朝言っていたとおり、昼休みになるとジノが教室にやって来た。
「せっんぱぁーい!約束どおり、昼食を一緒に食べよう!」
誰も約束などしていない。ジノが勝手に、またお昼にと言っていただけである。だからと言って無視しても無駄なことは分かりきっていたので、ルルーシュはため息をつきながら仕方なく、入り口の方へと振り向いた。
教室の入り口でにこにこ笑っているジノは、一人ではなかった。鈴なりに女子生徒たちを引き連れている。どの少女たちもそれぞれ別の美しさがあり、スタイルもいい。髪型から化粧まで完璧で、自分を磨くことに余念はないのだろう。男にまとわりついている姿はどうしようもなく馬鹿っぽいが、この学園はそれなりの名門校だから見た目と実際が一致しているとは限らない。男の気を引くことに専念した空気は華やかで、そこだけまるでハーレムのようだ。
ジノに少しだけ遅れてやって来たロロなんかはそれを見て、視線だけで人を殺せたら、というような顔をして険悪な空気を振りまいている。ルルーシュと恋人になっておきながら、他の女をはべらせているジノが許しがたいのだろう。
ミレイに一途なリヴァルは呆れ顔で額を押さえていて、シャーリーはうつむいて肩を震わせている。
そして肝心のルルーシュは、特に何とも思っていなかった。ジノと付き合っているのは、お互い好き合っているからではない。向こうは興味と好奇心、こちらは仕方がなくである。自分以外の女子をはべらせていようと、嫉妬するような関係ではない。他の女子に気を取られて自分から興味を失ってくれるなら万々歳だ。
ルルーシュは鞄から弁当を取り出して、ジノの方へと歩いていく。近づいていくにつれ、ハーレム状態でジノにまとわりついている少女たちからの視線が、ぐさぐさと突き刺さってくるのを感じた。こんな視線を向けられるのは久しぶりだ。まだ皇族として暮らしていた頃には何度か向けられたこともあるが、それはもう何年も前のことだ。向けられる敵意、そして品定めするような眼差し――しかし怯む理由はない。堂々と近づいていく。
むしろなぜか少女たちが怯んだように息を呑んだ。やがてタイミングは人それぞれだったが、皆が大きなため息を吐く。
「負けた……!だめ、これは無理……」
「あの副会長が、まさかこんな美少女だったなんて……」
「一種の詐欺よね」
「ぜーったい、何かの間違いだと思ってたんだけどなぁ」
「悔しいけど、これなら諦めもつくわ」
少女たちは口々にそんなことを言って、名残惜しそうな様子でジノに手を振りながらこの場を去っていく。その手に握られた弁当箱は何だったのだろう。ルルーシュとジノが食事をするのを邪魔するつもりだったのではないのだろうか。なぜ大人しく去っていくのか、訳が分からない。どうして邪魔してくれないのだろう。大歓迎なのに。
「ジノさま、彼女たちは?」
ルルーシュは困惑して小首を傾げたが、ジノも負けず劣らず不思議そうな顔をしている。
「さあ?今日から先輩と一緒に食べるって言ったら、彼女たちも一緒に食べたいと言ってついてきたんだけど……どうしたんだろう。気が変わったのかな」
「あのさー、ルルーシュ、ジノ……二人とも、それって天然?」
二人して首を傾げていると、リヴァルが恐る恐る声をかけてくる。
「何がだ?」
「何が?」
問い返した声は、ほとんど同じことを言ったジノとかぶった。思わず顔を見合わせると、ジノは何がうれしいのかにこりと笑う。
「駄目だ、こいつら天然だ……」
リヴァルは何やらぶつぶつ唱えている。はっきり言って、少し怪しい。
「リヴァル?」
「姉さんが気にすることはないよ」
そう言って、ロロが近づいてくる。こちらを見る表情には、ジノをにらみつけていたときの片鱗も残っていない。
「ジノくん、ちょっと話があるんだけど」
「ん?何だ、シャーリー先輩?」
「いいからこっち!」
据わった目をしたシャーリーが、ジノの腕をつかんで無理やり教室の隅へと引っ張っていく。二人の対格差を考えれば、振り払おうと思えば簡単に振り払えるはずだから、それをしないでおとなしくついて行っていると言うことは、無理やりでも何でもないのかもしれないが。引っ張っていった教室の片隅で、シャーリーがジノに向かって何やらお説教を始める。シャーリーの真剣な表情とは裏腹に、ジノは何やら楽しそうだ。
シャーリーにはかわいそうだが、そのお説教に意味はないなと考えていると、突然袖を引かれた。
「どうした、ロロ……ってアーニャさま!?」
ロロだと思っていたら、別の人物――しかも関わりたくない人物上位にいるナイト・オブ・シックスがいた。ルルーシュはぎょっとして目を見開き、その場から一歩下がる。
「な、何か御用ですか?」
「尋ねたいことがあるの」
アーニャは淡々とした口調と無表情で、何か聞きたいことがあるようにはとても思えない態度だ。
「尋ねたいこと?」
「そう……これはルルーシュ?」
差し出されたのは、変わった形をした携帯。その小さな画面に映し出されているのは、長い黒髪の小さな女の子だ。赤い薔薇を一輪持ち、白に近いごく薄い水色のドレスを身にまとって微笑んでいる。
いったいこれが何なんだと思っていたルルーシュは、すぐに驚きに目を瞠った。その少女は、まだブリタニアの皇女だったころのルルーシュ自身であった。
「や、やだな、人違いですよ。わたしはただの庶民で」
「ルルーシュ先輩!昼食にしようよ」
「うわっ!?」
弁明をしている最中、後ろからジノにのしかかられて、ルルーシュはぎょっとして肩を跳ね上げた。どうやら、シャーリーのお説教は終了したらしい。
「あれっ、アーニャ。どうかしたのか?」
「別に」
「ふーん。あ、そうだ。アーニャも一緒に食べるか?」
ジノはそう言って、ルルーシュの頭に顎を乗せた。
アーニャは無表情のまま、誘いをかけたジノではなくてルルーシュをじっと見つめて、そのままの状態でしばらく経った後、ようやくこくんと頷いた。
「……食べる」
そして向かったのは、生徒会室だった。いつもは中庭か校庭の一角で食べているのだが、昨日の今日でルルーシュはかなり注目を集めている。ジノも一緒となればなおさらだ。しかし生徒会室なら、他の生徒たちは入ってこられない。だからこその選択だった。
部屋にいるのはルルーシュにリヴァル、シャーリー、ジノ、それにジノとアーニャが加わっただけで、いつも昼食を食べているメンバーとたいして変わりない。思い思いの席に着いて、弁当を持っている者はそのふたを開け、購買のパンを買ってきた者は袋を破って食事を始める。と言っても、購買利用者はリヴァルだけだが。
「あれ?ジノくんとアーニャちゃんのお弁当、中身一緒じゃない?」
ジノとアーニャの弁当を見比べて、シャーリーが驚いたような声を上げる。
言われて見れば、確かに同じだ。ジノの弁当の方がずっと大きいため、アーニャのものより量も種類も多くの具が詰められているが、アーニャの弁当に入っているものは全てジノのものにも入っている。
「二つとも、同じ人間が作ったんだろ」
不思議そうな顔をしているシャーリーに向かって、ルルーシュが言う。
「ジノさまもアーニャさまも寮じゃなくて政庁に暮らしているから、そこの料理人が作ったんじゃないのか……違いますか?」
並んで座っているジノとアーニャに目を向けると、サンドウィッチをかじりながらアーニャが頷く。ジノは口の中に物が残っているから喋らない。咀嚼し終えた後、ようやく口を開いた。
「先輩の言うとおりだ。ところで先輩、どうしてわたしにはそんなに他人行儀なんだ?普通に話してよ」
「……ですが、ラウンズの方を相手に」
「ここでは、社会的立場は気にしないでって言っただろ?リヴァル先輩だってシャーリー先輩だって、ロロだって普通に話してくれるのに、先輩はそうしてくれないんだ?」
「わたしたち、ラウンズだけど、ここでは学生。後輩」
ジノだけでなく、アーニャまで不満そうな目を向けてくる。この流れでは、拒否した方が不自然だ。
「わたしは口が悪いですが、それでもよろしければ」
「かまわないさ」
「気にしない」
「じゃあ……ジノ、アーニャ。これでいいだろ」
ルルーシュがぶっきらぼうな口調で言うと、ジノは晴れやかに破顔して、アーニャも無表情ながらどことなくうれしそうだ。
それ以降は特に会話に加わるでもなく、もくもくと昼食を食べ続ける彼女を見て、ルルーシュはすっと目を細めた。
携帯のあの画像を見せられたことから考えて、アーニャはルルーシュのことを疑っている。画像に映っていた幼いルルーシュのことを、『この方』ではなくて『これ』と呼んだことから考えて、あれを皇族とは考えてはいないようだが、だからと言ってあれが自分の昔だと肯定するわけにはいかない。アーニャが知らなかったとしても、彼女があれをルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと知っている人間に見せれば、それで正体がばれてしまうからだ。それにアーニャは単に口が悪いだけで、実は皇女だったころのルルーシュを知っている可能性だってある。その場合は、がさつさを隠さない方がいい。こんなに口の悪い皇女がいるなんて普通なら信じたくないから、いい目くらましになるだろう。
そう考えていると、猛スピードで、しかし優雅な手付きで食事をしていたジノが話しかけてくる。
「先輩、アーニャなんか見て、どうかしたの?」
「……ジノ、失礼」
なんかと言われたことに気分を害したのだろう。無表情が基本のアーニャも、さすがにむっとしたような顔をしている。
「ああ、悪い。でも恋人が自分以外を見つめているんだ。気になってさ」
ジノはさらっとそんなことを言う。
さっきも女子たちをはべらせていたことといい、この発言といい、こいつは相当なたらしだとルルーシュは見た。
「別にたいしたことを考えていたわけじゃない。ただ、アーニャはそんなに小さいのによく食べるなと思って見ていただけだ」
アーニャの弁当箱は、ジノのものと比べると格段に小さいが、それでも十代の少女が使うには少し大きい。
「わたし、軍人だもの。体が資本」
「ああ、そうだな。でもアーニャは華奢だしかわいいから、あまり軍人っぽくは見えないな。こんなことを言って、気を悪くしたらすまないが」
「……いい」
アーニャは少しうつむいて、首を横に振る。その頬は、ほんの少しだけ赤く染まっていた。
そこへ、むっとした顔のジノが割って入ってくる。
「アーニャだけずるい!」
「はあ?」
「わたしのことも褒めて!」
「……犬っぽい」
「先輩は猫っぽいよね……ってそれは褒め言葉じゃない!」
まあ、確かにそうだ。一番に思いついた特徴が、とっさに口をついて出ただけだから。それにしても、犬っぽいという言葉を否定する気はないのか。自分は犬っぽいということが、自分でも分かっているのだろうか。
「おれは猫っぽくなんかない。ついでに言うと、おれは猫より犬の方が好きだ」
「え、何、先輩、それ遠まわしの告白?さっきのって、実は褒め言葉だったのか?」
「犬は従順だ。決して主人を裏切らない。だから――すでに主人を決めた犬に用はない。残念だったな」
期待して目を輝かせているジノに向かって、ルルーシュは冷たく言って鼻で笑い飛ばす。そう、犬は好きだ。けれどすでに皇帝という主人に忠誠を誓った犬など邪魔なだけだ。目の前にいるこの男然り、スザク然り。
「やっぱり褒め言葉じゃないじゃん!」
「なら今度こそ褒めてやろう。背が高い」
「それ、適当に言っただろう!」
ばれた。
「じゃあ顔がいい」
「じゃあって何!?」
直裁的な褒め言葉を口にしたのに、返ってきたのは不満だ。ルルーシュは不機嫌になった。
「わがままだな、褒めろって言ったのはおまえだろうが」
「だってぇ……」
「図体のでかい男がだってなんて言っても、気持ち悪いだけだ」
「あんまりだ!」
「うるさい。おれはちゃんと、口が悪いと断っておいた。それでもかまわないと言ったのはおまえだ。いちいちこれぐらいのことでへこむな」
「それはそうだけど……」
「……鬱陶しい……」
めそめそしているジノに向かって、アーニャがぼそっとつぶやく。
「アーニャまで!」
ジノは悲愴な声を上げてうつむいた。
すると、それまでこれらのやり取りを傍観していたリヴァルとシャーリーが、声を上げて笑い始める。ロロは笑うには笑っていたが、声は上げずに口元だけを歪めていて、あざ笑うような笑みを浮かべている。相変わらず、ルルーシュ以外に対しては本当に辛辣だ。
「っ……くく、気にするなよ、ジノ。ルルーシュの口が悪いのは、誰にだって同じなんだから」
リヴァルが笑いながらフォローを入れる。
「でもアーニャには優しかった」
「女に対して、男と同じ扱いをするわけないだろう。常識を考えろ」
恨めしそうな顔で反論してくるジノを、ルルーシュは呆れた目で見やる。
「ルルは基本的に男嫌いだから、仕方ないよ」
シャーリーは苦笑しながら、ジノを慰める。それだけで終わっておけばいいものを、彼女は余計なことまで付け加えた。
「男の子で優しくしてるのは、ロロくんとスザクくんぐらいだもん」
「何だよそれ、ずるい!ロロは仕方ないけど、どうしてスザクまで!?」
「スザクは幼馴染なんだ。おれにとって、初めての友達だったしな。少しぐらい態度が違っても当たり前だろ」
「……わたしは恋人なのに」
「ああ、そうだな。馬鹿みたいなイベントで仕方なく付き合うことになった、仮初めの恋人さん?」
ルルーシュは口の片端を吊り上げて、皮肉っぽく笑った。
ジノはむっとしたような顔になったが、ルルーシュの言葉が真実そのものだという自覚はあったのか、喉の奥でうなり声を上げるだけで何かを言ってくることはなかった。
◇ ◇ ◇
その夜、夕食を取り終えた後、ルルーシュは自室にこもってギアス饗団の本拠地を特定するため、パソコンで大量の情報を分析していた。C.C.の言が正しければ、現在の本拠地は中華連邦のどこかにある。物資の流通、電力の供給、通信記録――それらの情報を手に入れることができた今なら、時間はかかっても場所は必ず特定できる。まだ絞りきれてはいないが、すでに何ヶ所か候補は出てきた。このままいけば、そう時間が経たないうちに特定することができるだろう。
「ん?」
ルルーシュは顔を上げて、窓の外に目をやった。何か音が聞こえたような気がしたのだ。外では、夜空を背景に並ぶ木々が大きくしなっているのが見えた。どうやらものすごい風が吹いているようだ。
「風か……」
そう思って、再び視線を画面に戻したところで、玄関の方から何かを叩き壊すような音が聞こえてきた。
「なっ、何だ!?」
押し込み強盗か、それともどこぞのテロリストか、数十の可能性が頭の中に浮かんでは消えていくが、突発的事態に弱い体は凍りついたように動かない。
そのとき、乱暴な音を立てて扉が開けられた。
「姉さん!」
「ロロ」
入っていたのはロロで、ルルーシュはほっと息をついた。 隣の部屋にいたロロにも、当然あの騒音は聞こえていたはずだから、ルルーシュが心配になってやって来たのだろう。その手にはナイフが握られていて、顔は険しく顰められている。いつもの弟の顔ではなく、暗殺者の顔をしている。
「心配しないで、姉さん。姉さんのことは、何があってもぼくが守るから」
「おまえがそんなことをする必要はない」
ルルーシュはそう言って、ナイフを構えたロロの手をそっと押さえた。
「大丈夫だ、いざとなればおれのギアスを使う」
「……分かった」
ロロは静かに頷いて、袖にナイフをしまいこむ。
その大人しい態度とは裏腹に、顔は険しいままで、立ち位置もルルーシュをかばう場所から動いていないから、いざとなれば時を止めるギアスを使ってルルーシュを助けるつもりなのだろう。それが分かっていても、そこまで止めるつもりは、ルルーシュにはなかった。止めても無駄であることは分かっていたし、それに自分の力で対処できない場合には、ロロの力がかなり有効であるからだ。
荒々しい足音が、ものすごい速さでこちらに近づいてくるのが分かる。迷うことのないその足取りは、クラブハウスの構造をよく知っているようだ。そうなると、その正体はいくらか絞られてくる。
「ルルーシュ!」
その絞られた可能性の中の一人――枢木スザクが、すさまじい形相をして部屋の中に飛び込んできた。私服でも制服でもなく、ラウンズの制服を着ている。
「こんな夜遅くに非常識だろう。しかもチャイムも鳴らさずに、強引に押し入ってくるなんて通報されても文句は言えないぞ」
表面上は冷静に、いつもどおりを装って、ルルーシュはスザクに相対する。
どうしてスザクが、こんな顔をしてこんな時間に押し入ってくるのか。もしかしたら、記憶を取り戻していることがばれたのか。しかしそれなら、いったいどうして。学園にも来ていないのに、どうやってそれを判断したというのか。誰かに何か聞いたとしても、ありえない。スザク以外の前でも、特に失態は犯していない。それならば、記憶とは関係ない別の用事があるのだろうか。
ルルーシュは率直に聞いてみることにした。
「それで、いったい何の用なんだ?」
「さっき、ジノが……きみと付き合うことになったって……そう言って……でもルルーシュが、そんな……」
「……そんなことが聞きたくて、わざわざこんな時間に来たのか?」
正直拍子抜けした。こんなのはただの口実で実際は別の理由があるのかもしれないが、それでもあんまりな理由に、身構えていたのがまったくの無駄に思えてくる。
「まあ、一応付き合ってることになるな」
「っ……ジノのことが好きなのか?」
暗い目をして尋ねてくるスザクは、とても真剣な顔をしている。
そんなことを知ったとして、どうするつもりなのだろうか。ルルーシュが誰のことを好きになろうと、彼には関係ない。それともユーフェミアを――スザクが好きだった人を殺したルルーシュには、誰かを好きになることさえ許さないと、そういうことなのだろうか。だとすれば、随分憎まれたことだな、と今さらのことを思ってルルーシュは苦笑した。
「まさか」
「じゃあどうして……!」
「どうしてって……おまえ、経緯を聞いてないのか?おれたちは確かに付き合うことになったけど、それはイベントの結果で仕方なくのことだ。会長に聞いてないか?スザクのことも誘ったって言ってたんだけど、ほら、キューピッドの日だよ」
「キューピッドの日……ああっ、会長の卒業イベント!?」
スザクは驚いたような声を上げる。丸く見開かれた目にはもう、先ほどまでのような暗い色はほとんど残されていない。
「そう。おれには無関係だと思ってたんだけど、会長がおれの帽子とメガネを持ってきた部には部費を十倍にするとか言い出したんだ。どうにか追っ手をまいて図書館に逃げ込んだけど、ジノがいて……まあ色々あってメガネを取られたんだ。返せと言っても返さないから放っておこうと思ったんだが、相手にされなかったのが面白くなかったようでな。無理やり帽子を交換させられて、校庭まで引きずり出されたんだ。おかげで素顔がばれて、今日は朝から視線が鬱陶しかった」
「……何だ……じゃあ、別にジノのことを好きになったとか、そういうわけじゃないんだね」
「当たり前だろう。よく知りもしない相手を、どうして好きになったりするんだ」
ルルーシュがそう言うと、スザクは少し困ったように笑った。
「うん……まあ、そういう一目惚れとか信じてないの、きみらしいよね」
別に、信じていないのは一目惚れだけじゃない。
「おまえは信じているとでも?」
「だってぼくの初恋がそうだったから」
「おまえの初恋?」
「うん。あのときはまだ、ぼくは幼くて気付くことができなかったけど、あれは多分、一目惚れだったんだと思う」
ルルーシュのことをじっと見つめながら初恋を語るスザクの顔は、まるでとろけそうにほころんでいる。
幼さゆえに気付けなかったということは、ユーフェミアではないのか。けれど、懐かしいあの日々にも再会してからでも、スザクからそんなことを聞いたことは一度もなかった。あの頃は、スザクと自分は親友だと信じていたけれど、スザクにはルルーシュに秘密にしていたこともたくさんあったのだ。今さらそれを寂しいと思うことはないけれど、ほんの少しだけ胸に残っている友情の欠片が、少しだけ痛むような気がした。
「くだらない。外見だけで人を好きになるなんて、馬鹿げてる」
「まあ、確かにそうだね。でも一つ言わせてもらうと、見た目だけで好きだと思ってたのは最初だけだよ。家族を大切にしてるところとか、意地っ張りなところとか、優しいところとか……そういうのを知るにつれて、もっと好きになった。大切で、大好きだった。あの子のためなら何だってしようと思ってた……事実そのために、ぼくは……」
スザクはそこまで言いかけて口をつぐみ、そっと目を伏せた。常盤色をした瞳は、光をなくして暗くよどんでいる。
「……もう、嫌いになったと思ってた……でも、違うのかもしれない。好きだって、そう言い切ることはできないけど、それでもぼくは……」
スザクは唇を噛んで、何かを振り切るように首を横に振る。
「………ごめん、変なことを言った。忘れて」
「あ、ああ」
「そんなことより、ジノには気をつけなよ?あいつ、かなりのたらしで女遊びが激しいんだ」
スザクの忠告に、息が少し詰まる。そんなことはないと分かっているのに、まるで本当の友達に戻ったみたいで。
「気を抜いてたらルルーシュみたいな鈍感、泣くことになるよ」
「誰が鈍感だ!」
狼狽をごまかすように、ルルーシュは怒りの声を上げる。
スザクは呆れたような顔になった。
「きみに決まってるだろう。だいたいきみは昔から」
そこでスザクは口を止めて、突如顔を引きつらせて、耳をすっぽり覆うタイプのイヤホンに手を当てた。そして訳の分からないことを叫び始める。
「え、いや、ちが……待ってください、これは個人的な行動で!」
「おいスザク、どうした?」
尋ねるルルーシュに、スザクはヘッドセットのマイクを手で握りながら返してくる。
「え、いや……あははー……実はぼく、ランスロットでここまで来てて……」
「それってまさか……」
嫌な予感がする。と言うか、これはもう確信だ。ルルーシュはスザクに負けず劣らず引きつった顔になる。
スザクはへらっと笑って言った。
「うん。何かあったと思われて、軍隊が動いてるみたい」
「馬鹿、こんなところでのんびりしてる場合か!さっさと止めて来い!!」
「分かった、ごめん!……聞こえてますか?これは軍には関係ありません!自分の個人的な行動です、すぐに軍を引いてください!」
スザクは手を離したマイクに向かって呼びかけながら、来たときと同じように唐突に、この場からいなくなった。
「全く……あんなくだらないことのために、白兜まで使うか、普通?」
開いたままの入り口を見つめながら、ルルーシュはあきれ返ってため息を吐く。
それまで黙っていたロロは、ここでようやく口を開いた。
「うん……姉さんはずっとそのままでいてね」
「はあ?」
訳の分からない発言をするロロを見やると、なぜかうれしそうな顔をしている。
「何でもないよ。それより、戸締まりに行かないと」
「あ、ああ。そうだな」
そして並んで玄関に向かった二人は、蹴破られて壊された玄関の扉の残骸を見つけることになる。
「スザクーっ!!」
夜のしじまに、ルルーシュの叫び声が響き渡った。