「……どうしたんですか?」
「その……」
スザクの問いかけに、ルルーシュは口ごもる。
その様子に、ルルーシュはスザクが撃たれた原因を知っているのだと、スザクは本能的に悟った。
スザクがそう悟るのとほとんど同時に、ルルーシュはすまなさそうに目を伏せながら口を開く。
「……すまなかった。俺のせいで、傷を……」
「殿下のせいではありません」
慌てて否定するスザクを見て、ルルーシュは激昂したように目尻を吊り上げて、声を荒げる。
「嘘はいらない!俺のせいだ!俺の……俺はまた……!」
感情を乱して荒ぶる様さえ、まるで嘘のように美しい人だった。
ルルーシュが突然取り乱した様にも驚いたが、スザクはそれ以上に引っかかる言葉を耳にして、首を傾げる。
「……また?」
「っ……!」
きょとんとした表情のスザクを見て、ルルーシュは我に返ったように目を見開いた。
その瞬間、取り乱したことを恥じるように、白桃のような頬に朱が上る。同時にルルーシュは、後悔するように眉を顰めて、花の蕾のように可憐な唇を噛み締めてうつむいた。
「……すまない。気にしないでくれ」
「はあ……」
気にしないでくれと言われても、気にならないはずがない。人間とは、好奇心の生き物なのだ。
しかし、素直にそんなことを言うわけにもいかないので、スザクは曖昧に頷いておいた。
ルルーシュはスザクと視線を合わせないまま、ぽつりと言う。
「そんなことより、傷はどうだ?時計のおかげで、軽症だと医者は言っていたが……」
「大丈夫です。これぐらいの傷なら、すぐに治りますから。本当に、殿下が気に病む必要なんてありません」
スザクは全くの本心から、そう言葉をつむいだ。身体能力が人間離れしているのと同様に、スザクは回復能力も飛びぬけているから、これぐらいの傷ならすぐに治るのだ。
しかし、ルルーシュはくしゃりと顔をしかめて、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……それぐらい、させてくれ。俺のせいなんだから……」
このままでは、いつまで経っても平行線だ。ルルーシュは、スザクが大丈夫だと言っても、強がりか気遣いとしか取ってくれないだろう。
だからスザクは、推測に過ぎないけれど、確信に近いものを持っている言葉を口にすることにした。きっとルルーシュには、否定するよりも、丸め込むほうがたやすい。
「ですが、自分を助けてくださったのも、殿下でしょう?」
その言葉に、案の定ルルーシュは、驚いたように目を見開いてスザクを見た。
「どうして……?」
(やっぱりそうだったんだ……)
心の中で、スザクはつぶやく。
幼子のように無防備な表情をさらしているルルーシュを見つめて、スザクは言った。
「自分が撃たれたとき、意識を失う前に、貴方がカレンと呼んでいた少女の声が聞こえました。空耳かと思ったんですが……あそこで、彼女がクロヴィス殿下の親衛隊を止めてくれたから、自分は生きている……そうでしょう?」
おそらくは、ルルーシュがスザクを守るために、カレンを寄越してくれたのだろう。ブリタニア人の軍人たちが、ルルーシュに声をかけられたスザクに対して、何をするか分からないということを予測していて、予防措置を取ってくれたのだろう。
意識を失う直前に聞こえた、誰かのあの声は、カレンのものだったのだ。
問いかけるスザクから視線を外して、ルルーシュは苦虫をつぶしたような顔をして言う。
「……元々、君が撃たれる原因を作ったのは俺のせいなんだから、それぐらいは当然だ」
「でも、自分はお礼を言いたいんです」
ルルーシュの罪悪感を軽くしようと、全く重きを置いていない己の命を助けてもらったことに対する感謝をスザクが口にしても、ルルーシュは暗い面持ちを崩さない。
「礼を言いたいのなら、後でカレンにでも言っておくんだな。君を助けたのは、カレンだ」
どこまでも素直じゃないルルーシュに、スザクは思わずむっとした。
(……かわいくない)
こんなに綺麗で、物語の中に出てくるお姫様みたいな容姿をしているくせに、どうしてこんなに意地っ張りなのだろうか。スザクの感謝を素直に受け取って、罪悪感なんて捨ててしまえばいいのに。
生真面目と言うべきか、強情張りと言うべきか、どちらにしても、そんな性格をしていては生きにくいことは確かだろう。
身分的にも本物の皇女様なのだから、物語に出てくるお姫様のように、もっと幸せに生きていける方法はあるはずだ。
それなのに、どうして。
そんなことを考えているスザクに気付かず、ルルーシュは暗い表情のまま続ける。
「……こんなことになって、本当に申し訳ないと思っている。俺の側にいることで、これからも、同じようなことがあるかもしれない。それでも俺は、君を……部下に、欲しいんだ」
「……どうしてですか?」
不自然に途切れたルルーシュの言葉の意味に気付くことなく、スザクは心底からの疑問に、真剣な顔をして問いかけていた。
どうしてルルーシュは、こんなにも強く、スザクのことを欲しいと言うのだろうか。スザクはナンバーズで、それゆえにこれまで大した功績を上げたことなんてなくて、ルルーシュがそこまでして欲しがる要素なんて、どこにもない。
(それなのにどうして……)
疑問に思うよりも、戸惑いの方が大きい。
そんなスザクに気付いたのだろう。
ルルーシュは、暗い表情を崩して、口元に笑みを浮かべた。
「君は、自分の力を理解していないらしい。その身体能力、ナイトメアフレーム騎乗に対する適性、シミュレーターでの数値……そのどれを取っても、他の誰よりも優れている。俺は、誰よりも優れた部下が欲しい。それだけの理由では、理解できないか?」
何となく、がっかりした気分だった。
でも、ルルーシュがどう言えば満足だったのかと聞かれたら、スザクは答えられないだろう。
「ですが、自分はナンバーズで……」
「俺は、ブリタニア人やナンバーズなんて区別に、意味はないと考えている。……考えてもみろ。クロヴィス義兄上など、ブリタニア皇族の一員だが、あんな鳥頭で役立たずなんだぞ」
「っ……」
至極真面目な容姿で放たれた言葉に、スザクは笑い出しそうになって、腹筋に力を込めた。クロヴィスが鳥頭で役立たずかどうかスザクには分からないが、真面目な顔でそんなことを言わないで欲しい。
ルルーシュは皇族だから、気にせずそんなことを言えるのかもしれないが、ナンバーズのスザクがそれに吹き出したりしたら、不敬罪で罰を与えられること確実だ。
口元を歪めて、必死に笑いをこらえているスザクに気付く様子もなく、ルルーシュは淡々とした口調で続ける。
「ブリタニアの論理では、強者が全て。だから、何かを変えたければ、強くあらなければならない。……だから俺は、俺が強くなるために、君が欲しい。弱者を省みないブリタニアを変えるための力が……」
最後の言葉に、スザクは大きく目を見開いた。
ブリタニアを変えたい。そんなことを思っている人が、ブリタニア皇族にいるなんて、考えたこともなかったからだ。
ブリタニア軍に入ることを決めたときから、ずっと、内部からブリタニアを変えてみせると思っていた。そう思いながら、もう何年も、何もなせないまま過ごしてきた。
けれど、ルルーシュの下に付けば、何かを変えることができるかもしれない。黒の皇女と呼ばれて、政治にも軍事にも大きな影響力を持ち、ブリタニアを変えたいと思っているルルーシュの下でなら。
(僕にも、何かできるのかな……今までは何もできなかったけど、今度こそ……)
スザクは心を決めて、ベッドの横に立つルルーシュを見上げた。
「……自分はナンバーズです」
「知っている」
「適性やシミュレーションでの数値がどれだけ高くても、実戦では何の役にも立たないかもしれません」
むしろ、役に立たないかもしれないどころの話ではなく、役立たずになるのは確実だろう。イレブンのスザクは、騎士――ナイトメアフレーム騎乗権利者にはなれない。
「俺の目に狂いはないさ」
けれど、自信満々な態度で言うルルーシュに、思わず苦笑が漏れてしまう。けれど、すぐに真面目な表情に戻って、スザクは言った。
「……それでも良ければ、殿下。自分は、貴方の下で働きたいです」
それは、本心からの言葉だった。
射撃訓練場で答えるのを邪魔されたとき、あのときスザクは、皇族の言葉には逆らえないから仕方がない、という気持ちルルーシュの申し出を受けようとしていた。
けれど、今は違う。
ルルーシュの下で、ブリタニアを変える助けになりたかった。ルルーシュの下でなら、望んだ生き方ができる気がした。
真摯なスザクの視線を受けて、ルルーシュは何故か、複雑そうな顔で瞳を細めた。スザクを引き抜きたいと言ったのは彼女なのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。
「……では、我が最強の矛となれ、枢木スザク」
スザクは返事をしようとするが、続けられた言葉に、驚いて動きを止める。
「君が振るう剣は、俺が全て肯定してやる。だから、我欲を捨て、その力を俺のためだけに使うことを誓え」
七年前にスザクは、決して自分のためには力を使ったりしないと決意した。誰かのために。その目的以外のためには、絶対に力を使うことはしないと。
もちろん、ルルーシュはスザクがそんなことを思っているなんて、知りもしないのだろう。
それでもルルーシュの言葉は、スザクの心に、泣きたいほどの安堵をもたらした。
ルルーシュが、スザクが剣を振るう理由になってくれる。だからこれ以降、スザクが行使する力は、自分のためのものではありえないのだ。この誓約が、それを肯定してくれる。
それだけでも、スザクがルルーシュに忠誠を誓うには、十分すぎた。
「……イエス、ユアハイネス」
そう言って、スザクは静かに頭を下げた。