シュナイゼルは会場からシュナイゼルの宮の中にある一室――ルルーシュに与えた部屋へと直行して、ルルーシュの体を広いベッドの上に放り投げるようにして乱暴に置いた。
「っ……!」
息を詰めるルルーシュの上に、すかさずシュナイゼルが覆いかぶさってくる。ルルーシュは体勢を立て直す隙さえ与えられることなく、頭上で両の手首を固定された。
「こんな顔をして……」
ルルーシュの手首を固定する手とは反対の手で、シュナイゼルはルルーシュの頬をゆっくりとなぞりながら言う。
「そんなにユーフェミアが心配かい?君が作り上げた黒の騎士団の行く末よりも、半分しか血のつながっていない義妹のことが」
「まさか……」
そんなはずはないと言い切ろうとしたはずなのに、何故か続く声が出てこない。ルルーシュはそこでようやく、ユーフェミアを心配している自分が心の片隅に存在することを認識した。そして、シュナイゼルに言われるまで黒の騎士団のことを、ほとんど考えさえしなかったことを。
(そんな……どうして……!?)
ユーフェミアなんてどうでもいいのだ。ナナリー以外の家族なんて家族じゃない。だからユーフェミアがどうなろうと――たとえシュナイゼルに使い捨てられようと、そんなことを心配してやる必要なんて、ルルーシュにはない。
そう思っているのに、幼いころ一緒に過ごした記憶がその邪魔をする。まだ幸せだったころの優しい記憶がルルーシュに、ユーフェミアを切り捨てることを許さない。スザクが白兜のパイロットだと知っても、ユーフェミアの騎士になって完全にブリタニア側に回ったと知っても、彼のことを切り捨てることができなかったように。ルルーシュはユーフェミアを切り捨てることができない。
絶句しているルルーシュに向かって、シュナイゼルは言った。
「君は甘いね。テロリストになってクロヴィスを殺したのに……それでもまだ、ユーフェミアのことを気にかけるのかい?」
「っ……」
(うるさいうるさいうるさい!俺はユフィのことなんて心配していない!クロヴィスもユフィも、ナナリー以外の血縁なんて家族なんかじゃないんだ!だからユフィがどうなろうと、俺には関係ない!)
ルルーシュはシュナイゼルを強く睨み付けて、自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶ。
シュナイゼルはそんなルルーシュを見下ろして、どこか楽しげな笑みを浮かべた。
「そんな目で私を見るのは、初めてだね。君はいつも私に怯えていたから」
睨み付けて、どうして喜ばれなくてはならないのだろう。ルルーシュという名の玩具が新しい面を見せるのが、そんなにも楽しいのだろうか。
「俺は……俺は!貴方を楽しませるために存在しているわけじゃない!!」
吐き捨てるように叫ぶルルーシュを見て、シュナイゼルは驚いたように目を瞠った。
「何を言うんだい、ルルーシュ?君をそんな風に見たことなんて、一度も無いよ」
「嘘だ!」
「本当だ」
そう言って、シュナイゼルは少し困ったような苦笑を浮かべる。
「君ほど私を困らせる存在を、私は他に知らない」
そう言ったときのシュナイゼルの目は、これまで見たこともないような、ひどく真剣で狂おしい色を宿していた。
(どうしてそんな目で俺を……)
ルルーシュのことなんて、興味深い玩具ぐらいにしか思っていないくせに。昔からルルーシュの嫌がることばかりしてきたくせに。何かあれば、簡単に手放すことができるような軽いものとしか思っていなかったくせに。
そんな目で見ないで欲しい。
ルルーシュは苦い顔をして、シュナイゼルの視線から逃れるように顔をそらした。見なくても、彼が苦笑する気配が伝わってくる。
「ほら、今もそうだ……そうやって、君はいつも私の真実から目を逸らす」
「……あなたの真実など、そんなものどこにあると言うのですか。あなたには何もない。あなたはただ求められるがまま行動するだけだ!」
ルルーシュがそう吐き捨てたとき、シュナイゼルのまとう空気がガラリと変わる。
「何もない、か……確かに、君会うまではそうだった。だが今は違うのだと、聡明な君なら理解していると思っていたのだがね」
(怒らせた?まさか、こんなことでどうして……)
「あにう、」
ルルーシュが抵抗の言葉を吐く前に、シュナイゼルはルルーシュの顎をつかんで固定して、その唇に噛み付くようなキスを落とした。
◇ ◇ ◇
ルルーシュとナナリーがブリタニアへ連れ戻されてから、約一ヶ月。同じく、ユーフェミアが行政特区日本設立を宣言してからも約一ヶ月。
パーティーやテレビで見世物扱いされるようなことは、今ではもうほとんどなくなっていた。新鮮さを失えば、どれだけ大きな出来事だって人の興味の対象からは外れていく。見世物扱いされなくなったということは、ルルーシュとナナリーという異質が、ブリタニアの中に組み込まれてしまったというだけのことだ。
周囲の騒ぎが落ち着くや否や、すぐにでもどこかの国へ外交の道具として送られるのではないかと危惧していたのだが、その懸念は外れた。ルルーシュはなぜか現在、ブリタニア宰相補佐の一人として仕事をしていた。
「宰相閣下、こちらの書類の決裁をお願いします。至急とのことですので、お急ぎください」
「ああ、分かったよ」
シュナイゼルは有能な上司なので、その仕事ぶりを見ていて不満に思うようなことはない。だが、彼が有能だからこそ理解できない。ろくな教育も受けていないルルーシュを宰相補佐に就けるなんて、有能な宰相にはありえないふるまいである。シュナイゼルに何らかの思惑があるのか、それとも父親の考えか。
誰がどのように思ってこんな措置を取ったのかは知らないが、ブリタニアに連れ戻されてしまった今となっては、この状況は考え付く限りの可能性の中で決して悪いものはない。むしろ上等の部類に入るので、ルルーシュとしても文句はなかった。皇族としての教育はもう何年も受けていないが、自分が無能だと思ったことはない。それどころか相当有能であるということを自覚している。うぬぼれでもなんでもなく、単なる客観的事実としてだ
他の兄弟たちと比べて、勝ることはあっても劣ることはない。自分の聡明さと並ぶことができるのは多分シュナイゼルぐらいだ。ただ、生きてきた時間が違うので今はルルーシュの方が若干劣るかもしれないが、素質は同程度だと自負している。宰相補佐として有能さを見せ付ければ、能力第一主義の父親がルルーシュを下手に扱うことはないだろう。愚かしく心のままに行動することしかできない子供だった頃とは違って、人の世の薄情さも愚かしさも醜さも知って、聡明で思慮深く育ったルルーシュを手放すようなことは。
問題があるとすれば、ルルーシュにとって最大の弱点であるナナリーのことだった。ルルーシュと違い、目も足も不自由なナナリーは弱者に位置づけられる。弱いものを無価値とみなす父親はナナリーをどのように扱うかと危惧していたのだが、シュナイゼルが働きかけてくれたのか、ひとまずは普通の暮らしをすることが許されている。
ブリタニアに連れ戻されて数日が経ってからは、ナナリーに会いに行くこともシュナイゼルは許してくれたので、それからは毎日のように会いに行っていた。もちろん許可が出なければ宮殿で働く侍女たちにギアスをかけて、ルルーシュは無理やりにでもナナリーに会いに行ったのだろうから、許可など有っても無くてもきっと変わらなかっただろうが。
毎日会って、たくさん話をした。ブリタニアに連れ戻されて、最初に会いに行ったときは泣かれた。一人で怖かった、離れないで、側にいてください。ナナリーはそう言って泣いた。ルルーシュはただ謝ることしかできなかった。ブリタニアに戻った以上は、アッシュフォードにいたときのように側にいることはできない。それが分かっていたから、ただ謝ることしかできなかった。ナナリーにだって、それは分かっているのだろう。次の日からはそんなわがままを言うことはなくなった。
代わりに通っている学園の話や、そこでできた友達の話をするようになった。宰相補佐という仕事をあてがわれたルルーシュとは違って、ナナリーは学校に通うことも許されていた。
朝食の時間や、仕事が終わってからナナリーが眠るまでの間、ルルーシュは時間が許す限りずっと妹と一緒にいた。……夜眠るときまで一緒にいることは、シュナイゼルが許してくれなかったが。
ルルーシュは己の仕事を手際よく片付けながら、横目でシュナイゼルを見た。
ブリタニアに戻った日から、夜はずっとシュナイゼルと一緒に眠ることを強制されている。と言っても、大人しくただ一緒に眠っただけの日なんて、ルルーシュが一度風邪を引いて熱を出したときぐらいだ。あとはずっと人には言えないような行為を、血のつながっているはずの義兄に強いられた。避妊の一つもなしに。
(本当に何を考えているんだか……)
まさか、本当にルルーシュに子供が出来てもいいとでも思っているのだろうか。それとも避妊をするのが面倒で、他の女を相手にしては色々と差し障りがあるからルルーシュを欲望のはけ口にしているだけなのか。たとえ本当に子供ができたとしても、シュナイゼルに堕ろせと言われれば、ルルーシュはそれに逆らうことはできないから。
(……訳が分からない)
ルルーシュは小さくため息を吐いた。
時折、シュナイゼルが熱のこもった目で見つめてくる意味を、ルルーシュはまるで気付いていなかった。幼少時シュナイゼルに散々怯えさせられた記憶が、それを理解することを無意識下で拒んでいた。だからルルーシュは未だ、シュナイゼルの行動の意味を真に理解することはできないでいる。
ルルーシュのため息に気付いたのか、シュナイゼルはふと顔を上げてルルーシュを見た。
「どうしたんだい?そんな顔をして」
「……いいえ、何もありません。お気になさらず、仕事を続けてください」
「今やらなければならないものは、全て片付けたよ。少し休憩しよう……こっちにおいで、ルルーシュ」
手を差し伸べられて、ルルーシュはきゅっと眉をしかめるが、すぐに無表情を取り繕って立ち上がった。伸ばされた手にそっと自分の手を重ねると、その瞬間ぐいっと引っ張られて、椅子に座っているシュナイゼルの上に向かい合うように座らせられる。
こんなことをされるのにもいい加減慣れたから、ルルーシュは大人しくされるがままになっていた。反応しても、シュナイゼルを楽しませるだけだと分かっている。それならば無反応を決め込むのが一番だ。
そのことでシュナイゼルが不機嫌になろうと、今は執務中だ。これ以上妙なことをしてくるわけがない。そう考えていたルルーシュは、次の瞬間声にならない悲鳴を上げて体を跳ねさせた。
「っ……!」
シュナイゼルの手が、衣服の上からルルーシュの秘部に触れていたからだ。
「あ、義兄上!?」
「しーっ、静かにしないとね、ルルーシュ」
シュナイゼルは楽しげに笑いながらそう言って、自分の唇でルルーシュの唇を塞ぐ。
「んっ……ちょっ……」
唇が離れた瞬間、ルルーシュは文句を言おうと口を開きかけるが、それを待っていたかのように再び唇がふさがれて口内にするりと舌が入り込んでくる。
抵抗なんてできるわけがなかった。
交わりの最中に、日本へ行くようにと言われた。行政特区日本がようやく形になって来週には記念式典が行われるから、それに出席してユーフェミアをねぎらってくるように――そして、黒の騎士団が意味をなくす瞬間を見てくるといい、と。