紅蓮弐式に向かって。
(もうすぐ近くに来てるのに……紅蓮弐式だけで、一体何をするつもりなんだろう……)
 まさか、おとりにでも使うつもりなのかと一瞬疑いの念が脳裏に浮かぶが、それを払拭するようにルルーシュがカレンへの指示を出す。
『カレン、貫通電極は3番を使う。……一撃で決められるな?』
『はい。……出力確認。輻射波動機構、砂砕状態維持……』
 答えるカレンの声も聞こえてくる。一撃で決められるな、なんて言ったということは、何かしらのちゃんとした作戦があるということなのだろう。
 しかし、そうこうしている間にも、敵勢は紅蓮弐式まであと少しといったところにまで近づいて来ている。砲弾と弾丸の雨が、紅蓮弐式から数メートルしか離れていない地点に降り注ぐ。
 しかし、紅蓮弐式は微動だにすることなく、砂の地面に埋まった細長い何かを異様な形の右腕でつかんだままだ。
『……外周伝達!』
 通信機越しに、カレンの声が響いたとたん、紅蓮弐式の周りを放電現象が襲う。
「なっ……?」 
 スザクが驚いていると、ルルーシュの怒声とカレンの返事が聞こえてきて、紅蓮弐式が背後に跳び下がるのと同時に、紅蓮弐式が立っていた斜面の砂がずず、と不気味な動きをする。そして次の瞬間、砂は一気に斜面を滑り落ちて、斜面のふもとにいたEU軍を呑み込む。
 そして砂は、ある一転を中心にしてずぶずぶと動く範囲を広げていく。それはあっという間の出来事で、勢いづいて進んでいたEU軍の半分ほどが、見る間に砂の中へと呑み込まれていく。
 スザクは驚愕に目を見開いて絶句していた。
「こんな……」
 ようやく出た言葉も、言葉と言うにもお粗末な短いもの。それでも、それ以上に喋ることなんてできなかった。
 紅蓮弐式が作戦の要になるとは明言されたが、具体的に何をするのかということまでは、一般兵にまでは知らされていない。だからスザクは、紅蓮弐式がたった一機で砂漠の中央に配置されたときは、一体何を考えているのだろうまさかおとりにするつもりなのかとルルーシュの考えを疑ったのだが、そんな思いも今は吹き飛んでしまった。

 紅蓮弐式、たった一機だけの配置。敵はそれを、罠かといぶかしく思うのが普通だが、油断を誘われるだろうことも事実である。いくらナイトメアフレームの戦力が桁違いと言っても、単機で一軍の相手をできるほどのものではないからだ。
 何年もブリタニアと敵対を続けるEU軍なら、何十機も立ち並ぶナイトメアに怯んだ経験があるはず。それゆえに、疎ましいナイトメアを叩き潰すことができる機会に、彼らが浮き足立たないわけがない。よほど冷静で頭の回る人間でもない限り、その誘惑に逆らうことなど無理なはず。
 そして、紅蓮弐式の背後数百メートルには、G-1ベースがたたずんでいる。皇室専用と冠されるだけあって、この船艇は皇族以外の人間が勝手に動かすことはできない。つまり、G-1ベースがあるということは、必ずそこに皇族がいるということなのだ。
 紅蓮弐式を突破すれば、ブリタニア皇族を一人捕えるか、殺すチャンスがすぐそこにある。EU軍を煽る材料としては、もってこいのものだった。
 皇族という餌に釣られて、まずは紅蓮弐式を突破しようとしてそこへ近づいていったEU軍。
 しかし、彼らを待っていたのは、紅蓮弐式というナイトメアの撃破という戦功ではなく、砂の中に呑みこまれてしまうという失態だった。砂漠を行く旅人が恐れる魔物――大規模な流砂に巻き込まれたのである。
 このタイミングで、流砂なんて都合のいいものが自然に起こるはずがない。人工的に、引き起こされたのだ。
 詳しい原理は、スザクには分からないが、紅蓮弐式が一瞬幾筋もの電光に包まれた数秒後、動きと言えば風に吹き動かされる微小なものが精々だった砂が、渦を巻くように一気に動き始めた。これを、紅蓮弐式に引き起こされたと考える以外、何の仕業と考えることができるだろうか。
 流砂を引き起こすなんて、正規の戦法ではまずありえないかなりの奇策だ。そもそも、人工的に流砂を起こすなんてこと自体が難しいのに、それに敵軍に混乱をもたらすほどの威力を持たせるなんてことは、それ以上に難しいはずだ。
 それでも、そんな難しい策をルルーシュは成功させた。これだけの手腕があるから、ルルーシュは軍部内でカリスマ視され、畏敬とともに黒の皇女という二つ名で呼ばれるのだろう。
 これで、一気にブリタニア軍は優位に立つ。
 現に、流砂の餌食となったEU軍は現在、機能停止状態に陥って混乱しつくしている。流砂に呑まれると言っても、車体や機体全体が砂の中に埋もれているものはほんの少数で、残りは一部が流砂の中に引きずり込まれているのみなのだが、それでも自由に動けないということはかなりの不利。

 そこまでのことを、スザクが考えたのはほんの一瞬のことだった。
 EU軍が混乱から立ち直る隙など与えないとでも言うように、ルルーシュが指示を出し始める。
『レオン隊、流砂で足止めされているEU軍を壊滅させろ!ケリー隊、流砂を避けて進み、残りのEU軍を叩き潰せ!特派――スザクは背後から回り込み、敵軍の撤退を許すな!』
「イエス、ユアハイネス!」
 命令に返事を返すとほとんど同時に、スザクはMEブーストを発動させる。そして、フルスロットルでランスロットを発進させた。
 しかし、ルルーシュの声をこれで止まず、スザクにとっては驚くべきことを告げてくる。
『残りの者は、俺について来い!敵将を潰す!カレン、道を開くのは君に任せる』
(俺について来いって……)
「……えええっ!?」
 スザクは驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。しかし、通信回線は切ってあったため、突然の奇声に対するつっこみはどこからも入らない。
「殿下って、G-1ベースで指揮を執ってるんじゃ……」
 ないの?思うスザクだが、現実は違う。

 ルルーシュは、ナイトメアに乗って戦場に出ている。それが、ルルーシュの戦い方だからだ。
 つい数時間前、外でルルーシュと話したときに、ルルーシュが言った強行策という言葉。それは、総指揮を執る立場にありながら、同時にナイトメアで戦場に出るという無茶を指していた。
 ルルーシュの異母姉に当たるコーネリアも、それと同じことをしているが、彼女の場合は卓抜したナイトメア操縦技術があるからあまり問題はない。
 しかしルルーシュの場合は、あくまで並程度の操縦技量しかないのだ。弱くもないが、強くもない。それならば、わざわざナイトメアに乗ることなどせず、G-1ベースで指揮を執っていればいいと思うかもしれない。
 今現在ならば、それをしても問題はないだろう。G-1ベースから指示を出して、黒の皇女と呼ばれるカリスマの指示に従わない軍人など皆無であろうから。
 しかし、彼女が初めて戦場に出ることになった五年前は違った。五年前、ルルーシュがまだ軍で何の功績も挙げていなかったときに同じことをしても、ルルーシュに従う人間はいなかった。だからルルーシュは、ナイトメアに乗って戦い己の身を危険にさらして、その上で見事な采配を振ることによって、部下を掌握したのだ。そうしなければ、誰も言うことを聞くものなんていなかったから。
 今でもルルーシュがナイトメアに乗って戦場に出ているのは、そのときのことを覚えているからである。自分から動かなければ、部下は誰もついてこない。ルルーシュはそれを、身をもって知っている。

 けれどスザクは、ルルーシュの過去を知らない。過去にルルーシュが、どんな状況に置かれていたのか、どれだけの苦労をしなければ這い上がることができなかったのか、その苦労も努力も覚悟も、何も知らない。
 だからルルーシュが、総指揮官でありながら他の軍人たちと同じようにナイトメアに乗って戦っていることが、かなり無茶なことのように感じられた。
 しかし、ランスロットで敵を行動不能に追い詰めながら、紅蓮弐式の後に続いて戦場を駆けるルルーシュを見ていると、それが間違いであることに早々に気付いた。
 量産型ナイトメアばかりの中で、一際目立つオリジナルナイトメアフレーム紅蓮弐式のすぐ側にあって、敵のいい的となる状態にありながら、ルルーシュの乗るナイトメアは傷一つ負っていない。それは、紅蓮弐式がかばっているからということもあるが、それ以上にルルーシュの先読みが優れているからだった。
 ミサイルや砲弾が飛んでくれば、それが届く前に別の場所に移動するか、従えているナイトメア軍勢に即座に指示を出して撃破させる。近づいてこようとする敵があれば、その前に叩き潰させる。
 自分の技量が、特に優れているわけでもないことが分かっているから、前線に立ちながらも指示を出すことに重きを置いているのだろう。
 そんなふうに、通信からは、紅蓮弐式や他の隊に指示を出すルルーシュの声が聞こえてくる。ナイトメアの操縦の傍らにやっているはずのそれはしかし、ひどく的確で、悪魔的なまでの頭脳を感じさせる。
『スザク!敵右翼が撤退する!逃がすな!』
「イエス、ユアハイネス!」
 スザクにもまた、指示が寄越される。
 撤退するとルルーシュは言っていたが、EU軍はまだ動きを見せない。けれど、十数秒もしないうちに、敵軍はルルーシュの言うとおり、撤退を始めた。
 ルルーシュはまるで、先を見通す予言者のようだ。時代が時代ならば、魔女と呼ばれて排斥されていたかもしれない。優秀であることは悪くないが、人と違いすぎることは、人に恐怖を思い起こさせる。
 敵軍勢を沈めながら、スザクもまた、怖いほどの頭脳を有したルルーシュに、かすかな畏怖を覚えていた。同時に、多大なる尊敬の念もまた。

 そして戦闘は、一時間も経たないうちに片が付いた。言うまでもなく、ブリタニア軍の勝利という形で。



◇ ◇ ◇



 EU軍を、エル・アラメインまで押し返すどころか、ルルーシュが特派で言っていたようにエリア13から追い出すまで、時間は10日とかからなかった。
 流砂を引き起こすという奇策は、一回きりしか使われることがなかった(奇策といったものは、相手がそれを予想もしていない出来事を起こすから、奇策たりえるのだ。続けて使っても、その策が広く人――特に敵の知れるところとなれば、一度目のときほどの効果はありえない)ものの、最初の戦いで勢いづいたブリタニア軍と、逆に出鼻をくじかれた感のあるEU軍。
 精神的にどちらが有利かと言われれば、間違いなくブリタニア軍であったし、何よりも今回軍を率いている総司令官は、黒の皇女と名高いルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。ブリタニアきっての知将と呼ばれる存在であり、戦場に出れば負けなしという間違いなしのカリスマ。
 その指揮下にあるのだから、兵士たちは負けるなんて毛頭思っていないだろうし、EU軍は逆に怖気づいたはずだ。
 その結果が、10日とかからぬうちの目的達成。しかし、ロイドもセシルもそのことについて驚いているような素振りはちっとも見せなかったから、ルルーシュがそれほどまでに有能なことは、彼らにとってはもはや当たり前のことなのだろう。
 けれどスザクにとって、それは当たり前のことではなかったから、ルルーシュの存在がこれまで以上に遠いものに感じるようになった。


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