合わせ鏡の虚無 魔女と鏡の裏、あるいは表

 数え切れないほどの廃墟を背景に、地面に倒れている大勢の人間に囲まれて、長く美しい黄緑色の髪の毛を揺らした魔女は首をかしげた。それは、魔女と呼ばれる女にしてはおかしなぐらい幼げな仕草だった。
 彼女はその細い腕の中に、一人の子供を抱いていた。
 絹糸のような黒髪は砂と泥に汚れ、肌もまた砂と泥、そして血で斑に染まっている今は、単なる薄汚れた子供にしか見えない。しかし目を凝らしてよく見ると、砂に汚れた黒髪は絹糸のような繊細さを誇っており、肌は白磁のように白く、まるで少女と見紛わんばかりに美しく愛らしい少年だということが分かる。
 しかし魔女は、その少年をまじまじと観察した後、美しい顔をしかめて言った。
「これは、違う。こっちじゃない。……間違えた」
 今にも舌打ちしそうな顔をして、魔女はさらに続ける。
「助け損か。ふん、私としたことが……」
 魔女は大きなため息を吐くと、抱き上げていた少年から手を離そうとする。
 しかしその前に、少年がカッと目を見開いて、魔女の服を握り締めた。魔女は下を向いて、少年と目を合わせる。少年の目は、アメジストよりもなお美しい、気高い紫色をしていた。
 少年はその目で、魔女のことを強くにらみつけた。
 その強い瞳を受けて、魔女は少しも怯むことなく、高慢な態度を崩さずに口を開く。
「何だ。まだ動けるのか、お前。お前の方なら、別にどうなってもいいんだが、一応忠告しておいてやる。下手に動くと、本気で死ぬぞ」
 少年の体は、あちこち傷ついていた。右腕は妙な方向に曲がっていて、全身には殴られた痣と擦り傷があり、さらに言えば、左肩あたりからはだくだくと血が流れ出ていた。ちゃんと治療をしなければ、出血多量で死んでしまうだろうことは明らかだ。
 けれど少年は、折れていない左腕で魔女の服を引き、彼女の顔を引き寄せると、痛みに歯を食いしばりながら言った。
「……こっちじゃない、って、どういう意味だ……?」
「聞いていたのか。言葉通りの意味だ。お前じゃない。間違えた。私が選んだのは、お前じゃない方だ」
「っ……あいつに、何かしたら……絶対許さない……!」
 必死の形相で、切れ切れに言う少年を見下ろして、魔女はどこか憐れむような声で言う。
「ならば、お前が代わりに契約するか?私は別に、お前でもかまわない。あっちに決めたのは、気まぐれみたいなものだからな」
「け、いやく……?」
「そうだ。これは契約。力をあげる代わりに、私の願いを一つだけ叶えてもらう。契約すれば、お前は人の世に生きながら、人とは違うことわりの中で生きることになる。異なる摂理、異なる時間、異なる命。……王の力はお前を孤独にする。その覚悟が、あるのなら――」


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