それから少しして、G-1ベースは移動を終えて、総督府へとたどり着いた。
スザクは、ルルーシュの親衛隊に連れられてそこから降りて、総督府の一角へ連れて行かれた。そして何故か、親衛隊の面々(カレンを除く)に囲まれて何故か酒盛りをすることになった。いわく、新人歓迎式だということ。何でも、ルルーシュに引き抜かれて新人がやってくるたびに、親交を深めるという名目で飲んでいるらしい。どうやら、ルルーシュの親衛隊たちの仲がやたらと気安いものに見えるのは、何かあるたびに皆で酒を飲み交わしているからのようだ。
さらに言えば、新人をぐだぐだに酔い潰させるのが恒例だとかで、スザクは今、やたらと酒を勧められた。
「ほら!枢木、飲めよ!」
拒む間もなくグラスを持たされて、そこにどっぱどっぱと豪快に酒を注がれる。
スザクは困惑した顔になり、グラスを返そうとする。
「いや、あの……僕は未成年ですから……お酒はちょっと……」
「未成年ン?ばぁーか、ブリタニアでは、酒は15歳から飲んでいいんだよ!」
「そ、そうなんですか……?」
そんな法律、聞いたことがなかったが嘘だと決め付けるわけにもいかない。
ルールは守るべきだと思うが、郷に入っては郷に従えという言葉もある。と言うか、ブリタニアの法律が酒は15からOKということになっているのなら、別に飲んだって問題はない。
スザクは仕方なく、目の前のグラスをあおることにした。
翌日。スザクはどうも、世間で俗にザルとかワクとか呼ばれる部類に入る人間だったらしく、浴びるような量の酒を飲まされたにも関わらず、平然としていた。どうやら肝臓も、人並み以上に丈夫らしい。
まとめ終えた荷物を持って、大きな飛行艇に乗り込む。こちらまで来たときは、もっと小さな小型機で来たらしいのだが、今はスザクだけでなく特派の人間とそれに付随する機器(主にランスロット)も増えたために、この大きさのものになったらしい。
行き先は、ブリタニアだ。
◇ ◇ ◇
ブリタニア宮廷の一角にある長い廊下を、ルルーシュの後について、スザクは歩いていた。横に並んで、ロイドも歩いている。
向かっている先は、宰相閣下――第二皇子シュナイゼルの執務室らしい。ブリタニア宮に来たことなど、これが初めてのスザクには、どこに向かっているのかなんて全く分からないから、これはルルーシュが言っていたことをつなぎ合わせて考えた推測である。そうでなければ、こんなややこしい造りの宮殿で、どこに向かっているのかどころか、どこを歩いているのか分からないスザクに、行き先を知ることなど不可能だ。
「もうすぐ着く」
不意に、ルルーシュがぽつりと言った。前を歩くルルーシュの背中はどこか、緊張しているように見えた。他の人が見れば、そうは見えなかっただろう。けれど、人の気配を読むことに長けているスザクにはそう思えた。
ルルーシュの言葉通り、少しすると、二人の軍人が扉の前を守っている部屋が見えてくる。その二人の軍人を気に留めることもなく、ルルーシュは扉の前で立ち止まると、ノックをしながら言った。
「義兄上、ルルーシュです」
中から小さく、入室を許可する低い声が聞こえてくる。ルルーシュはそれにしたがって、目の前にある扉を開けようとするが、その前に扉の前に控えていた軍人がすばやく動いて扉を開けた。
「失礼します」
ロイドとスザクも、それに続いて入室する。イレブンのスザクは、入室を止められたりしないのかと思っていたのだが、そういったことはなかった。やはり、スザクを連れているのがルルーシュであるという事実が大きいのだろう。
背後で扉が閉められる音を聞きながら、スザクは頭を下げた。ここにいるのは、名実ともにブリタニアのナンバー2の人物である。スザクの行動は当たり前のものだったが、隣にいるロイドは普通に立っていた。多分その気安い態度は、救護トレーラーでルルーシュが言っていた、義兄上自慢の技術者云々なんて事実が関係しているのだろう。
「勝手な事情で留守にして申し訳ありません。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、ただいま戻りました」
「お帰り、ルルーシュ。クロヴィスから聞いたよ」
優しげで低い男の声――多分、これがシュナイゼルの声なのだろう――が部屋に響く。
「テロに遭ったんだって?心配したよ。ほら、もっと近くに来て、君の無事を確かめさせてくれないのかい?」
「私がエリア11に行ったときに、運悪くテロが起こっただけのことです。別に、私が被害にあったわけではありませんので、大丈夫です。……ですが、心配をかけて申し訳ありませんでした」
「相変わらず、他人行儀な子だね」
ルルーシュの機械的な返事に、シュナイゼルは苦笑する。それは、かたくなな妹を見守る優しい兄、といったふうに思えた。ここに向かうまでの間、ルルーシュが緊張しているように見えたのが嘘に思えるほど、その声は愛情にあふれている。きっとシュナイゼルは、ルルーシュのことをものすごく大切にしているのだろう。聞いている者全てにそう思わせるだけの、包み込むような優しさがそこにはあった。
「それで、それが今回、君がエリア11に出向いてまで迎えに行った者かい?」
「はい。枢木スザク准尉です。昨日、ロイドにランスロットのデヴァイサーとして貸し与えたところ、偏屈のロイドが気に入るほどの能力を発揮してくれました。つきましては私に、特派を預かる許可をいただきたいのですが……」
「君に、特派を?」
「はい。クロヴィス義兄上の下にあっても、特派の能力は無駄になるだけです。それに、ランスロットのデータを取るためには、枢木の存在が不可欠です。私は、彼を手放す気はありませんので、特派がクロヴィス義兄上の下にい続けるのならば、彼をデヴァイサーとして特派に貸すことはできません。ですから、特派と私の両方のために、これは必要な提案ではないかと」
しばらくの沈黙の後、シュナイゼルはこころよく返事をした。
「いいよ。君がすることはいつも、私が期待した以上の成果を上げてくれるからね。今回も、期待しているよ」
「……ありがとうございます、義兄上」
ルルーシュは、ほっとしたような声を上げる。
それからすぐに、シュナイゼルがスザクに声をかけてきた。
「枢木スザク君、顔を上げてくれないか?」
「はっ!」
入室してからずっと下げていた頭を上げて、シュナイゼルを見る。すると、大きな執務机に向かっている青年と、それから少し離れたところに立ち、目を伏せているルルーシュが見えた。青年は、傾国の美貌を誇るルルーシュの隣に並んでも、かすむことがないほどの美丈夫だった。
髪の色は混じり気のない金、瞳はルルーシュとはまた違った紫色、美しい相貌はあくまで冷たさとは無縁の柔和なものであり、薄めの唇は笑みを刻んでいる。
(これが、ブリタニアの宰相……)
こんな男が、本当にブリタニアの宰相なのかと思えるほど、どこまでも優しげに見える人物だった。外見は少し、クロヴィスに似ているだろうか。しかし、優しげに見えるのも、クロヴィスに似ているように見えるのも、外見だけだ。受ける印象がまるで違うことにスザクは気付いた。
シュナイゼルは、柔和で優しげに見えるが、よく観察してみるとまるで隙がない。普通の人間なら気付かないだろうそれを、十にならぬ年であったころすでに武術の天才と言われていたスザクであるからこそ、見て取ることができた。この人が相手なら、ルルーシュが緊張しているように見えたのも、間違いではなかったのかもしれない。
けれど、と思う。確かにシュナイゼルは、隙が全くない人物だ。しかし、彼がルルーシュに向けている視線は、あくまで愛情に満ち溢れたものに見える。それならば、ルルーシュに限って、シュナイゼルに対して緊張する必要などないのではないだろうか。それとも、昨日ルルーシュがクロヴィスに言った、『八年前』にあったらしい何かが、ルルーシュのかたくなさの原因なのだろうか。
何も知らないがゆえに、あれこれと想像を膨らませるスザクに、シュナイゼルがふっと笑いかけて言った。
「ルルーシュの目は確かだからね。君にも期待しているよ」
「はっ!ご期待に沿えるよう、精一杯努めます!」
そう答えたスザクの視線の先で、シュナイゼルは座ったまま、側に立っていたルルーシュの腕を引っ張ると、ルルーシュを自分の膝の上に乗せた。
「義兄上!?」
ルルーシュは目を白黒させて驚いているが、スザクも驚いた。
(兄妹間のスキンシップって……こんなのだったっけ……?)
スザクは一人っ子だったため、自分の経験を参考にすることはできないが、周りにいた人間の兄妹関係から鑑みるに、これは何か違う気がする。いや、妹がもっと小さな――幼女と言えるような場合、別におかしなことではないのだろうが、ルルーシュはすでに十代半ばの少女である。そしてシュナイゼルは、二十代後半あたりに見える立派な青年だ。普通、これぐらいの年頃になったら、ここまでのスキンシップを図る家族はほとんどいないだろう。
「なっ……ルルーシュ殿下にそんなことするなんて、ずるいですよぉ!!」
ロイドも、スザクの隣でわめいていたが、彼の場合、驚きではなくて嫉妬心からわめいているようだ。と言うか、騎士にして欲しいと何度も頼み込んでいる相手が膝の上に抱き上げられているのを見て、ずるいと言うのは騎士志願者としてかなり間違っているのではないだろうか。
「はは、不用意な発言は慎んだ方がいいよ、ロイド。この子にこんなことをしてもいいのは、私だけだからね」
シュナイゼルはそう言って、ルルーシュの唇ギリギリのところにキスを落とす。同時に、ロイドが奇声を上げた。
大切な妹に付きまとう虫に対する牽制――なのかもしれないが、いくらなんでもこれはやりすぎだろう。現に、シュナイゼルの膝の上、彼の腕に抱かれてルルーシュは、困ったような顔をしている。
しかしシュナイゼルは何も気にすることなく、穏やかな笑みを浮かべてスザクに話しかけてきた。
「スザク君。この子は時折、とんでもない無茶をするから、よろしく頼むよ。私の、何よりも大切な宝石だ。怪我一つさせないように、全力で守ってやってくれ」
「イエス、ユアハイネス」
「では、話は終わりだ」
そう言ってシュナイゼルは、ロイドとスザクに、婉曲的な退室を促した。それに便乗して、ルルーシュがシュナイゼルの腕から逃れようとする。
「義兄上、私も……」
「ルルーシュ、君にはまだ、話があるんだ」
「お仕事の邪魔をするわけには……」
「副宰相の君がいて、どうして仕事の邪魔になるんだい?」
スザクは全く知らなかったが、ルルーシュはどうやら、ブリタニアの副宰相らしい。ということは、ブリタニアで三番目に偉い人なのではないだろうか。
「ですが、帰るなりこちらに来たので、私にも都合が……」
往生際悪く、引き止めるシュナイゼルの言葉に否定を返しているルルーシュ。
「ルルーシュ」
しかしシュナイゼルが、強い声でそう言ったとたん、諦めたようにうなだれて、こくりと頷いた。
「……分かりました」
そして、シュナイゼルの膝の上で、くるりと顔だけをこちらに向けて言った。
「ロイド、スザク、二人とも先に戻っているといい」
「分かりましたぁ」
ルルーシュの言葉に、ロイドはぶすくれたように返事をしている。スザクも遅れて返事をした。
「実験をするのもいいが、あまり無茶なことはするなよ」
「はぁーい」
ルルーシュからの忠告に、ロイドは適当に頷いて、ひらひらと手を振りながら扉に手をかけた。スザクも、部屋から出て行くロイドに続く。
そして、扉をくぐった後、開いた扉を閉めようとして振り向いたスザクは、信じられないものを目にした。
嫌がるように眉根を寄せたルルーシュの、紅を塗らずとも赤い色をした唇に、己の唇を重ねているシュナイゼルの姿を。
目を見開いて、その場で硬直していると、シュナイゼルがこちらに視線を寄越した。彼は、スザクがキスをしている二人のことを凝視していると気付くと、楽しそうに目を細めて、ルルーシュの口内に舌を差し入れてキスを深いものにする。ルルーシュが体を強張らせたにも関わらず、シュナイゼルは気遣うことなくキスを続けた。
シュナイゼルとルルーシュは、異母兄妹とは言え、実の兄妹。それなのに、どうして目の前のような光景が繰り広げられているのか、スザクには理解できず呆然と突っ立っていることしかできなかった。