それでも、デザートが運ばれてくる頃には、ユーフェミアも立ち直っていた。立ち直りが遅くては、皇族なんてやってられないのだろう。
本命のプリンではなく、飾りのデザートをつついていると、ポットから注いだ紅茶にミルクと角砂糖を大量に入れながら、ユーフェミアが話しかけてくる。
「ルルーシュは、いつもデザートにプリンばかり食べているけど、他のものを食べようとは思わないの?」
「特には思いませんね。プリンが好きなので」
「へえ、そうなの。そう言えば、ルルーシュもプリンが好きだったわ。見た目が似ると、好みも似るのかしら?」
「さあ、どうでしょう?」
首を傾げるユーフェミアに、ルルーシュもつられて首を傾げる。
ほとんど義弟のことを話そうとしないシュナイゼルとは反対に、ユーフェミアとの話題は”ルルーシュ”についてのことも割と多い。似ているだのそっくりだだの言われる相手に興味を引かれたルルーシュが、少しでもその情報を引き出そうとした結果である。おかげでこの数ヶ月、彼にまつわる様々な話を聞かせてもらったし、小さいころの写真を見せてもらったこともある。ルルーシュと彼を瓜二つだと言うだけに、写真に写る子供の姿は、ルルーシュが子供の頃の姿そのままで、まるで自分がもう一人いるかのようで薄気味が悪かった。そして一つ、いくつか写真を見せてもらった中で気付いたことがある。写真の中で、彼とよく一緒に映っている幼い少女を、ルルーシュは見たことがあるのだ。現実にではなく、美術館で地震に巻き込まれた直後に見た奇妙な光景――あの中で、ルルーシュそっくりの子供にかばうように抱きしめられていた女の子だ。ユーフェミアの話によると、彼女は”ルルーシュ”と同じ母の腹から生まれた実の妹らしい。そうなると、あの奇妙な空間にいた自分そっくりの子供、もしかしたらあれが”ルルーシュ”だったのではないだろうか。
地震の直前、光を発した鳥のような形の記号。崩れた床と落ちゆく中、突如引きずり込まれた奇妙な空間。そして、そこで見た光景と、そこで会った自分そっくりの子供。過去へ来てしまった原因は、状況とタイミングから考えて、まず間違いなくこの四つに関係しているはずだ。
そう判断して、あのとき会った子供らしき”ルルーシュ”のことを、不審に思われない程度に聞き出そうとしたのだが、ユーフェミアの話を聞く限り、ルルーシュに瓜二つであること以外はごく普通の少年だとしか思えなかった。ユーフェミアの話と、時折シュナイゼルが漏らす言葉以外に判断要素がないので、彼に人をタイムスリップさせるような不思議な力がなかったと断言することは、まだできないが。
また、情けないのだが、他の要素についてはほとんど何の情報も得られていない。鳥に似たあのマークは、あの特別展に展示されていた石版に刻まれていたのだから、必ずブリタニアに関係しているはずなのに、全く情報がつかめないのだ。まるで誰かが故意に隠しているかのようだと、ほとんど何もつかめないからこそ怪しんだが、だからと言って何が分かるわけでもない。
完全に手詰まりだった。
そこへ、ユーフェミアからの誘い。それに乗ってここへ来た目的――ユーフェミアの騎士である男を、自分の幼馴染であるかどうか確認するということであるが、それはもしスザクがここに来ているのなら、何か新しい情報を得られるかもしれないと思ったからだ。もちろん単純に、もしスザクがいるのなら会いたいというのも理由の一つではあるのだが、感傷的になりきることができないのがルルーシュである。
「そう言えば、ロイドさん……アスプルンド伯爵はどこですか?」
プリンをつつきながらそれとなく、エリア11まで来た表向きの理由について話を切り出してみる。ロイドは枢木スザクの直接の上司らしいから、上手くいけばロイドに会いに行くときに、彼に会うこともできるはずだ。
「そのことなんだけど、彼のいる特派は私の管轄にはなくて、ここへは来ていないの。だから、トーキョー租界へ帰るときに、ルルーシュも私と一緒に帰って、その足で会いに行くのでは駄目かしら?連休最後の日になるから、ルルーシュはブリタニアに帰る直前になってしまうんだけど……」
「それでかまいませんよ。ありがとうございます」
後見であるロイドを餌に釣った手前、会うことができるのは最後の日に少しだけ、なんていうのは言いにくかったのだろう。ルルーシュが笑うと、ユーフェミアはあからさまにほっとした顔になった。
彼女が何事かを言おうとして、口を開きかけたそのとき、突然甲高い悲鳴が聞こえてきた。
とっさに身構えるルルーシュをかばうように、護衛の二人が立ちふさがる。テーブルの向こうでは、ユーフェミアが同じようにかばわれていた。
「このホテルは我々が占拠した!」
聞こえてきたのは、映画やテレビでありがちなテロリストの言葉。立ちふさがる護衛の合間から見えたのは、銃を手に、揃いの軍服に身を包む男たちの姿だった。
「死にたくなければ、大人しく我々の言うことに従ってもらおう!」
銃を持っている上に、相手はここにいるだけで十人以上。ルルーシュの護衛は、シュナイゼルの正規軍の者たちだが、守る人間がすぐそこにいる以上、無茶はできないと悟っただろう。護衛のうち一人が、耳に口を近づけて、ほとんど聞き取れないぐらい小さな声で話しかけてくる。
「ここは大人しく従ってください。必ずお守りいたします」
戦闘手段皆無のルルーシュはもちろん、黙って頷いた。
銃に脅されながら、押し込めるように連れてこられたのは、薄暗い倉庫だった。
護衛たちはそれとなく、ルルーシュとユーフェミアを、目立たない奥の方へと連れて行って座らせる。そして念を入れるように、それぞれの守るべき人間を、自分たちの体で隠すようにして膝をつく。ただし、あくまで目立たない程度にさりげなく、だ。あからさまにかばうような所業をすれば、逆に目立ってしまう。
それから少し経った後に、新しい人質たちがぞろぞろと連れてこられる。ホテルの従業員と、時期が時期だからかスーツ姿の男性が多数を占めていたが、中にはルルーシュとそう年の変わらない少女たちや、小さな子供までいる。
こんな子供まで巻き込むのか、と思うと、自然に眉根が寄ってしまう。
人質たちが全て倉庫に押し込められた後、他のテロリストたちとは少し違う軍服を着た男がやって来て、倉庫へ少し入ったところで立ち止まった。違うのは服だけではなく、持っている得物も銃ではなくて日本刀だ。どことなく漂っている威厳と、他のテロリストたちの態度から考えて、リーダー格の人間だろうと予測がついた。
男は、手に持っていた日本刀を杖のように床について、大声を上げる。
「日本解放戦線の草壁である。日本解放の独立解放のために立ち上がった。諸君は軍属ではないが、ブリタニア人だ。我々を支配するものだ!大人しくしているならばよし!さもなくば……」
最後まで言われることはなかったが、その代わりと言わんばかりに、男の両脇に立っているテロリストたちが手に持った銃で音を立てる。それに怯えて、小さな子供や年若い少女たちが息を呑む音が聞こえた。ルルーシュも怯えはしたが、それを表に出すことは矜持が許さない。怯えの代わりに、罪のない子供まで巻き込むテロリストの汚さに対する怒りと、何もできない自分への歯がゆさに顔を歪ませた。
「大丈夫、心配しないで……」
そんな声と共に、そっと手を握ってこられたことに驚いて隣を見ると、ユーフェミアが安心させるような顔をして笑っている。いつもふわふわと頼りない笑みを浮かべている彼女は、この場にあって意外なほど冷静だった。皇女という立場上こんなことには慣れているのか、それとも普段の彼女が演技でこの場にあっても物怖じしない態度が本性なのか。あるいは、正しく現状を理解できないただの馬鹿か。
やはりつかめない女だと改めて思いながら、ルルーシュはユーフェミアの手を握り返す。彼女と自分の手の温度差に、自分が思った以上に緊張していたことを思い知らされ、自嘲したくなったが何とか止めた。それは、ブリタニア屈指のお嬢様学校に通う人間には相応しくない笑みだ。だから代わりにせいぜいか弱いお嬢様らしく、困ったような、泣きそうな笑みを浮かべておく。
そんなやりとりをしている間に、いつの間にか倉庫の中にはテレビカメラが持ち込まれていた。日本刀を持った男は人質たちを背景に、レンズに向かってつらつらと述べている。
「……以上、これは長年にわたり我々日本国を搾取し続けてきた、ブリタニアへの報復の狼煙である!我々の要求は、送信したリストの同胞一千人の解放、及び我わらの退路の確保だ!」
この犯行声明とともに送られた人質の影像は、メディアを通して大衆に放送された。そして、そこに映るルルーシュの姿をたまたま見つけた一人の少女の手によって、運命は動き出す。
◇ ◇ ◇
それから数時間後、日が沈んだころ。
コンベンションセンターホテルへとつながる、水中にある地下通路の一つ。現在ブリタニア軍が、何とかしてナイトメアフレームで突破しようとしている資材搬入用の通路とは違って、高さと横幅も二メートルほどしかない狭い通路だ。
すでにブリタニア軍がそこから潜入を試みて、失敗したそこに、新たに二つの人影がやって来る。
その通路を見張っていた日本解放戦線のメンバーは、その姿を確認するや否や、新しい侵入者に向かって容赦なく銃弾の洗礼を浴びせかけた。たった二人が相手である。しかも、暗い中でも、銃弾を防ぐような装備をしていないことは明らかだ。普通ならば、これで終わるはずだった。
しかし数十発もの銃弾は、その二人の影に届くことなく、突如床から湧き上がるように出てきた何かにさえぎられる。それはまるで、何か巨大な機械の腕のようだった。
「なっ……何だこれは!?」
「化け物!」
動揺した声を上げるテロリストたちは、手元にある武器の中から、バズーカを取り出して構える。長い筒に詰められた弾頭が、腕のような異形に向かって飛んでいく。
「やったか!?」
しかし、対戦車用の武器でさえ、それを傷つけることはできなかった。その異形は、依然としてその場にあった。それを見たテロリストたちが呆然としている間に、いつの間にかその後ろにいたはずの侵入者は、すぐそこまで来ていた。
続けざまに銃声が響いたかと思うと、脳天に穴を開けたテロリストたちが床に倒れ伏す。それが数秒もしない間の出来事。すでにこの場を守っていたメンバーは、一人しか残されていなかった。
そして、その最後の一人にもまた命の危険が迫っていた。彼の額に銃口を突きつけながら、侵入者の一人――まだ幼いと言ってもいいような年頃の少女が目を細める。左目を囲うようにある傷跡が、その笑みを不気味に見せていた。
「人質がいる場所を教えてください」
言葉と同時に、少女の左目が禍々しい赤で輝き、黒目の部分に鳥に似たマークが浮かび上がる。
普通ならば、そんな要求にテロリストが大人しく従うはずがない。しかし男は、断る様子さえ見せずに口を開いた。
「人質のいる場所は……」
突きつけられた銃口に怯えているようには見えない。むしろ、これが当たり前のような顔をして答えている。階、南北東西どの位置にある部屋か、そこまでへの最短経路を答えた後、男は突然はっとしたように目を見開く。
「あ、な……お、俺は何を……」
「ありがとうございます。もう結構ですから……どうぞ、死んでください」
内容とは不似合いに、優しげな声が空気を震わせる。その顔には、花のような笑顔が浮かんでいた。
そして銃声が鳴り響く。
倒れた死体と、そこから広がる血を無感情に見下ろした後、少女はくるりと振り向いた。にこりと微笑みながら、もう一人の侵入者である、仮面にマントといういかにも怪しげな人物に話しかける。
「さて、これで問題は片付きましたね。ゼロ、皆さんに合図を送ってくださいますか?」
「もう送った。数分もすればここへ来るだろう」
「そうですか」
少女は通ってきた通路を眺めながら、顔を隠すための色濃いバイザーを装着する。目と鼻と、傷跡も全て隠れて、見えるのは口元だけになった。地面から生えるように出てきた異形は、いつの間にか消え失せていた。バズーカによる破壊痕だけが、あれが確かに存在したことを証明している。
「足は大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。荒事にも耐えられるということでしたけれど、本当のようですね」
スカートからのぞく足を見下ろして、少女は微笑む。膝丈のスカートとロングブーツのおかげで、一見しただけでは気付かないが、よく見ると細い足には何か機械のようなものが装着されているようだった。その機械がごく小さなものであるのも、異常を気付かせない原因の一つだ。
「それより、口調。気をつけないといけませんよ」
「……分かっている」
面倒そうに答える仮面を見て、少女は軽い笑みを漏らす。そのとき通路の向こうから、仲間たちがやって来る音が聞こえた。
「では、行きましょうか」
◇ ◇ ◇
ブリタニア軍との交渉は、捕まってから数時間経った今も平行線をたどっているようだった。見張りの男たちが、わずかではあるが苛々とした雰囲気を撒き散らしていることから、それが窺える。
先ほど、人質の一人が連れて行かれた。多分、見せしめとして殺されるのだろう。そして次の見せしめに、ルルーシュが選らばれないとは限らない。ユーフェミアがここで死なないことは歴史が証明しているが、ルルーシュには何の保証もないのだ。せいぜい身を縮めて、テロリストたちの目に留まらないようにして、生存確率を上げるために安全が確定しているユーフェミアにくっついていることしかできない。
緊張しているし、銃に対する怯えもあるが、ルルーシュは落ち着いていた。とっさの事態には弱いが、そうではないことには強いのだ。考える時間があるほどに、冷静さを取り戻すのがルルーシュだった。
しかし、普通の人間はそうではない。いつ殺されるか分からないという緊張状態が何時間も続けば、訓練もしていない一般人が、冷静になどなれるわけがないのだ。
「いっ、イレブン……」
誰かのつぶやきが、空気を震わせた。その言葉に、見張りの一人が激昂して、それを言ったらしい少女に銃を向ける。
「今何と言った!?イレブンだと!?我々は日本人だ!」
「分かってるわよ!だからやめて!」
金色の髪をした少女が、失言をした少女をかばう。
「訂正しろ!我々はイレブンではない!」
「訂正するからっ!」
「何だ、その言い方は!お前たち、隣まで来い!じっくり教え込んでやる!」
また別の少女が言うが、テロリストはさらに機嫌を損ね、イレブンと言った少女の腕を強くつかんだ。
「っ……いやぁ!いやあああっ!」
その悲痛な悲鳴に、隣にいたユーフェミアが反応する。しかし、立ち上がろうとした彼女を、護衛の女性が止めて首を横に振る。一時は思いとどまったかのように見えたユーフェミアだが、嫌がる少女が無理やり引っ立てられていこうとしたとき、護衛の手を振り払って立ち上がった。
「おやめなさい!」
「何だ、貴様!」
声を張り上げるユーフェミアを見上げて、ルルーシュは驚愕に目を見開く。やけに堂々とした態度だが、何か策でもあるのだろうかと考えている間に、ルルーシュの護衛がそれとなく、ユーフェミアとルルーシュとを引き離した。ユーフェミアが何かしたとしても、その被害がルルーシュに及ばないようにと考慮してのことだろう。
「私を、貴方たちのリーダーに会わせなさい」
「いけません、副総督!」
小さな声で引き止める護衛の言うことも聞かず、彼女は最悪の選択を選び取る。
「私は、ブリタニア第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです」
馬鹿なことを、と心の中でルルーシュは彼女を罵った。こんな状況で皇女だと名乗り出たりして、いったい何になると思っているのか。確かに、失言をしたあの少女は助かるかもしれない。けれどそんなもの、単なる一時しのぎだ。身分を明かして、テロリストのリーダーに会って、それで何か現状を打開する策でもあるのなら別である。しかし、今の状況で名乗りを上げた愚かしさを考えると、とうていそんなことは望めない。
民間人を救うために、自ら名乗り出た皇女様。それだけを聞けば、単なる美談だとしか思わなかったかもしれない。けれど目の前にしてみれば、愚かしい行為だとしか思えなかった。
ユーフェミアは、自分が皇女であるということを本当に分かっているのだろうか。人間は平等ではない、というのは現ブリタニア皇帝の言葉だが、この階級社会においてそれは実際正しい。現皇帝の言葉に賛同するわけではないが、皇族と民間人、そのどちらの命が重要視されるか、そんなものは決まりきっているのだ。たかが民間人一人の命を救うために、皇族が命を投げ出していいはずがない。階級社会ではない未来からに生きていたルルーシュでさえそれが分かるのに、どうしてユーフェミアにそれが分からないのだろう。目の前でなくなるかもしれない命をどれだけ憐れんでも、その感情を行動に移してはならないのだ。彼女のこの行動の結果、ブリタニアという国の被る害が大きくなってしまうのだと、どうして分からないのだろう。目の前のことに捕われて、大局を見失ってはいけないということが、どうして理解できないのだろう。
彼女の行いは、人としては正しいのかもしれない。けれど、為政者としては間違いなく失格である。人の上に立つということの意味を、彼女が全く理解できていないからだ。
連れて行かれるユーフェミアの背中を見送りながら、彼女の愚かしさに、ルルーシュは眉を顰めた。
そのとき不意に、強く腕をつかまれた。
「立て」
「え?」
突然のことにぽかんとしていると、無理やり立たせられる。
いったいどうして、と思ったルルーシュだが、すぐに事態を理解した。ユーフェミアと一緒にいたことで、目を付けられたのだ。カフェで一緒に食事をしていたことを覚えていたのか、それとも先ほどまで寄り添っていたところを見られていたのか、そのどちらなのかは定かではないが、そうでなければ今このタイミングでルルーシュに目を付けるわけがない。
「ついて来い」
「いっ……」
乱暴に腕を引きずられて、思わず痛みに顔を歪める。
「やめてください!」
護衛の一人が立ち上がり、ルルーシュを連れて行こうとした男の腕を叩き落し、背後にルルーシュをかばう。
「何をする!」
「彼女をどうするつもりですか!」
「ふん、こいつはあの皇女様の友人なのだろう。言うことを聞かせるために、せいぜい利用させてもらうさ。どけ!」
男はそう言って、ルルーシュの前に立つ護衛を銃で殴り倒す。しかも殴り倒された護衛は、運が悪いことにもう一人の護衛の上に倒れてしまったので、二人ともすぐに動くことはできない状態だ。
人質たちが悲鳴を上げたり、暴力の現場からできるだけ離れた壁際へ逃げようとしたりする混乱の中で、ルルーシュは無理やり倉庫内から連れ出された。