任務が終わり、特派のトレーラーに帰って、通信機を通して聞こえてくる誘導に従って、ランスロットを格納する。それから、いくつかボタンを操作してから、作動キーを抜き取る。
そして、ハッチを開いてコックピットから出ると、そこには満面の笑みを浮かべたロイドがいた。彼は、まるで水を得た魚のように、実に生き生きとした顔をしてこちらへと詰め寄ってくる。
「いいねぇ、君!最高だよぉ!ねえ、ちょっとこれから27時間ほど、ランスロットのデータ取るために、実験に協力してくれない?」
「に、27時間ですか……」
スザクは顔を引きつらせた。いくら人並み以上の体力を持つスザクでも、怪我をしているこの状態で、27時間休まず実験に付き合うというのは、遠慮願いたい。怪我にかまうことなくランスロットを動かしていたせいか、先ほどから、撃たれたあたりがズキズキと痛みを発しているのだ。さすがのスザクでも、体が休養を欲していた。
誰か常識人が、このマッドサイエンティストっぽい人を止めてくれないかと儚い期待をしてみるが、すぐ側にいたセシルは、スザクからさっと目を逸らした。どうやら彼女も、ロイドの無茶な発言を止めないぐらいには、ランスロットのデータを取りたいと思っているらしい。技術者の鑑である。
仕方ないと、スザクは諦めに大きなため息を漏らした。
ランスロットのデータを取ることで、この白い機体が更なる進化を遂げることになるのならば、スザクにこれを与えると言ってくれたルルーシュの言に、少しでも報いることができるだろう。何もできなかったスザクに、ランスロットという巨大な力を与えてくれた彼女のために、できる限りのことをしたい。
そのためならば、肉体の損傷ぐらい何でもない。どうせ、人並み以上を通り越して、むしろ野生の獣並だと言われるぐらい回復力に長じたスザクの傷なんて、すぐに治ってしまうのだから。
「……分かりま」
した、と全てスザクが言い終える前に、扉が開いてトレーラーの中に人が入ってきた。それは、カレンだった。
スザクは思わず、ルルーシュの姿を探してしまうが、カレン一人しかそこにはいない。彼女は、いつもルルーシュの側にいるというイメージが強いため、一人でいるのを見ると何だか奇妙な感じがする。
カレンは、パイロットスーツ姿でロイドの前に立っているスザクを見ると、鋭い目をしてスザクを睨み付けてきて、言った。
「枢木一等兵!」
「はい……?」
スザクは、わずかに首を傾げながら答えた。何の用だということよりも、初めて会ったときから妙に敵視されている気がするのだが、いったいどうしてなのだろうということが気にかかった。ここ何年もの間で向けられ慣れた、ナンバーズに対する嫌悪とは違う気がする。それではと、初めて会った昨夜、ルルーシュに対して不敬とも言える態度で接してしまったから、そのせいだと考えたが、それも何だか違う気がする。
スザクはそんなことを考えるが、超能力者でもない限り心を読むなんてできないから、カレンはスザクの疑念に答えなんか返してくれるはずもなく、ただ短く言った。
「付いて来て」
「えーと、今すぐ、ですか?」
「そうよ」
スザクの問いかけに返ってきたのは、有無を言わせない口調だった。
どうやら、27時間なんていう無謀な実験から、逃れることができるらしい。主である人のため、とは思っていても、この体で27時間休みなしに付き合うというのはつらいし、データを取る上でもあまりよろしくないはずだから、スザクはほっと息を吐くと従順に頷いた。
「はい」
その瞬間、ロイドが悲痛な叫び声を上げる。
「そんなぁ!シュタットフェルト少佐、枢木一等兵はこれから実験に……!」
憐れっぽい声を上げるロイド。しかし、普通に考えてほしい。この場合、真実かわいそうなのは、怪我をしたばかりなのに、実験に27時間も付き合わされようとしていたスザクの方であって、決してロイドではありえない。
ゆえに、スザクは全く心を痛めることなく、セシルから差し出された着替え(どうやら救護トレーラーから持ってきてくれていたらしい)を受け取ると、ためらくことなく着替えるために奥へと向かった。
「ルルーシュ様が、彼を親衛隊の面々と引き合わせるように、とおっしゃいましたので」
背後から、カレンのそんな声が聞こえてきて、スザクはルルーシュに感謝した。彼女がそう言ってくれなければ、27時間にも及ぶらしい実験を逃れられることは、まずなかっただろうから。もちろん、傷が治って体が元通りになったあかつきには、長時間にもわたる実験にでも何にでも、ちゃんと付き合う気はあるのだが。
スザクの存在なんて忘れたように、カレンは、後ろを付いていくスザクを振り向くことも、声をかけてくることもなく、不機嫌そうな顔をしてずんずんと進んでいく。特派のトレーラーを出て外を歩いているときはそれでも良かったのだが、彼女がG-1ベースに入っていったときは、さすがに焦った。G-1ベースとは、総督が軍事行動を起こす際、移動指揮所となるところである。普通なら、イレブンであるスザクが入れるような場所ではない。スザクはその場でたたらを踏んだ。
案の定、入り口に控えていた兵士たちが、スザクの人種的特徴を見て取って、銃を向けてくる。
「何の用だ!?ここにイレブンが立ち入ることは許可されていない!」
「え、あの……」
「下がれ!」
どうしたものか、と困惑して眉根を寄せていると、すでに十メートルほど先まで進んでいたカレンから鋭い一喝が飛んでくる。
「下がるのはあんたたちの方よ!」
「なっ……ですが!」
「黙れ!」
そう言ったカレンは、嫌悪感をむき出しの顔をしていた。まるで、ブリタニア人がスザクに向けるような。けれど、今カレンが対しているのは、ブリタニア人の兵士である。
不思議に思うスザクを置いて、カレンは続ける。
「ルルーシュ殿下の許可は取ってある!」
その言葉が、まるで印籠であったかのように、スザクに銃を向けていた兵士たちは銃を下ろして、大人しく引き下がった。昔、家で見たことのある、陳腐な時代劇のようだ。
(皇族効果って、やっぱりすごいんだなあ……)
ほとんど形骸化した天皇制国家の中で育ってきたスザクにとってみれば、イマイチ皇族と偉い人がイコールでつながらないのだが、ブリタニアで一番偉い人と言えば皇帝で、次に皇族、貴族と続く。一兵卒にとってみれば、皇族なんてものは、雲のまた上にいるような存在なのである。彼ら兵士の反応も、もっともと言えた。
スザクは、引き下がった兵士たちの横をすり抜けて、慌ててカレンの後を追った。そして、早足に進むカレンは、やがてとある部屋へと入っていった。スザクも後に続く。
その中にいたのは、射撃訓練場で見た、ルルーシュの親衛隊らしき面々だった。訓練場では気付かなかったが、彼らは皆、揃いの黒い軍服を身にまとっている。多分、それが親衛隊の制服なのだろう。
部屋の中をどすどすと荒い足取りで進んで、隅にあるソファーにどかっと腰掛けるカレンに、彼らは苦笑を送っていた。そして、彼らの中の一人が、スザクに向かって話しかけてくる。
「……枢木スザク、でいいんだよな?」
「あ、はい」
「初めまして、俺は……」
と、一人が名前と階級だけの短い自己紹介をしてくるのを皮切りに、皆が順に、スザクに自己紹介をしてくる。聞き逃したりしないよう耳を大きくするが、軽く10人以上いるのだ。これだけ一度に言われても、覚えきれるわけがない。かと言って、名前を間違えたりしたらまずいから、しばらくの間は適当に切り抜けるしかないか、とスザクは心の中でため息を吐く。
カレン以外、全員の自己紹介が済んだところで、彼らのうち一人の青年が明るく笑いながら言った。
「ま、そのうち覚えられるさ」
どうやら、スザクの内心などお見通しだったらしい。
少しばかり気まずくて、顔を引きつらせて笑うスザクに、青年は追い討ちをかけるようなことを口にする。
「でも、親衛隊のメンバーはまだまだいるから、全員の顔と名前を覚えるのは大変だぜ?今回の訪問はお忍びだから、半分以上のメンバーは本国に残されてるんだ」
「そうなんですか……」
さらに顔を引きつらせながら、スザクは彼らの、イレブンに向けるものとはとても思えない態度を、意外に思っていた。
(何だか……すごく普通な感じだなあ……)
主であるルルーシュがどう思っていようとも、スザクはイレブンだ。ルルーシュの親衛隊たちには、どんな目を向けられるのだろうと思っていたのだが、想像と全く違う。
そんなことを思っていると、ソファーの方からカレンの声が聞こえてきた。
「私はカレン」
他の皆が自己紹介を終えても、ずっと黙り込んでいたから、スザクはてっきり彼女は自己紹介をしてくれないのだと思っていたのだが、どうやらちゃんとしてくれるらしい。そんなことを考えているスザクを置いて、カレンは話を続ける。
「カレン・シュタットフェルトよ。階級は少佐で、ルルーシュ殿下の親衛隊隊長を務めてるわ。明日にはもうここを発つって殿下が言ってたから、あんた、今日中に荷物まとめといた方がいいわよ。じゃないと、本当に身一つで去ることになるから」
「……荷物?」
「殿下に引き抜かれたんだから、あんたも一緒に本国に行くに決まってるでしょう。そうじゃないと意味無いじゃない。……あと、あんたの階級だけど、ナイトメアに乗せるのに一等兵じゃ格好が付かないってことで、准尉に特進させるって殿下が言ってたから。多分明日にでも、階級上がってるんじゃないの」
「じゅっ……!?」
スザクは目を見開いた。兵卒に過ぎない一等兵から、いきなり准尉になると言われた人間の反応として、至極まともなものである。
(ありえない……)
普通なら、絶対にありえないような特進。ましてや、スザクはイレブンだ。ナンバーズは本来ならば、どれだけがんばっても、下士官までしか出世できないはずなのだ。それなのに、下士官を通り越して、一兵卒から准士官の准尉に出世である。不可能を可能にする、これが、ブリタニアの皇族が有する権力というものなのだろうか。
スザクは呆然となった。
間の抜けた顔をさらしているスザクに、カレンが続いて声をかけてくる。
「枢木スザク。私、あんたのこと嫌いだから」
そう言ったカレンに視線を向けると、彼女は鋭い目でスザクを見ているところだった。
(仕方ないか……僕はイレブンだから……)
それ以外、思い当たる理由がないため、スザクはそう思った。何となく、ブリタニア人がナンバーズに向けるような嫌悪とは違うような気がしたのだが、イレブンだからという理由以外で思い当たることなんて、本当になかったからだ。
親衛隊の、カレン以外の面々が好意的だからと言って、彼女までもがそうであらねばならない理由はどこにもない。大体、普通に考えてみれば、おかしいのはルルーシュの親衛隊たちの態度であって、カレンの態度はブリタニア人としてむしろ正常なものである。
しかしカレンは、そんなふうなスザクの考えを、次の言葉で木っ端微塵に粉砕した。
「言っとくけど、あんたがナンバーズだって理由で、あんたのことを嫌いなわけじゃないからね」
「じゃあ、どうしてですか?」
「……あんた、何だか嘘くさいのよ」
「……」
スザクは黙り込んだ。嘘くさい。そんなことを言われたのは、初めてだ。と言うか普通そんなことは、思っていても言わない類のことではないのだろうか。
けれど、カレンにそう言われる理由が、スザクには理解できた。
七年前に、スザクは口調を変えた。感情を、あまり表に出さなくなった。多分、前よりもずっと穏やかになった。理想的で、綺麗な生き方をしようと決めたのだ。それは、スザクの本来の性格とは違ったもので、だから多分そのせいなのだろう。カレンが、スザクを嘘くさいと思うのは。
スザクとしては、七年前の決意はとても真剣なもので、嘘くさいなんて言われるのは非常に心外なのだが、反論したってどうにもならないだろう。
「だから、私はあんたを信用できない。あんたみたいな奴が、ルルーシュ殿下の側にいることが許せない」
そう言って、カレンは一際眼光鋭くスザクを睨み付けてくる。
そんな彼女に、親衛隊の一人が、苦い笑いを浮かべながら言った。
「隊長、もういいじゃないか。嘘くさいって、それ、隊長の主観に過ぎないでしょうが」
「でもっ……!」
反論しようとするカレンに、他の親衛隊員たちも口々に言う。
「それに、隊長の心配は杞憂だって、殿下もおっしゃってたじゃないですか」
「そうそう、枢木を騎士にするつもりなんじゃないかって疑念も、殿下はきっぱり否定なさったし」
「って言うか、殿下はいったい、誰のこと騎士にするつもりなんだろうな。周りからは、早く決めるようにせっつかれてるらしいけど、そんな素振り全く見せないしな」
「とにかく!」
どこかずれた方向に進んでいっている話を断ち切るように、カレンは声を張り上げた。しん、と黙りこんだ親衛隊の面々をぎろりと睨み付けて、カレンは宣言した。
「気に入らないものは気に入らないのよ!親睦を深めるのは、私抜きでやってよね!」
どかどかと足音も荒く、カレンは部屋を出て行った。
それを見送って、親衛隊のメンバーたちがため息を吐きながら口を開く。
「あーあ、隊長、殿下に関することになると、とたんに神経質になるからなあ」
「ああなると、気が静まるのを待つしかないよな」
「くわばら、くわばら。黙ってれば美人なのに……はあ」
そんなことを口々に言い合う親衛隊たち。
スザクは彼らに、先ほどの会話の中で、気になっていたことを一つ問いかけることにした。
「あの……ルルーシュ殿下って、まだ騎士を持っていらっしゃらないんですか?」
要職に就いている皇子皇女は、自分の専任騎士を持っているのが普通だ。ルルーシュは、黒の皇女という通り名まで付けられ、軍部でもカリスマ視されているような、皇族の中でもかなりの実力者である。しかも、彼女が政治軍事に携わるようになってから、すでに五年以上もの月日(スザクは正確なところを知らないが)が経過していると聞く。普通なら、とっくに騎士を選んでいるものである。
「ああ。何人も騎士志願者はいるが、あの方は誰も選ぼうとしないんだ。そういやお前、ランスロットのデヴァイサーになったんだっけ?特派のアスプルンド伯爵も、何年も前から殿下に騎士にして欲しいって言ってるけど、いっつも断られてるぜ」
「そうそう。……だからさ、殿下が新しい奴を親衛隊に引っ張り込むたびに、もしかしらこいつを騎士にするつもりじゃないかって心配になるんだけど……」
「今回はその心配もないから、安心だな!」
「ああ、殿下自ら、枢木を騎士にするつもりはないって言ってたしな」
何人もの口から、口々に語られる情報を聞いて、スザクは少しうつむいた。
分かっている。イレブンのスザクを引き抜くような変わり者はいても、イレブンを己の専任騎士にするような皇族はいないと。ましてやルルーシュは、軍部に大きな支持を受けている。そして、軍人の多くがブリタニア人だ。そんな状況の中で、スザクを騎士にしたりすれば、ルルーシュは軍部の支持を失うかもしれない。
けれど、そうと分かっていても、ルルーシュが言ったという、スザクを騎士にするつもりはないのだという言葉に、何故かちくりと心が痛んだ。