それから一時間もしないうちに、ロイドが仮定したとおり、クロヴィスから特派に出動要請が出された。
救護トレーラーで、服をパイロットスーツへと着替え終わったスザクは、通信でセシルと話しながら、外に出た。外にあったのは、白亜の機体を覆っていた大きな布が、取り外される光景だった。その風圧で、ふわりと前髪が浮き上がる。
「……これが……」
これまで見たことのある、どのナイトメアフレームとも違った機体に、スザクは目を見開いて足を止める。通信機越しに、セシルが説明をしてくれた。
『そう。私たち特別派遣嚮導技術部による、試作嚮導兵器、ランスロット。世界で唯一の第7世代ナイトメアフレームよ……とは言っても、第7世代に相当するナイトメアフレームは存在するんだけど……』
セシルの苦笑にかぶせるように、ロイドが通信に割り込んでくる。
『ダメ、認めない!アレはまだ未完成だよぉ!だから僕のランスロットが一番!つまり、ラクシャータより僕の方が優秀!』
『ロイド、お前な……』
ルルーシュの、呆れたような声が続いて聞こえてくる。ラクシャータ、という名前は先ほどの会話にも出てきていたが、会話の流れから考えて、ルルーシュの下にいる技術者なのだろう。
ロイドとルルーシュの会話は続く。
『だから殿下、僕のこと、側に置く気はありません?』
『ない』
『ちぇっ……こんなにお買い得なのに……』
きっぱりとした物言いのルルーシュに、ロイドは落胆したような声を漏らした。しかし、そんな状況ではないと気付いたのか、すぐにスザクに声をかけてくる。
『んじゃあスザク君、そろそろ初期起動に入ろうか』
「はい」
ロイドに従って、スザクはランスロットに近づいた。そのまま、技術者たちの誘導に従って、コックピットに乗り込む。 金色の作動キーを挿しこんで、シミュレーターでやったのと同じように、機体を起動させていく。発進体勢を取って、ランドスピナーをセットする。
そのとき、不意にルルーシュから通信が入った。
『スザク……』
「はい?」
『心配ないとは思うが……生きて戻れ』
生きて戻るように。そう言われて、喜ばない人は多分、多くない。スザクは、その多くない部類に入る稀少な人間だった。七年前から、ずっとそうだ。生きたいと、そう思うことがなくなった。だからその言葉に、普通ならばイエスと言えるわけがなかった。
けれどスザクは、一瞬もためらうことなく、ルルーシュに嘘を吐いた。顔には、穏やかな笑顔さえ浮かんでいる。
「はい。必ず」
そう答えると同時に、MEブーストを発動させる。それからすぐに、セシルから、発進の合図が出た。
スザクは、フルスロットルでランスロットを発進させると、テロリストを壊滅させるために、荒れ果てたシンジュクゲットーの中を進んでいった。
そして数時間後。
毒ガスを盗み、シンジュクゲットーを騒がした挙句、どこから盗み出したのか大量のサザーランドまで持ち出したテロリストは、ランスロット一機の活躍で、壊滅にまで追い込まれた。
◇ ◇ ◇
ランスロットが出陣して、敵勢力を壊滅させていたとき。ルルーシュは、クロヴィスと同じ部屋にいた。ランスロットが発進すると同時に、特派のトレーラーから移動したのだ。スザクを助けた――むしろ助けさせたというべきか――際に、シンジュクゲットーに出ていたカレンと他にもう一人の親衛隊員が戻ってきていたから、その二人を引き連れて。
クロヴィスの軍隊が負けたテロリストを、ランスロットがたった一機で倒した様を見て、ルルーシュは満足げに口の端を吊り上げて笑う。
スザクが挙げた功績は、ルルーシュが望んだ以上にすばらしいものだったし、驚愕しきって絶句し、青ざめてさえいるクロヴィスを見るのは、存外に楽しいものだった。これほど上機嫌になったのは、久しぶりのことだ。
「……予想以上……」
ランスロット以外の熱反応がなくなった画面を見て、ルルーシュはぽつりとつぶやく。
たった一機で、戦場をひっくり返してしまうほどの力。それは決して、ランスロットという機体の性能だけのものではなくて、スザクの能力があってこそのものだ。これだけの働きをしてみせたのだから、ロイドがスザクを役不足だと突き返してくることもないだろうし、ルルーシュがスザクを引き抜くことに、公然と文句を言ってくるものも少なくなるだろう。ブリタニアでは、強者こそが全てだから。
そう思って、安堵から息を吐く。
そうしていたかと思うと、ルルーシュは強気な表情になって、隣に立っていたクロヴィスを見上げた。
「義兄上、これでもまだ、私が彼を引き抜くのを、お止めになりますか?」
その言葉に、クロヴィスは弾かれたように体を揺らして、ルルーシュを見た。口をパクパクと開閉させ、往生際悪く何かを言い募ろうとしていたようだが、やがて諦めたようにうなだれる。そして、クロヴィスは暗い声を出した。
「……私に、お前がすることを止める権利など、ないと言ったのはお前だろう。……好きにするといい」
「ありがとうございます、義兄上」
にこりと微笑んで、礼を言いながら、ルルーシュはうなだれるクロヴィスを観察した。
邪魔をされれば冷たい言葉を投げつけはするものの、ルルーシュはこの異母兄のことを、嫌っているわけではない。むしろ、数多くいる異母兄弟の中では、一、二を争うぐらい好きだと思っている。ユーフェミアのようにただ無邪気なだけではなくて人間らしく汚いところもあるから親しみやすく、シュナイゼルやコーネリアのように頭が切れるわけでもないから、ひどく利用しやすい。それに何より、ルルーシュのことをちゃんと大切にしてくれる。
他の兄弟ならまだしも、そんな義兄のことを沈ませたままというのも、何だか妙に悪い気がする。ルルーシュは仕方ないとでも言いたげに小さくため息を吐くと、クロヴィスとの距離を詰め、少し背伸びをしてクロヴィスの頬に口づけた。
「っ!?」
とたん、目を白黒させる兄に、ルルーシュはすまなさそうな顔をして言う。
「先ほどは、失礼なことを申し上げてすみませんでした。……仲直り、しましょう?」
そう言って、ことりと首を傾げて、甘えるようにクロヴィスを見上げる。八年前までは、よくやっていたことだ。ルルーシュが、クロヴィスのことをチェスでこてんぱんにやり込めるたび、不機嫌になったクロヴィスの機嫌を直すために、よくこうやって機嫌を取った記憶がある。そうすれば、クロヴィスの機嫌はすぐに直ったから。
しかし、自分でやっておきながらなんだが、正直とても気持ち悪い。子供だったときならまだしも、今の自分がこんなことをしている姿なんて、想像するだけでも嫌だ。
それでも、嫌がった分だけの効果はあったらしく、クロヴィスは簡単に機嫌を直して、うれしそうな顔になった。
「ルルーシュ……!もちろんだとも!」
感極まったような声を出すクロヴィスを見て、ルルーシュが思っていたのは、相変わらず単純だな、なんていうこと。まあ、その単純さが、この義兄を好ましく思う理由の一つであるのだが。
しかし、今でもここまでの効果があるとは、思っていなかった。これからは、ちょくちょく使うべきだろうか。
そんなことを考えているルルーシュは、知らない。この後カレンから、年頃の女性が軽々しくそんなことをするものじゃないと、散々叱られることを。
そして、思うのだ。頬へのキスぐらい、大したことじゃないのに、と。カレンが怖かったから、口に出す愚を犯すことはなかったが、それは紛れもなくルルーシュの本心だった。