04

「ルルーシュせんぱぁーい!」
「ほぇあ!?」
 背後から、ジノの明るい声が聞こえてきたかと思うと同時に、両肩に何かがのしかかってくる。少し視線を下げると、長い腕が体の前に回されているのが見えた。ジノに背後から抱きしめられているのだ。
「おはよう!」
「……おはようございます」
 ルルーシュは顔だけで振り向いて挨拶を返した。嫌だという感情を微塵も隠さなかったので、それはもう何とも言いがたい顔になっていたことだろう。
 ジノは呆れたような顔をして、子供に言い聞かせるような口調で言う。
「恋人に向かってその顔はないと思うんだけど」
「お……わたしは納得していません。あんな馬鹿げたことで恋人だなんて……」
「でも、それがあのイベントのルールだった。だろ?」
「それはそうですけど、だからって」
「ストップ」
 ジノはそう言って、人差し指をルルーシュの唇を軽くつついてくる。
 口をふさがれたわけではないが、それ以上喋ろうとすると指を噛んでしまいそうだったので、ルルーシュは不承不承黙り込んだ。食人の趣味はない。
「あまり聞き分けの無いこと言わないでよ、先輩」
「き、聞き分けの無い!?」
 まるで自分が悪いみたいな言い方をされて、ルルーシュは唖然とした。どう考えても悪いのは、ミレイが考えたみょうちくりんなイベントに便乗して、こちらの意思を無視して恋人同士だなんて言っているジノである。断じてルルーシュではない。
 怒りと屈辱に震えるルルーシュに向かって、ジノは続ける。
「恋人なら、もっと他に言うことがあるだろう?」
「だからちが」
「黙って……恋人らしいことが言えないのなら、恋人らしいことをしようか」
「はあ!?」
 ジノの唇が近づいてくる。何とか逃れようとするが、背後からがっちり抱きしめられているせいで、満足に動くことすらままならない。顔を背けようとしても、顎を大きな手で固定されている。まさに絶体絶命。背中を冷たい汗が流れていくのを感じた。
「じ、ジノさま!」
「そんなに硬くならないで。かわいいね、先輩」
「ひぃ!」
 甘ったるい言葉と同時に指先で軽く顎の下を撫でられて、ぞぞぞと全身を悪寒が駆け抜けていく。
「は、は……はなせええええええ!!!」

 そう叫んだところで目が覚めた。



◇ ◇ ◇



「……悪夢だ……!」
 ベッドの上でルルーシュは、片手で額を押さえながらうめいた。汗でぐっしょり濡れた寝巻きが気持ち悪い。時計に目をやると、普段の起床時間よりまだ二時間も早い。しかし、もう一度眠れる気はちっともしなかった。
 仕方なく起き上がり、洗顔歯磨き着替え諸々の準備を済ませる。いつもの癖でそのまま髪をみつあみをしそうになるが、髪を二つの束に分けたところで気付いた。昨日あれだけ盛大に素顔をばらされた以上、この先変装を続ける方が、素のままでいるよりずっと目立つということに。それでは変装の意味がない。ルルーシュはため息をついて、さっと櫛を入れるだけで身支度を終わらせた。
 朝食を作り始めるにはまだ早いので、空いた時間を無駄にしないため、とりあえずノートパソコンの電源を入れる。政庁のマザーにでもハッキングをかけようと思ったのだ。
 自作のハッキングソフトを起動させて、ダミーウィルスで武装する。もぐりこんでいるのがばれたときのことを考えて、複数のプロシキサーバを経由させ、偽造IPを作り上げた。すでに慣れた作業であるため、特に意識せずとも指は勝手に動いていき、実行コマンドを入力していく。
 そうやってエリア11でもっともガードが堅いであろうサーバに、やすやすと進入したルルーシュであったが、数十分もしないうちにパソコンを閉じてしまう。先ほど見た夢が頭をちらついて、ハッキングに集中できなかったからだ。黒の騎士団の今後の活動について考えていても、きっと同じことになるだろう。
 ルルーシュは仕方ないとため息を吐いて、髪を一つにまとめながらキッチンへ向かうことにした。料理を作るだけのことでも、体を動かしていれば気が紛れるかもしれないと期待したからだ。時間はたっぷりあるのだし、どうせなら久しぶりにパンでも作るかと考える。クロワッサンは気分じゃない。ロールパンは、父親の髪型を思い出してむかつくから却下。結局、ベーグルを作ることにした。
 強力粉、インスタントドライイースト、砂糖、塩をボウルに入れて手で混ぜ、十分混ざったら真ん中をくぼませて、そこに水を注ぐ。それをさらに混ぜ、ひとまとまりになったら台の上に出して、こねる。体重をかけてひたすらこねる、こねる、こねる。弾力が出るまでこねる。無心にこねる。
 昨日イベントであったことと今朝見た悪夢に対する苛立ちを、全力で生地をこねることで解消する。
 そこへ、まだ眠そうな顔をしたロロがパジャマ姿のまま顔を出した。
「姉さん?」
「ん、ああ、おはよう。悪いな、起こしてしまったか?」
「ううん、大丈夫。おはよう……それより今日は随分早起きみたいだけど、どうかしたの?」
「ちょっと悪い夢を見てな……」
「大丈夫?」
「問題ない」
 笑いながら言うと、心配そうな目を向けてきたロロの顔もほころぶ。
「ならよかった。ところで、こんな時間からいったい何作ってるの?」
「ベーグルだ。時間があったから、たまには自分でパンでも焼こうと思ってな。そうだ、ロロも一緒に作らないか?」
「えっ、ぼくも!?」
 ロロは寝ぼけ眼を一気に見開いた。
 その驚きようにルルーシュは驚くが、思い返してみるとロロと暮らしたこの一年、料理をしていたのはルルーシュばかりだった。目が見えなかったナナリーには包丁も火も危なくて扱わせなかったから、その延長でロロにも料理をさせなかったのだろうが、ナナリーと違ってロロは健常体だ。スザクの歓迎祭のときにも、割合器用にナイフを使ってジャガイモを剥いていたし、手伝わせても問題はないだろう。それにたとえ怪我をしても、それがナナリーの居場所を奪ったロロなら……どうだっていい。
「ああ。おまえも簡単な料理ぐらい、作れるようになった方がいい。そうしたらおれも助かるしな。それともまだ眠いか?それなら別にい」
「う、ううん、手伝う!ぼく、手伝うよ、姉さん!!」
 ルルーシュの言葉を途中でさえぎって、ロロは勢い込んで言ってくる。頬を染めたその様子は、ルルーシュと一緒に何かできるのが、ルルーシュの役に立てるのがうれしくてたまらないと、言葉で語るよりもずっと能弁に語っている。なぜかそれを見ていられなくて、ルルーシュはからかうような声で言った。
「その前に、顔洗って着替えて来い。口元、よだれついてる」
「えっ、嘘!?」
 ロロはぎょっとして、パジャマの袖で何度も口元を拭う。それを見て、ルルーシュは微笑んだ。
「嘘だよ」
「っ……もう!」
 からかわれたことを悟ったロロは、すねたような顔をしてキッチンから出て行く。計算どおり。
 ロロは、ナナリーの居場所を奪った偽りの弟だ。どれだけ健気でも、どれだけ自分を慕ってきても、だからと言って何か感じることなどあるはずがない。そんなことをされても苛立ちが増すだけだ。そう思っていた。そのはずなのに、大好きと全身で訴えてくるあの姿を見ていると、どうにも調子が狂う。ルルーシュはもやもやする思いを振り払うように、首を横に振った。
 ベーグルの生地はすでに十分な弾力があった。それをスケッパーで等分にして丸めていく。丸めた生地の上にぬれ布巾をかけていたところで、ちょうどロロが戻ってきた。汚れると困ると思ったのか、上着は着ていない。
 ルルーシュはエプロンを差し出した。
「ほら、これ」
「ありがとう。それで、ぼくは何をすればいいの?この布巾は何?」
 エプロンをつけた後、シャツの袖をまくっているロロは、やる気満々だ。しかし、ぬれ布巾をはがそうとするのはいただけない。
「こら。それは生地の乾燥を防ぐためにかけてるんだ。そのまま十分置いておく必要があるから、その間に別のことをしよう。そうだな……昼の弁当でも作ろう。朝はベーグルだから、昼は和食にするか」
「ぼく、がんばるよ!」
「期待してるよ。じゃあ、おれはおかずの下準備をするから、ロロにはおにぎりでも作ってもらおうかな」
「……あれってどうやって三角にするの?」
 ロロに料理を教えるのは、なかなか前途多難そうだった。



 それでも、いつも朝食を食べている時刻になる前にはベーグルも焼き上がり、お弁当も何とか出来上がっていた。あとは最後の仕上げをするだけだ。ルルーシュが奮闘した結果である。一人で作る方がよっぽど楽だったと思うのはまるで、小さな子どもと一緒に料理をする母親の心境だ。
 焼きあがったベーグルをロロがスライスし、それにルルーシュが組み合わせがかぶらないように具をはさみこんでいく。一つはプレーンクリームチーズを塗って、カリカリに焼いたベーコンときゅうりをはさむ。次のものには、モッツァレラチーズを乗せて塩胡椒を軽く振りかけトースターで焼いたスライストマトを。そうやって二人で協力してベーグルサンドを仕上げていると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。
「誰だ、こんな朝早くから」
「ぼくが見てくる」
「そうか、なら頼んだ」
 ナイフを置いて玄関へ向かうロロを見送って、ルルーシュはスライスした状態で残されたベーグルに具をはさみ続けた。まだ、焼いたまま手付かずのベーグルが残っているが、それはそのまま残して冷凍することに決める。自分たち二人分なら、これまでに作った分で十分だ。むしろ、少し多すぎるぐらいかもしれない。もし余ったら、いつも購買で昼食を買っているリヴァルにでも恵んでやろうと考えながら、余ったベーグルを天板から皿の上に移して乾いた布巾をかけておく。冷めたらポリ袋に密閉して冷凍庫行きだ。
 続いてデザートの用意をしていると、玄関の方が妙に騒がしいことに気付いた。何かあったのだろうかと思うが、ロロなら何があっても十分一人で対処できるし、もしそうでなかったとしてもその何かを知らせに誰より早くここまで戻ってくることができる。ルルーシュは喧騒のことなど忘れてヨーグルトを器に移し、作りおきしておいたベリーソースをかけて、ベーグルサンドとともにそれを食卓へと運んだ。
 最後に、キッチンへ戻って温めておいたティーポットから湯を捨て、茶葉を入れた後に沸騰したお湯を注ぐ。銀盆の上に置いたそれにティーコジーをかぶせて、砂時計をひっくり返す。砂が全て落ちれば頃合だ。ティーセットを載せた銀盆を手にダイニングへ向かうと、廊下から扉越しに何やら言い争うような声が聞こえてくる。直後、乱暴な音を立ててダイニングの扉が開いた。
「せぇーんぱぁい!」
 ここにいるはずのない人間の声が聞こえる。ついでに言えば、ここにいるはずのない人間の姿が見える。ルルーシュは銀盆を手に固まった。今朝の悪夢が脳裏によみがえってくる。
「おはよう、先輩!」
 ジノはにこやかに片手を上げて挨拶してくる。
 そこへ続いてやって来たロロが子犬のようなかしましさでジノに食ってかかった。
「いい加減にしてください!ヴァインベルグ卿!」
 ロロの登場で硬直から解けたルルーシュは、とりあえずティーセットを載せた銀盆を食卓の上に置いた。砂時計の砂が落ちきるにはまだ少し早い。
「おっと、ロロ。その呼び方はいただけないな。ここではわたしは、普通の学生なのだから」
「じゃあジノ先輩!言わせてもらいますけどね、普通の学生っていうのは、こんな朝早くから許可も無く無断で他人の家に入り込んだりなんて常識外れなことはしません!だから、さっさとここから出て行ってください!」
「嫌だ」
「嫌!?」
「ロロが入れてくれないから悪いんだ」
 ジノはぷいっと顔を背けた。まるで子どものようだ。体は平均の成人男性よりもずっと大きいだけに、そんな仕草をすれば奇異に思えても仕方ないのに、ジノにはなぜか似合っている。
 その幼げな態度といい、遠慮を取り払ったロロの物言いといい、二人して言い争っているさまは本当にまるでただの学生のようだ。ジノは帝国最強の騎士ラウンズの一人で、ロロは元暗殺者だと言うのに、そんなことは少しも感じさせない。
 そんな二人を観察していたルルーシュは、砂時計の砂が全て落ちたことに気付いた。ティーコジーを外して紅茶をカップに注いでいる間にも、二人の言い争いは続いている。
「責任転嫁するつもりですか!ぼくは当然のことをしてまでです!」
「わたしは先輩を迎えに来たんだ。きみには関係ない」
「関係あります!姉さんは、ぼくの姉さんなんだから!変な輩をクラブハウス内に入れることなんてできません!」
 ナイト・オブ・スリー相手を変な輩呼ばわりとは、かなりいい度胸をしている。しかし、いくらジノが社会的立場は無視するようにと言ったとしても、さすがに変な輩呼ばわりはまずい。ルルーシュは面倒だと思いながらも、仕方なく口を挟むことにした。
「二人とも、少し落ち着いてください」
「だって姉さん!」
「でも先輩!」
 二人はほぼ同時に声を上げて、そのことで再びにらみ合う。正確に言うと、睨んでいるのはロロだけで、ジノはすねたような目をしているだけだったが。構図的には、姉の恋人に文句をつける弟――ただし恋人も弟も本物じゃない――というのが正しいはずなのに、なぜか子どもの喧嘩みたいに見える。
 ルルーシュはため息をついて、ロロの席と余っている席の前にティーカップを置いた。
「いいから、とりあえず紅茶でも飲んでください」
 ルルーシュがそう言うと、ようやく二人は渋々といった様子で仕方なく椅子に座った。
 ロロはそのままぶすっとした顔を崩さないでいたが、ジノは紅茶の入ったカップと食卓に並んだ料理を見たとたん、ものめずらしそうな顔になって、楽しそうに目を輝かせている。
「先輩先輩、これって、えーっと……あ!ティーバッグとかいうので淹れたのか?」
「姉さんはそんな手抜きしません」
 淹れるところも見ていないのに、ロロはじろりとジノをにらみつける。
 ジノは不思議そうな顔になった。
「えー、だって庶民の知恵だって前にスザクが……」
 確かにそれは間違っていないかもしれないが、庶民が皆紅茶を淹れるときにティーバッグを使うわけではない。皇族として暮らしていたころ、ルルーシュの身近には当然のように高級品があふれていた。紅茶もその一つだ。そのせいで舌が肥えたということもあったが、それ以上に完璧主義の性格が、そんなものを使うことをルルーシュに許さなかった。ティーバッグでも淹れ方次第でそれなりにおいしくなるのだが、それでもやはり正しい淹れ方をした紅茶にはかなわない。
 スザクはルルーシュほど紅茶にうるさいわけではなかったので、面倒だと言ってよく使っていた。さらに言うと、彼がこだわらないのは紅茶に関してだけではない。日本茶の淹れ方も適当で、日本人ではないルルーシュの方がずっとおいしいお茶を淹れる。緑茶から昆布茶までどんと来いだ。ジノの言い分から考えて、スザクはラウンズになってからもきっと、以前と同じ調子で適当に茶を淹れていたのだろう。
「枢木卿と姉さんを一緒にしないでください!」
 ジノはロロを無視してカップを口に運んでいる。そして中身を口にしたとたん、驚いたように目を見開いた。
「あ、おいしい」
「当たり前でしょう!」
 すかさずロロが言うと、ジノは唇をとがらせた。
「だって、前にスザクが淹れたのを飲んだら、色は濃いのに味が全然しなかったんだ。だから、庶民は皆あんなものを飲んでいるんだと思ってた」
 そんなわけがないだろうとつっこみたくなるのを、ルルーシュは必死で押さえた。スザクの淹れる茶は、お湯の温度を全く気にしないことや手順の適当さもあいまって、おいしいとはとても言えないものだ。そんなものと一緒にされてはたまらない。
「でも、先輩の淹れたお茶はおいしい」
「ありがとうございます」
 当たり前だと思いながらもルルーシュは一応礼を言って、自分も席に着く。予想外の客人のせいで、新しいカップを取りに行かなければ自分の分がないのだが、喉が渇いているわけではなかったので後回しにすることにした。
「それでジノさま、こんなに朝早くから、いったい何の御用でしょうか?」
「あ、そうそう、先輩を迎えに来たんだ」
「それはまた、どうして」
「決まってるじゃないか、わたしと先輩が恋人同士だからだよ」
 ジノはにこやかに笑っている。
 ルルーシュは大きなため息をついた。
「ですからそれは、」
「ぼくはそんなの認めない!」
 ルルーシュが言いかけた反論にかぶせるように、ロロが粗暴な動きでテーブルに両手をついて立ち上がった。並べられた食器が小さく揺れて音を立てる。幸いにも中身が落ちたりこぼれたりすることはなかった。
「帽子を取り替えただけで恋人同士になるなんて、どう考えてもおかしいでしょう!?姉さんだって嫌がってた!」
「でも、あれはそういうイベントだったんだろ?」
「だからって、本人の意思を無視していいわけありません!」
「うんうん、きみが姉思いなのはよーく分かった。大丈夫、わたしは紳士だから無理強いしたりはしない」
「紳士だとかそうじゃないとか、そういうことを問題にしているわけじゃありません!」
 食ってかかってくるロロを楽しそうに見ているジノと、明らかに冷静さを欠いているロロ。どう見ても、ロロの負けだ。
 ルルーシュはそれを見てため息をついた。付き合う付き合わないについては、昨日散々話し合った。と言うか、こんな馬鹿げたことは無効だと言い張るルルーシュを、ミレイとジノに途中からはシャーリーまでもが加わって、三人がかりで説得してきたり無視して盛り上がったりしたのだ。全く人の意見を聞いてくれない三人組に、それ以上何を言っても無駄だと悟り、結局ジノが飽きるまで好きにさせることにした。
 ジノは貴族だ。貴族というものは総じて飽きっぽくて、日々を退屈に思っている。だからルルーシュがよく行く裏賭場のように、危険だと分かっていて遊びにやって来るような貴族が減ることはない。ルルーシュ自身、貴族ではないがその性質を持っているから、偉そうなことは言えないが。ジノは一見したところ、朗らかで笑みを崩さないからそうは見えないが、ルルーシュから見れば間違いなく退屈性で飽き性だ。そうでなければ、わざわざこんな学園に編入などしてくるものか。貴族としての日常が退屈だから、自分には馴染みのない庶民の学園にやって来たのだ。変化のない日々が退屈だから、ミレイの発案する突拍子もないイベントを楽しめる。面白いことを求めている。
 だからきっと、どうせすぐに飽きるだろうということは分かりきっていた。できることなら、この一晩で飽きてくれないかと願っていたのだが、さすがにそう上手くはいかない。まあそれでも、どうせ数日の我慢だ。
 それでも、自分の意思を無視した行為を強いられるようなことがあれば、いくら数日の我慢だと決めていても全力で抵抗する心算だ。しかし、自分で紳士だと公言していていて、無理強いはしないと言っているのだから、今朝見た夢のように無理やり唇を奪われるようなことはないはず。
 ジノを飽きさせようとするなら、ロロの行為は逆効果だ。大貴族の息子にしてラウンズである彼には、敵でもないのにこうして真っ向から噛み付いてくるような相手は珍しいはずだ。適当に流しておいた方が良い。ルルーシュはそう判断して、二人の意識をそらすため軽く二度手を打ち鳴らした。さすがにジノの前でそれを言うわけにはいかないから、ロロには後で話すことにしようと心に決めながら。
「ストップ。ロロ、そろそろ食べ始めないと遅刻するぞ。それと、ジノさま」
「うん?」
 返事は返ってきたものの、ジノの目は、皿の上に積んであるベーグルサンドに釘付けだ。庶民の料理が珍しいという視線ではない。食べ物を前にお預けを言い渡された犬に似ている。言いたいことは山ほどあったはずなのに、それを見ていると何だかどっと気が抜けた。
「……ジノさま、お腹が空いているのですか?」
「うん」
「朝食は?食べてこなかったんですか?」
「いや、ちゃんと食べてきた。でもわたしはまだ成長期だから、すぐにお腹が空くんだ」
 今でもう約二メートルも身長があるくせによく言う。まだ成長期が終わっていないのなら、最終的にいったいどれだけ背が高くなるつもりなのだろうか。そのうち人間の限界でも超えるつもりなのだろうか。そう思っている間にも、ジノは一心にベーグルサンドを見つめている。
「……よろしければ、一緒にいかがですか?」
 ルルーシュは内心ため息をつきながらそう言った。


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