ルルーシュはブリタニア軍のサザーランドに乗って、ユーフェミアを探していた。あの場所で生身のままユーフェミアを探していれば、見つける前に命が終わっていたからである。
日本人を殺しているナイトメアを潰しながら、ユーフェミアを探す。ある一機のナイトメアに攻撃を加えたとき、通信回線から声が聞こえてきた。
『ブリタニアの軍人のくせに、無礼でしょう!私はユーフェミア・リ・ブリタニアですよ!』
「……見つけた」
『あら?この声、ルルーシュ?』
ルルーシュはその問いに答えず、ユーフェミアが騎乗しているサザーランドに攻撃を加える。皇族はひととおりナイトメアの操縦を習うはずだが、ユーフェミアの場合は本当にひととおり習ったというだけなのだろう。敵機は簡単に行動不能に陥った。
そのコックピットから、ハッチを開いてユーフェミアが姿を現す。美しかったドレスは破れて血に汚れ、ユーフェミア自身の肌も血に濡れていた。それは、ユーフェミアが心ならずも犯した罪の証だった。
彼女は瓦礫の中に落ちていたマシンガンを手に取ると、きょろきょろと周囲を見渡して日本人の姿を探し始める。
ルルーシュはそれを無感情に見つめながら、己が乗っているサザーランドのハッチを開き、そこから降りた。
「ルルーシュ!」
それを見て、ユーフェミアは無邪気な笑みを浮かべてうれしそうに話しかけてくる。
「ねえ、ルルーシュはどうやって殺すのが一番効率がいいと思う?銃はやっぱり一度に一人しか殺せないから、ナイトメアが一番かしら?それとも、ゲットーの水道に毒を混ぜてみるのはどうかしら?でもそれをしちゃうと、後の始末が大変よね。ねえ、どうやったらこの世界から日本人を一掃することができるか、ルルーシュも一緒に考えてくれる?」
けれど語られる言葉は、その笑みにひどく不似合いなもので。
「……ユフィ」
「どうしたの?そんな暗い顔をして」
「さあ、どうしてだろう……」
無邪気な笑みを浮かべる慈愛の皇女と呼ばれた少女を壊したのは、ルルーシュだ。いずれ未来で、行政特区日本が崩壊したときに壊れるはずのものだったとしても、それを待つよりも先にルルーシュが壊してしまった。
血にまみれたユーフェミアの姿は、ルルーシュの罪だ。だから幕を下ろすのは――ユーフェミアの罪に終わりをもたらすのは、ルルーシュでなければならない。
ルルーシュはユーフェミアに銃を向けて、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「さよなら、ユフィ」
直後、一発の銃声が響き渡る。
その銃弾を受けたユーフェミアは、何が起こったのか信じられないとでも言いたげな顔をして、その場に背中から倒れていった。ひどくあっけない終わりだった。
ルルーシュは銃を持つ腕を下ろして、銃弾を受けた傷口から血を流して倒れているユーフェミアをじっと見つめた。駆け寄る資格もなければ、謝る資格さえルルーシュにはない。だからただ立ち尽くして黙り込んでいた。
不意に、砂を踏みしめる音が聞こえてそちらを向くと、馴染みのありすぎる格好の人物が立っていた。フルフェイスマスク、紺色を基調とした衣装、漆黒のマント――ゼロがそこにいた。
ゼロはルルーシュだったが、ルルーシュはここにいるから、今目の前にいるゼロの中身は誰か別の人物だ。そして、ゼロの正体を知っていたのはただ一人。だからルルーシュは、仮面の中にいる人物がその人だと思った。
「C.C.か……久しぶりだな」
「……」
「お前にも悪かったと思っている。望みを叶えてやれなくなった……だが、お前だってギアスの暴走についてなんて一言も言わなかったんだから、お相子ということで許せ」
「……」
「C.C.?聞いてい」
返事をしないC.C.をいぶかしく思って、ルルーシュが眉を顰めると同時に、ゼロの仮面が小さな音を立てて外される。その下から表れたのは、C.C.以上によく知った顔だった。
大切な幼馴染で親友で、ユーフェミアの騎士で、行方不明になっている人物。
「すざ、く……?」
枢木スザクがそこにいた。
(どうしてスザクが……だってスザクはブリタニアの軍人で、ユフィの騎士で……ゼロに反発ばかりしていた……なのにどうして……)
どうしてスザクが、ゼロの扮装をしているのだろうか。
ルルーシュが目を見開いて固まっていると、スザクはふわりと笑ってルルーシュの名前を呼んだ。
「ルルーシュ」
とても優しくて、甘い響きを宿した声だった。
けれど、ユーフェミアを自身の手で殺したばかりで通常の精神状態とは大きく異なるところにいたルルーシュには、それが分からなかった。スザクはユーフェミアの騎士だ。大切な主を殺したルルーシュを、スザクが許すはずがない。
ルルーシュは勝手にそう思いこんで怯えた顔になると、一、二歩その場で後ずさった。
「ルルーシュ?どうしたの、そんな顔をして?」
「……スザク……」
「テレビに映ってたみたいなドレスも似合うけど、やっぱりそういった格好の方が君らしいね」
男物のような正装を着ているルルーシュを見て、スザクはまぶしそうな顔をして笑う。
そこでようやくルルーシュはスザクの異常に気付いた。数メートルと離れていないところでユーフェミアが血に濡れて倒れているというのに、スザクはそのことに全く意識を向けていないのだ。ゼロの扮装をしていること自体が異常であると言われれば確かにそのとおりなのだが、それはありえなさすぎて、何かの間違いだとしか思えなかったのである。
「……スザク……?」
スザクは、一生の忠誠を誓った主を蔑ろにするような人間ではない。そんないい加減な性格はしていない。それなのにどうしてスザクは今、倒れているユーフェミアのところに駆け寄っていかないのだろう。
ルルーシュが戸惑っていると、スザクは優しげな笑みを浮かべたまま手を伸ばしてくる。
「迎えに来たんだ」
「迎え……?」
「君がゼロだったんだね、ルルーシュ」
「っ……!」
息を呑むルルーシュに笑いかけて、スザクは続ける。
「それなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。君がゼロだって知ってれば、差し伸べられた手を振り払ったりしなかったんだよ?」
「す、ざく……?」
「C.C.に言われてね、君の代わりにゼロとしてふるまってたんだけど……僕は君みたいに頭が良くないから、色々大変だったよ」
そう言って苦笑するスザクの姿は、よく見知った幼馴染で親友の姿であるはずなのに、何故かまるで違う男のように感じられた。
(スザクが、ゼロの代わりを……?)
そんなこと、ルルーシュには信じられなかった。
「スザクは……黒の騎士団のことが――ゼロのことが、嫌い、なんだろう……?なのに、どうして……?」
「さっき言っただろ?君がゼロだって知ってたら拒んだりしなかったよ」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような口調で、困ったような顔でスザクは言う。
「ねえ、ルルーシュ。僕の手を取って?ゼロのこと、もう拒んだりしない。黒の騎士団のメンバーになって、君の助けになってあげる。君が望むならブリタニアだって壊してあげる。だから――」
「スザク……?」
「今度こそ、ずっと一緒にいよう?」
「スザク!何を言っているんだ!?俺は……俺は、ユフィを殺したんだ!それなのに……」
すぐそこに血まみれで倒れているユーフェミアの姿が、スザクの目に映らないはずがない。ユーフェミアはスザクの大切な主で――スザクの好きな人だったはずだ。それなのに、どうしてユーフェミアのことを無視してこんなことを言ってくるのだ。
「ユフィ?……そんなの、どうだっていいよ。僕が大切なのは君だけだから」
「え……?」
ルルーシュが驚きに動きを止めると、スザクはそこでようやくユーフェミアに視線をやって、子供を叱るような口調で言った。
「ああもう、駄目だよ、ルルーシュ。殺したいのならちゃんと心臓を狙わないと。ユフィ、まだ息があるじゃないか」
スザクはそう言って、にこやかな笑みを保ったまま懐から銃を取り出すと、すばやい動きで照準を定めて、正確にユーフェミアの心臓を射抜いた。
「っ……!!!」
ルルーシュは信じられない思いで、今度こそ息をしなくなったユーフェミアとにこやかな笑顔を崩さないスザクをゆっくりと見比べた。
「……ど、して……だって、スザクはユフィのこと、好きなんじゃ……」
「やめてよ。僕が好きなのは、昔から君だけだ」
「俺……?」
呆然とするルルーシュを、スザクは熱のこもったひどく切なげな目で見つめてくる。
「側にいられるのなら、親友でいいと思ってた。君が生きて幸せに暮らしているのなら、他に何も望んだりしないって……ずっとそう思ってた……」
「っ……!」
それは、ルルーシュがスザクに対して思っていたのと同じ想いだった。驚愕に息を呑むルルーシュを置いて、スザクはさらに続ける。
「……でも、それは間違いだった。君が誰かのものになるなんて耐えられないんだ」
真剣な顔で、切なげな声で、ルルーシュへの愛を語るスザク。
ルルーシュはうれしくて、涙が出そうになった。ルルーシュがスザクを好きだったように、スザクもルルーシュのことを好きでいてくれたのだ。
「大切にする。もう二度と手放さない。誰にも渡したりしない。ねえ、だから――」
僕の手を取って。
そう言われたルルーシュは思わず何もかもを忘れて、その手を取ってしまいそうになった。
しかしそのとき、脳裏にふと、ナナリーが泣いている姿が思い浮かんだ。一人にしないで、側にいてと弱々しく泣いていたナナリーの姿が。小さくて儚い、誰よりも大切な大切な妹。彼女を置いてスザクと一緒に行くことなんて、ルルーシュにはできない。
だからルルーシュは上げかけた腕を意志の力で下ろして、狂おしい色を宿したスザクの目から無理やり視線を外した。目を合わせたままでいれば、拒みきれる自信などなかった。
「……無理、だ……俺は、お前の手を取ることはできない」
「どうして?僕のこと、嫌い?」
悲しそうな声が聞こえてきて、ルルーシュはうつむいたまま、まるで子供のような仕草で首を横に振った。
「……好きだよ。他の誰よりも、お前のことが好きだ」
「なら……」
とたんに明るくなったスザクの声を、しかしルルーシュはばっさりと切って捨てた。
「でも、ダメだ……ナナリーを置いて行くことなんて、俺にはできない。俺一人なら、義兄上の手から逃れることもできるだろう……だが、ナナリーを連れてあの人から逃げ切るなんて不可能だ」
足も目も不自由なナナリーを連れて逃げ切れるほど、シュナイゼルは無能な人間ではない。けれどナナリーを置いていくという選択肢は、ルルーシュの中にはなかった。
ナナリーは、ルルーシュに残されたたった一人の家族だ。八年前母親を亡くしたときからずっと、二人で身を寄せ合うようにして生きていた。だからルルーシュとナナリーの絆は自然と、普通の兄弟姉妹たちよりもずっと強くなった。
ルルーシュは顔を上げて、スザクと視線を合わせて笑った。
「スザク、俺はお前のことが好きだ……」
でも、とルルーシュは、今にも泣きそうな顔になって続ける。
「……でも、ナナリーのことは……愛してるんだ」
スザクのことは好きだ。きっと一生、スザク以上に好きになれる異性など現れないだろう。
けれどナナリーとスザクを比べれば、ルルーシュはスザクを選ぶことはできない。ルルーシュはナナリーのことを愛している。それは決して恋愛の愛ではないけれど、愛していることに変わりはない。
ナナリーは、ルルーシュにとって誰よりも大切な人だ。
スザクは昔から強かったから、一人でも大丈夫だ。けれどナナリーは違う。ナナリーはルルーシュが守らなければならない存在だ。大切な家族を捨ててまで恋愛に走ることは、ルルーシュにはできない。いや、そうではない。そんなふうに言い訳をしているけれど、本当はルルーシュがナナリーから離れることができないのだ。
ルルーシュもナナリーも、互いに依存しすぎていて、離れたりしたらきっと生きていけない。
「だから、お前と一緒には行けない」
ナナリーがブリタニアにいる限り、ルルーシュはブリタニアに戻らざるを得ない。それがたとえ大切なスザクの手を振り払って、大嫌いなシュナイゼルのところに戻ることを意味していようと。
「……だからごめん……ごめん、スザク……」
今にも泣きそうな顔でルルーシュが謝っていると、数百メートル向こうから、ブリタニア軍のサザーランドが近づいてくるのが見えた。
ゼロの格好をしているスザクが見つかったら、すぐに殺されてしまう。ルルーシュはすばやくスザクの元へと駆け寄ると、スザクの頭にゼロの仮面をかぶせて、ほとんど吐息のような声で言った。
「さよならだ、スザク……”生きろ”」
かつてルルーシュがかけたギアス。それは確かに効力を発揮しているようで、ルルーシュがそう言ったとたん、スザクはびくんと体を震わせた。そっと胸を押すと、スザクはルルーシュに背を向けて走り出した。
いくらスザクでも、ナイトメア相手に生身は無理がある。だからルルーシュがかけた”生きろ”というギアスが、スザクをこの場所から逃亡させたのだ。ゼロの格好をしたままでこの場にとどまり続ければ、間違いなくやってきたサザーランドに殺されてしまうから。
マントを翻して走っていくゼロ――スザクの後姿を、ルルーシュが静かに見送っていると、すぐ近くまでやって来たサザーランドから驚いたような声が聞こえてくる。ルルーシュはとっさに、ギアスをオフにすることができなくなった左目を手で覆った。
『ゼロと……ルルーシュ殿下とユーフェミア殿下!?』
そのサザーランドは、逃げていくゼロに銃撃を浴びせたが、それが命中することはなかった。化け物じみた身のこなしは、一ヶ月離れていたぐらいじゃ変わっていないらしい。
そのサザーランドは、ゼロを追うよりもユーフェミアとルルーシュを保護する方が先だと考えたのか、この場に留まってコックピットの中から声をかけてくる。
『ルルーシュ殿下、ユーフェミア殿下は、あの……』
気遣うよな声と詰まった言葉の意味は、問われているルルーシュ自身が誰よりも分かっていた。ルルーシュから少し離れたところに、血まみれのユーフェミアが転がっているのだ。
「……ユフィは死んだ」
自分が殺したとは、ルルーシュは言わなかった。ブリタニアで生きていくためには、そんなことを言ってしまうわけにはいかない。
『まさかゼロに……!』
サザーランドのパイロットは、先ほどまでゼロがここにいたことから、犯人はゼロだと思ったようだった。ルルーシュは否定も肯定もしなかった。
黙り込むルルーシュを見て何を思ったのか、パイロットは気遣うような声を向けてくる。
『殿下、ここにいては危険です……ユーフェミア殿下の遺体と共に、安全なところまでお連れします』
「……ああ。頼む、そうしてくれ」
ルルーシュはそう言って目を閉じた。
(……疲れた……)
ナナリーに会いたい。会って、スザクの手を拒んだことが間違いではなかったのだと、自分に言い聞かせたい。
それ以外のことは、今のルルーシュにはもうどうだってよかった。
サザーランドの手に乗せられて運ばれていくルルーシュを、ゼロの扮装をしたスザクはそこから少し離れた建物の上から眺めていた。
「……僕のことを選べないのなら、仕方ないよね……」
感情をなくしたような声で、スザクはぽつりとつぶやく。
「……全部壊して迎えに行ってあげるから、それまで待ってて」
愛してるよ、ルルーシュ。
感情をなくしたような声から一変して、ひどく切なげな色を宿したその声は、風に吹き消されてどこか遠くへ飛んでいった。
●END●