05

 朝食を取り終えた後、三人はクラブハウスを出た。ルルーシュを真ん中にジノとロロが両脇にいる形だ。
 右隣を歩くジノは足取りも軽く、朝からやたらテンションが高い。にこやかな笑顔は帝国最強の騎士のものとはとても思えないが、それはあくまで表面上だけのことで、注意して見てみると一挙一動にも隙はない。ナイト・オブ・スリーの名は伊達ではないということなのだろう。
 上機嫌のジノとは逆に、ルルーシュをはさんで反対側を歩くロロは、目を眇めて険悪な雰囲気を周囲に振りまいている。少女じみた繊細で可憐な容姿が台無しだ。それでも、キッチンで朝食の後片付けをしている際に、下手に興味をもたれると厄介だから適当に流しておくようにと言い含めておいたために、朝食前のようにジノに食ってかかることはない。ただし、一目見るだけで不本意だということがありありと分かる顔をしているが。
 そして真ん中にいるルルーシュは、ややげっそりしたような顔をして歩いていた。あの忌々しい悪夢のせいで朝も早くから目が覚めた上に、うっかり出来心でロロに料理を手伝わせたらいつもの三倍近くの体力を奪われ、さらにはジノの登場だ。最後が一番疲れた。甘い言葉を投げかけられたり、ウィンクを寄越されたり、隙あらば抱きつかれたりしていたせいで、精神的にかなり疲弊していた。いちいち反応するから相手が面白がるのだとは分かっていても、どうしようもない。体が勝手に反応するのだ。他のことならどのようにでも対処することができただろうが、色恋沙汰だけはどうも苦手で上手く頭が働かない。それは不慣れだということもあるが、きっとそれ以上に、心の奥底でルルーシュが恋という感情を信じていないからだろう。
 ルルーシュは愛というものを、家族愛以外に信じていない。否、信じなくなったと言うべきか。
 最初に信じられなくなったのは、恋愛の愛。アリエスの離宮で、母親が殺されたとき。望んで召し上げた母のことを、父は守ってくれなかった。その上、どうして守らなかったのだと詰め寄ったルルーシュに対して、父は弱者に用はないと冷たく言い捨てた。そのときまではルルーシュも、物語の中にあるような恋愛というものを信じていて、それなりに憧れたりもしていた。むしろ、外で遊ぶよりも室内で本を読んで過ごすのが好きだった分、普通の子どもよりもそういったものへのあこがれは強かった方だろう。けれどその心は粉々に打ち砕かれた。物語にあるような恋なんて、結局は幻想に過ぎないのだと知った。
 次に壊されたのは、友愛の愛。九年前に人質としてやって来た日本で出会った枢木スザク。ルルーシュにとって、彼は初めてできた友達だった。最初は乱暴な彼を軽蔑していたし、ずっと警戒していた。決して心を許そうとはしなかった。けれどナナリーが彼に心を許すようになっていったから、ルルーシュも少しずつ、本当に少しずつ心を開いていって。いつの間にか、誰よりも信じられる存在になっていた。母を殺され、父に不信を心に植え付けられ、敵国に送られたルルーシュにとって、そんな存在ができたことは正しく奇跡であった。誰よりも信頼していたし、ナナリーの次に大切に思っていた。守らなければと心に誓ったナナリーと違って、スザクとなら、どんなことだってできると思えた。けれどスザクも裏切った。白兜の正体を知った後も、どうしてもスザクを殺すことができなかったルルーシュと違って、彼は友情を裏切って――ルルーシュを皇帝の前に引きずり出して、その代わりにナイト・オブ・ラウンズの一員となった。
 またスザクは皇帝にルルーシュを売ったばかりか、最後に残されたナナリーへの愛まで奪った。記憶を改ざんされ、偽りの弟を押し付けられて、家畜としての生を強制された。こんなことがあって、どうして恋愛も友愛も信じることができただろう――信じられるわけがない。
 そして、その信じられないことの一つに現在進行形でルルーシュを巻き込んでいる男が、ご機嫌な様子で話しかけてくる。
「あのベーグルサンド、すごくおいしかった。あれ、先輩のところのシェフが作ったのか?それとも、どこかの売り物?」
 ジノは成長期だと言っただけあって旺盛な食欲を見せつけ、朝食を食べてきたと言ったにも関わらずベーグルサンドを三つも食べていた。あれが正真正銘朝一番の食事だったロロと同じ量を食べたのは、呆れを通り越してすごいとしか言いようがない。おかげで、余ったらリヴァルにでも恵んでやろうと思っていたベーグルサンドは、綺麗さっぱり皿の上から消えることになった。つまり今日もリヴァルの昼食は、購買で買った変わりばえしないパンだということだ。
 恨むなら大柄な体躯に似合って健啖家のジノを恨めと、別に誰も悪くないことを勝手に罪として押し付けながら、ルルーシュはジノを見上げた。こんなことを聞いてくるぐらいだから、よほど気に入ったのだろうか。
「どこにも売っていませんし、クラブハウスにはシェフなんていません。あれは、おれとロロで作ったんです」
「先輩とロロが……」
 きょとんと目を丸くしていたジノは、みるみるうちにしおれて表情を暗くしていく。
 売り物でなかったのがそんなに残念だったのかと考えたルルーシュだったが、それは違った。
「……ごめん、先輩。まさか先輩の家が、料理人も雇えないほど貧しいなんて知らなくて……」
 芝居がかった態度で顔をそらすジノを見て、ルルーシュは頬を引きつらせた。どうしてそうなる。
 これだから貴族は嫌なのだ。普通の家庭には料理人なんていない。そんなこと、皇女だった頃のルルーシュでも知っていたのに、どうしてそれ以下の地位にあるこの男が知らないのか。そう思うルルーシュだったが、どちらかと言えばそんなことを知っている皇女の方が異端なのであって、皇族貴族としてはジノの反応の方が正しいということも分かっていた。ただし、それはあくまでジノの年齢が十歳以下の場合に限られる。いくら貴族でも、十七歳にもなれば普通これぐらいの常識は知っているべきだ。ジノは四男でラウンズだから、ヴァインベルグ領の経営に関わることなどないのかもしれないが、それにしてもこれはひどい。さすがに少し、いらっとした。
「……姉さん、やっぱりこの男、さっさと始末した方がいいと思うんだ」
 左隣から、ロロがささやくように小さな声で話しかけてくる。慌てて視線を向けた先で、ロロは暗い顔をして笑っている。その右目は、今にもギアスが発動しそうに色を変えていた。
「ろ、ロロ、落ち着け」
 はっきり言って、ロロの言葉に同意したくなる気持ちはあったが、一時の衝動で身を危険にさらすわけにはいかない。こんなところでジノを始末したりしたら、誰に目撃されるか分かったものではない。それに、もし目撃されることがなかったとしても、それで良しとは言えない。帝国最強の騎士が殺されたりしたら、間違いなく厳しい捜査の手がここまで伸びてくる。そんなことをされたら素性がばれるかもしれないし、それどころかルルーシュがゼロだということまで発覚してしまうかもしれない。そんなことをされたら色々台無しになる。
 ルルーシュが止めに入ると、ロロは渋々とではあったがギアスの発動を止めた。攻略してすぐはぎこちなくて、こちらの出方をうかがっているような気色が強かったロロは、いつの間にかルルーシュにべったりだ。ルルーシュが駄目だと言えば大人しく引き下がる。まるで主人に従順な犬のように。あるいは、初めてみたものを親と思い込む雛鳥のように。
 ロロが手を止めたことにほっとして、ルルーシュは再びジノの方へと振り向いた。
「ジノさま、お願いですから妙な誤解はやめてください」
「誤解?」
「庶民の家にはですね、料理人なんていません。うちが貧しいわけではなくて、それが普通なんです」
 ルルーシュは、はっきりきっぱり言ってのけた。
 同情の眼差しを向けてきていたジノは、庶民の普通を知らないことはきちんと自覚しているのか、証拠も何も示さなくても素直に納得した。しかし、すぐに不思議そうに尋ねてくる。
「それって大変じゃないのか?」
「別に毎日毎日こった料理を作る必要なんてありませんし、世の中にはデリバリーや出来合いの惣菜なんかもありますから、ジノさまが思うほど大変じゃありませんよ」
 ジノの基準はあくまで貴族だ。しかし一般的な庶民は普通、貴族が食べているようなものを作ることなんてまずない。と言うか、そんなものを作れるほどの腕前を持つ者がほとんどいないということもあるが、とにかく毎日の料理にそこまで手をかけている主婦や主夫なんてめったにいない。時間があるときは別だが、通常は時間がかからなくておいしいが基本だ。ルルーシュだって、今朝のようにむしゃくしゃをぶつけたかったらパンを作ったり、時間に余裕があったり何か理由があるときは豪勢な料理を作ったりするが、そうでなければそこまで手をかけたりしない。二重生活は忙しいのだ。
 ところで二人とも、いったいどこまでついてくるつもりなのだろう。一年と二年の教室はそれぞれ二階と三階にあるが、校舎に入ってすぐの階段――いつもロロとはそこで別れている――はもう通り過ぎてしまった。まさかルルーシュの教室までついてくるつもりなのだろうか。
「それに、家の中に他人がいると落ち着かないって人間は多いんですよ」
「落ち着かないって……使用人に?」
 ジノは不可解なことを聞いたように眉根を寄せた。
 正直、ルルーシュも少しその気持ちは分かる。皇女として過ごしていた頃、離宮には大勢の使用人が立ち働いていていた。母マリアンヌは庶民の出だったから、他の皇妃や皇子皇女たちほど何もかもを使用人任せにしてはいなかったけれど、それでも周囲から使用人の気配が消えることはほとんどなかった。生まれたときからそれが当たり前だったから、それを嫌だと思ったことはなかったし、落ち着かないと感じたこともなかった。おそらくその感覚は、ナナリーも持っているだろう。彼女はいくら介護のためだったとは言え、日中ずっと咲世子に付いていられて、文句の一つも言ったことはなかった。仕えられることが当たり前だという感覚がなければ、それはおそらく無理だったはずだ。
「ええ。だって、よく考えてみてください。朝起きたときから夜眠っているときまでずっと、赤の他人がこちらの様子を窺っているんですよ?慣れていないときついでしょうね。ジノさまは生まれたときからそういう環境にあったから、気にならないでしょうけどね」
 フォローするように言うと、ジノは妙なものでも見るような目を向けてくる。
「先輩って庶民だよな?」
「ええ」
「そのわりには、まるで使用人に仕えられた経験があるみたいなことを言うんだな」
「まさか」
 ルルーシュは空っとぼけた。学園内のお気楽な印象が強いが、腐ってもナイト・オブ・スリーだということか。意外と鋭い。中華連邦の迎賓館での姿を思い出すと意外でも何でもないのだが、学園にいるときの姿から考えるとものすごく意外だ。それはともかく、ジノの前で気を抜くと危ないということが分かった。
 それでも、もう何年も続けてきた演技――偽りという名の仮面は、幼馴染のスザクさえだます優れものだ。だからスザクは、ルルーシュに記憶が戻ったことを疑っていても確信できていない。その演技を、いくら鋭くても短い付き合いのジノに見破れるわけがない。ルルーシュは妙なことを言われて戸惑っているふうを装って苦笑する。
「わたしは根っからの庶民ですよ」
 ジノは何も言わないで、ただじっとルルーシュのことを見つめてくる。まるで観察するような目だ。
 まさか疑われているのかと内心冷や汗を流しながら、ルルーシュは困ったように小首を傾げた。そんなはずはない。スザクでさえ、この偽りを見破ることはできないというのに、目の前にいる男なんかに見破れるはずがない。そのことは分かっているのに、この状況でそんな目を向けられたらいくらなんでも焦る。
 しばらくして、ジノは突然笑顔になった。
「うん、やっぱり先輩は面白い」
 何がどう面白いのか激しく気になったが、それを問いただす前に教室に着いてしまう。
「どうぞ、先輩」
 ジノは自然な態度で片手を差し出し、ルルーシュを扉の向こうへといざなう。登校中鞄を持っていてくれたことといい、この態度といい、紳士的という発言は嘘ではないらしい。態度の端々に貴族の傲慢さを感じさせながら、それをさほど不快に感じないのは、ジノが別に庶民を下に見ているわけではないからなのだろう。見下していたり侮っていたりする相手に、こんな態度は取らない。ただ彼は、庶民というものは自分とは全く別の存在であると思っているだけだ。それはそれで腹立たしいことに変わりはないが。
 促されるまま扉をくぐると、微笑を浮かべたジノがルルーシュの鞄を差し出してくる。
「ありがとうございます」
 ルルーシュはそれを受け取って礼を述べる。ジノと並んでいるロロの顔には、礼を言う必要なんてないのにと書かれているのが見えて、思わず苦笑する。仕方なく手を伸ばして、はしばみ色をしたふわふわの髪を軽くすいてやることにした。
「ロロも、ここまで送ってくれてありがとう」
「っ……うん!」
 それだけのことであっさり機嫌を直すロロは単純だ。もともとの性格はとても単純と言えるようなものではないのに、ルルーシュにだけ態度が違う。それを健気だとは思う。そして同時に、忌まわしいとも。そこはおまえの場所じゃない。そう叫びたくなる自分がいる。けれどこの偽りの弟をいとう心が、苦しめるだけ苦しめて使い捨ててやると思う気持ちが、ロロに対する全てではないこともまたうすうす分かっている。分かっていて認めたくないのだ。だってそれは、ルルーシュを――。
 そのとき突然、ロロの頭を撫でていた手首をつかまれる。ルルーシュはぎょっとした。
「あの、何か?」
「いや……」
 犯人のジノはなぜか困惑したような顔をして、指で頬を掻いている。
「先輩は……その、何か悲しいのか?」
「え?」
 ルルーシュは目を見開いた。どうして突然そんなことを聞かれるのか、理解できない。
「だって、何だか悲しそうで……寂しそうな目をしている」
「そんなことはありませんよ。見間違いじゃありませんか」
「それならいいけど……」
 ジノはルルーシュの手首を離して、大人しく引き下がる。そして表情を一変させて明るい笑みを浮かべた。
「じゃあ、わたしは自分の教室に行くから。またお昼に!」
「……はい」
 昼も来るのかと正直うんざりしたが、それを顔に出すと面白がられそうなだけなので、大人しく返事をするにとどめておく。
「よっし!じゃあロロ、行くか!」
「ちょっ、行きますから放してください!」
 ジノはロロの肩に腕を回して、そのまま二人で行ってしまった。
 それを見送って、ルルーシュは自分の席へと向かう。その途中、肩にのしっと誰かの腕が乗りかかってくる。
「よーう、ルルーシュ」
 にやにや笑っているのはリヴァルだった。クラス中の人間が、素顔をあらわにしたルルーシュを遠巻きにしている中で、彼の態度は変わらない。みつあみにメガネの野暮ったい格好をしていたころと同じに何の気兼ねもなく、悪友として触れてくる。男女としてこの距離感は何か間違っているのではないかとたまに言われるが、リヴァルはミレイに惚れているから、そういった心配は無用だ。
「おはよう、ルル」
 のしかかってくるリヴァルとは反対側から、シャーリーが声をかけてくる。
「ああ、おはよう」
「何だ何だ、早速一緒に登校なんてやるじゃんかよ」
「うんうん、とぉーってもお似合いだったよ」
「昨日はあれだけ嫌がってたのに、どうしたんだ?」
「ルルも一晩経って気分が変わったとか?」
 リヴァルとシャーリーが、互い互いにからかうような言葉を投げかけてくる。
 ルルーシュはうんざりした。疲れたところにこれだ。少しぐらい休ませて欲しい。
「ルルーシュの貴族嫌いもとうとう返上かぁ?」
 搾取することを当たり前だと思い、困ったことがあれば手を差し伸べられることを信じている貴族たち。他者を支配することに疑問を持ったことはなく、地位の低い相手は人間とも思わない傲慢さ。ルルーシュはそれが大嫌いだ。否、憎んでいると言ってもいい。
 だからルルーシュは、リヴァルの問いかけを鼻で笑い飛ばした。
「まさか、そんなわけないだろう」
 片端だけ吊り上げられた唇も、見下すように細めた瞳も、まるで計算されたような美しさ。嘲るように歪められた美貌は、まさに凄艶としか言いようがない。
 教室内の生徒たちは総じて息を止めて、その姿に見入る。その中で、リヴァルは息を止めることも頬を染めることもなく、ひゅうと口笛を吹くだけだった。それができるから、リヴァルはルルーシュの悪友なのだ。他の生徒たちと同じように見入っているシャーリーが、親友と言うには頼りないのとは違って。
「あいつが勝手に迎えに来ただけさ。そのせいで、落ち着いて食事を取ることもできなかったよ。まったく、これだから貴族ってのは嫌なんだ」
「ルル、言いすぎだよ!」
 肩をすくめるルルーシュを見て、シャーリーは憤慨している。
 リヴァルはリヴァルで、握った拳をマイクに見立てて、リポーターの真似事をしながら問いかけてくる。
「まーたまたぁ。いいんですか、ルルーシュさん?お付き合いしてる相手にそんなこと言って?」
「昨日おれがあれだけ嫌がっていたのを知っていて、よくそんなことが言えるな」
 昨日リヴァルは、ミレイにジノにシャーリーの三人が暴走するのを見ているだけで、止めに入ってくれなかった。ミレイが卒業してしまうことを嘆き悲しんでいたからだ。この悪友の性格から考えるとむしろ、あの中に混ざらなかっただけまだマシだと言えるのかもしれないが、八つ当たりをするにはちょうどいいのでそんなことは無視して、じろりとにらみつけた。
「いや、悪かったって」
 リヴァルは乾いた笑い声を漏らしながら、素直に謝罪してくる。リヴァルは恋する少年だから、不本意な相手と付き合うことの嫌さは多分、ルルーシュ以上によく分かっている。
 ルルーシュは小さく鼻を鳴らした。
「まあいい。さっきの質問に答えてやろう。おまえは、付き合っている相手にそんなことを言っていいのかと聞いたな。そんなことはな、実際に聞かれなければどうとでもごまかしようはあるものだ」
「もうっ、ルルったらまたそんなこと言って!」
「おお、さすが頭脳派!ってかおまえ、相変わらずロロのいないところでは言動がヒールだな」
「悪役?結構なことだな。それに、こんなことぐらいで別れてくれるのなら、いっそ聞かせてやりたいぐらいだ。ま、そうは言ってもさすがに貴族相手に、直接こんな暴言を吐こうとは思わないけどな」
「貴族相手ったって……別にジノはそれぐらいじゃ怒らないと思うぜ?知り合ってまだ短いけど、いい奴じゃん、あいつ。あんまり貴族らしくないし」
「貴族とか貴族じゃないとかそんなのに関係なく、そういうひどいことは言っちゃ駄目なの!」
 シャーリーは怒って詰め寄ってくる。
 それを片手であしらいながら、ルルーシュはリヴァルとの会話を続ける。
「貴族らしくない?逆だよ、リヴァル。あいつはとても貴族らしいさ」
「貴族らしいって……どこが?言葉遣いとか立ち居振る舞いなんかはそりゃ貴族らしいけど、賭けチェスなんかで会う貴族様とは全然違うじゃん」
「あれとはまた、貴族らしさの種類が違うのさ」
「種類?」
 無視されたに近いシャーリーは、頭から湯気が出そうな形相になっている。
 まだルルーシュの肩にのしかかったままのリヴァルは、そちらにちらちら視線を向けながら戦々恐々としているが、ルルーシュは気にも留めずに続ける。
「そうだ。賭けチェスで会うような貴族は、他者を虐げることを当然と思っている輩で、まさに特権階級の腐敗そのもの。確かにジノはその範疇には当てはまらない。むしろ、たいていのものが放棄している貴族として生まれた義務を果たしていると言ってもいい。名門貴族に生まれながら、ナイト・オブ・ラウンズにまで上り詰めたのは、あいつの高貴なる(ノーブル・)ものの義務(オブリゲーション)だろうからな。まあ、単に四男だから確かな地位を求めて士官しただけかもしれないが、それでも他の貴族なんかよりもずっとマシだ。だが、あいつは庶民と自分たち貴族とを、全く別の存在として定義している。発言を思い出せば分かるだろう?」
「ああ……まあ、確かに」
「それを貴族の傲慢だと言わず、何だと言うんだ?」
 ルルーシュは吐き捨てるように言った。
 貴族全てが悪ではない。そんなことは分かっている。分かっていても、憎くて憎くて仕方がない。貴族、そして皇族という存在が、ルルーシュたち姉妹を捨てたブリタニアという国を為すものである限り、この憎悪は途切れることなく続いていくのだろう。
「ルルの馬鹿っ、無視しないでよ!」
 そこでいい加減無視されることに耐え切れなくなったのか、シャーリーが爆発した。
「ん?ああ、すまないな、シャーリー」
「すまないな、じゃないわよ!心がこもってない!」
 こめてないからな、とはさすがにルルーシュも言わない。
「大体ね、傲慢なんて言ったらルルだって相当でしょう!」
「ああ、そうだろうな」
 シャーリーの言に、ルルーシュは笑う。
 それを見たシャーリーは言い過ぎたと思ったのか、怒りの表情を一変させて、眉尻を下げた顔でこちらを見つめてくる。
「ルル?あの、ごめんね?」
「謝る必要はない。事実だからな。おれが傲慢だなんて……そんなこと、分かりきっているさ」
 暗くなりかけた空気を一掃したのは、リヴァルだった。
「そうそう、賭けチェスで相手を倒したときの態度なんか、まさに傲慢って感じだよな」
 そのおどけたような態度に、シャーリーは再び表情を一変させて怒り始める。
「そうだ、リヴァル!もうルルを賭けチェスに連れて行くのはやめてよね!今までは無事だったかもしれないけど、こんなに美人だったってことが知られたら、何されるか分かんないんだから!」
「おー、怖い怖い。で、シャーリーはこう言ってるけど、どうする?」
「気が向いたらな」
 ルルーシュは肩をすくめた。


|| BACK || NEXT ||