熱望に気付くのは

 クロヴィスに連れられて行ったアリエスの離宮。そこで初めてある異母妹と顔を合わせた日から、シュナイゼルは頻繁にアリエスの離宮を訪れるようになっていた。
 傍から見れば、たびたびアリエスの離宮を訪れるシュナイゼルの行為は、身分の低い妹姫に対する優しさのように見えるかもしれない。ルルーシュのチェスの腕前を知っている人間ならば、幼いころから懐かせておいて、いずれは参謀に迎えようとするのかと、穿った考えをするかもしれない。
 確かにクロヴィスからルルーシュのチェスの腕前を聞いたとき、シュナイゼルが最初に思ったのは、その才能が如何ほどのものかということだった。利用できるか否か、あるいは王たる器か否か。
 けれど今シュナイゼルの心を占めているのは、そんなくだらないことではなかった。シュナイゼルがアリエスを訪れる目的は、ルルーシュで遊ぶためだ。決してルルーシュと遊ぶわけではない。ルルーシュで、遊ぶのだ。
 十代も後半に突入したというのに、一回りも年下の幼女と遊ぶような奇特な趣味は、シュナイゼルにはない。そんなに子供好きなわけではないし、クロヴィスのように妙な感性を有しているわけでもない。ついでに言えばロリコンなどではない。断じて。
 だからシュナイゼルの目的はルルーシュの反応を見て楽しむことであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 けれど、たったそれだけのことが、退屈だった日常を興味深いものに変えてくれるのだ。

 訪れた先ですることと言えば、チェスがほとんどだった。それ以外に共通するようなものはなかったから、自然とそうなったのだ。同じことの繰り返し。それでもシュナイゼルは、ルルーシュのもとを訪れることをやめなかった。相手がルルーシュならば、チェスばかりしていても退屈ではなかった。
 シュナイゼルの本性に気付いていても、自らの身分が高くないばかりに、彼女は内心でどう思っていようと、シュナイゼルの訪れを拒むことはできない。シュナイゼルのことを怖がっていようと、ルルーシュは笑顔でシュナイゼルを迎えることしかできない。
 そんな異母妹の立場をわきまえた聡明な態度は、非常に好ましいものだった。そして何より、平然とした態度の奥に垣間見える怯えきった瞳の色はシュナイゼルの心をいたく満足させた。嗜虐心なんてものが自分の中にあることをシュナイゼルが知ったのは、ルルーシュと知り合ってからだった。



 そして今日もまた、シュナイゼルはアリエスの離宮を――さらに正しく言うならばルルーシュのもとを訪れていた。初めて会ってからわずか一月ばかりしか経っていないというのに、シュナイゼルのその行為はもはや習慣と化していた。
 離宮の主であるマリアンヌ皇妃に挨拶をした後で、ルルーシュの部屋へと向かう。案内役として侍女が先立とうとしたが、何度も訪れた場所にそんなものはいらないと、手を振る仕草だけでそれを拒絶する。
 離宮はそこまで広いものではなかったから、数分も歩かないうちに、ルルーシュの部屋の前にたどり着いた。応の礼儀として、二度続けてノックをすると、中から入室の許可をする声が聞こえてくる。
 まさかここにいるのがシュナイゼルだとは、ルルーシュは夢にも思っていないのだろう。警戒心など欠片もこめられていない無邪気で無防備な声だった。扉の外にいるのが、シュナイゼルだと知っていれば、ルルーシュは絶対にそんな声を返してこない。わずかに強張った、緊張したような声を返してくるはずだ。
 そう思うと、妙に不愉快な気分になってきた。警戒も不信も怯えも、ルルーシュ以外からそんな感情を向けられたことはなかった馴染みのないものだからだろうか。
 そんなことを考えながら静かに扉を開くと、部屋の中央付近に置かれたテーブルの上に分厚い本を数冊積んで、姿勢正しく椅子に座ったルルーシュが本を読んでいる光景が目に入った。ゆっくりと近づいていくが、入ってきたのは侍女だとでも思っているのか、ルルーシュは全くこちらに視線を向けない。
 わざわざ訪ねてきているというのにこちらを見ないルルーシュが面白くなくて、シュナイゼルはルルーシュのすぐ後ろに立つと、その脇に手を差し入れて抱き上げてみた。
「ほわっ!?」
 ルルーシュは突然の事態に驚いたのか、珍妙な声を上げる。
 シュナイゼルはその声のおかしさに笑みを零しながら、その耳元で異母妹の名前を呼んでみせた。
「ルルーシュ」
「っ……あ、にうえ……」
 不意打ちをされたせいか、慌ててシュナイゼルを見たルルーシュは、青ざめて引きつった顔になっている。さらには、動揺の度合いを示すように、手に持っていた分厚い本を床に落としてしまう。
 ルルーシュがそのように心を乱した様子を見て、シュナイゼルは満足心を覚えて目を細める。
 幼い異母妹はそれを受けてわずかばかり肩を震わせ、怯えの宿った瞳でシュナイゼルを見上げた。けれどこわばった態度は一瞬。ルルーシュはすぐに平静心を取り戻して、少し引きつり気味だが笑顔を作って口を開いた。
「こんにちは、義兄上。せっかくいらしてくださったのに、気付かなくてもうしわけありませんでした」
「かまわないよ。何の本を読んでいたんだい?」
 シュナイゼルは笑顔を返しながら、抱き上げたルルーシュを抱えなおして右腕の上に座らせるようにする。シュナイゼルは着やせして見えるが、それなりに体格はいい。まだまだ小さな異母妹を腕一つで支えるぐらいわけはない。
 ルルーシュは逡巡するように手をさまよわせた後、覚悟を決めたような顔になって、シュナイゼルの胸の辺りの衣服を軽くつかんできた。
 まるで警戒心の猫のようだ。逃げ出そうとはしないが気を許しているわけでもない態度を見て、シュナイゼルがそんなことを思っていると、ルルーシュは床に落ちている本を片手で指差して口を開いた。
「さっきまで読んでいたのは、兵法論です」
「兵法論?」
 シュナイゼルは驚きの眼差しをルルーシュに向けた。いくら聡明だからと言って、たった五歳の子供が読むようなものではない。
 ルルーシュは向けられた視線の意味を正確に理解しているのだろう。少し恥ずかしそうに頬を染めると、ぼそぼそと言った。
「はい。ぼく……あ、いえ、わたしには、まだ少しむずかしくてりかいできないところもありますが、それでも、とてもきょうみ深いです」
 恥じているのは、理解できない部分があるから、だろうか。それでも『少し』難しいと言ったからには、そこまで難しいとは思っているわけではないのだろう。母は庶出の皇妃、皇位継承権は十七番目という身分に生まれついたせいか、ルルーシュは皇族にしては珍しい謙虚な性格をしている。
 少なくともシュナイゼルには、ルルーシュが自らの能力をひけらかすことを好んでいないように見えた。チェスというゲームは別にしても。
 そしてそれは実際、そんな立場に生まれついた彼女にとっては最良の選択であっただろう。少しでも優秀さをひけらかすような人間であれば、身分の低い彼女は他の皇族によって即座に始末されていたはずから。
 そうやって害なき者に擬態するか。あるいは、誰か有力な者の味方に付いて役に立つか。力なき者が生き延びるために選べる生き方は少ない。
 シュナイゼルは笑みを浮かべながら、壁際のソファセットへと向かう。
「理解できないことを恥じる必要はないよ、ルルーシュ。君はまだ五歳なんだからね。ゆっくり学んで大人になるといい」  そう言って、一人がけのソファーの上にルルーシュを下ろす。それとローテーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファーに、シュナイゼルは腰掛けた。それからローテーブルの上に置かれたチェスボードに目をやると、にっこりと微笑んでからルルーシュに視線を移す。
「さて、それよりも今は私のチェスの相手をしてくれるかな?」
「……は、はい」
 向かいのソファーで、ルルーシュはわずかに緊張した面持ちで頷いた。

 それからしばらくして、ゲームも中盤に突入した頃。
 不意に扉をノックする音が聞こえてきた。ルルーシュが入室の許可を出すと、一人の侍女が台車を押して部屋に入ってくる。台車の上には、一揃いのティーセットと苺のタルトが載せられていた。
 ルルーシュはそれを見たとたん、シュナイゼルがいることも忘れたようにぱあっと笑顔を形作る。
 侍女はそれを微笑ましそうな顔で見て、台車を押して近づいてくると、ローテーブルの上に紅茶の入ったティーカップとタルトとを、二人の前に置いた。
 ルルーシュは心底うれしそうに笑って、その侍女に礼を言った。それから打って変わって緊張したような顔をして、シュナイゼルに茶を勧めてくる。
 その態度の落差を何となく不愉快に感じながらも、シュナイゼルは笑顔を崩さず侍女に向かって言う。
「私は甘いものはあまり得意ではなくてね。……すまないが、下げてもらえるかな?」
「えっ……!?」
 そう言った瞬間、ルルーシュが驚いたような声を上げる。
 それを不思議に思ったシュナイゼルが怪訝な目を向けると、ルルーシュは緊張に身を強張らせながらもおずおずと口を開いた。
「あの、でも……いちご、おいしいですよ?」
 シュナイゼルがこうやって出される茶菓子を断るのは、いつものことだ。この離宮にはティータイムのときにも何度か訪れているのだから、ルルーシュはそれを知っている。
 それなのにどうして今さら、とシュナイゼルが不思議に思っていると、側に控えていた侍女がクスクスと笑い声を上げる。
「ルルーシュ様は苺が大好きですから」
「シェラ!」
 ルルーシュは顔を真っ赤にして、シェラと呼んだ侍女をにらみ上げる。しかし、侍女はクスクスと笑い声を上げたままだ。
「本当のことでしょう?だから、苺を食べない人がいるなんて思わなかったんですものね」
「ちがっ……ぼくはそんな……!」
 ルルーシュは否定しているが、顔色と態度の方が言葉よりずっと正直だった。
 いつもルルーシュは大人びた振る舞いをしてばかりいるから、初めて見るそんな態度は非常に興味深いものだったが、興味云々よりも侍女と馴れ合うルルーシュを見ていると、なぜか不快さの方が増してくる。
 自分の身分を良くわきまえていると思ったルルーシュが、皇族としての立場も忘れて侍女と馴れ合っているからなのだろうか。そう考えて、シュナイゼルは即座にそれを否定した。
 侍女程度が、シュナイゼルが気に入っているルルーシュに気安い態度を取っているのが不快なのだ。ルルーシュで遊んでいいのもからかっていいのも、シュナイゼルだけなのに。
 なぜならルルーシュは、シュナイゼルのものだからだ。
 だから悪いのは、シュナイゼルの玩具で勝手に遊ぼうとする他人だ。
 シェラという侍女に向けられたシュナイゼルの視線の冷たさを、必死になって苺が大好きだということを否定していたルルーシュは気付かなかった。

 そして翌日、アリエスの離宮からシェラという名の侍女の姿は消えていた。



 それから数ヵ月後。
 シュナイゼルはルルーシュを腕の中に抱いて、自分に与えられた離宮の庭を歩いていた。目的は、庭の片隅に作った薔薇園だ。
 ここ最近、元気のないルルーシュを心配して、花でも見せて元気付けようとしたのだ。ルルーシュが沈み込んでいる原因が他でもない自分にあるということには気付いていたが、そればかりは仕方がない。
 自分のものに手を出そうとするハエを退治するのは、当然のことだからだ。いくらルルーシュが嫌がろうとやめる気はなかった。
 だからその代わりにといってはなんだが、薔薇園に連れて来たのだ。女という生き物は極端な例外を除いて花を好むようにできているから、周り一面を埋め尽くすように咲く薔薇でも見れば元気になると思ったからだ。
 それはもちろんルルーシュのことを心配してのことではなく、ルルーシュに元気がなければ、シュナイゼルとしても面白くないからである。
 シュナイゼルが抱き上げれば、ルルーシュはぎこちない表情で身を強張らせたが、それはいつものことだ。それでも、薔薇園へと連れてくれば、硬かったルルーシュの表情は咲き初めの花のように淡くほころんだ。幼くても、花が好きなのは他の女と同じらしい。
 腕に抱かれたまま、うれしそうな顔で薔薇の花に手を伸ばすルルーシュを見て、シュナイゼルは安堵のためそっと息を吐いた。
「気に入ったかい?」
 腕の中の異母妹に声をかけると、彼女はシュナイゼルの存在を今まで忘れていたように身をすくませて、少し引きつり気味の笑顔で答える。
「……はい、とてもきれいですね。何という品種のものですか?」
「ああ、これは確か……」
 シュナイゼルが答えようと口を開いた瞬間、薔薇に手を伸ばしていたルルーシュが、細く小さな指をその棘で傷つけた。
「いっ……!」
 かすかな声を上げて、ルルーシュは傷ついた指を引っ込める。
「……見せなさい」
 シュナイゼルは強い力でルルーシュの腕を取り、傷ついた指を目の前に持ってきた。白い指の腹に、赤い血がぷっくりと膨らんでいる。
「……かわいそうに」
「いえ、あの、少しとげで突いただけなので、別にいたくなんて……ほえあっ!?」
 ルルーシュは突然素っ頓狂な声を上げた。当然だ。傷ついた指を、何の前触れもなくシュナイゼルが口に含んだのだから。
「ああああああ、あにうえ!?」
 色気も素っ気もない叫び声を上げるルルーシュの指に、シュナイゼルはねっとりと舌を絡め、愛撫するような丹念さで舐めあげる。妙齢の女性ならここで顔を真っ赤にしているところだろうが、ルルーシュはむしろ青ざめている。
 幸いにも血の味はすぐにしなくなった。シュナイゼルはルルーシュの指を口から出して、傷の具合を確かめることにした。
 ルルーシュの言ったとおり、少し棘で突いただけなのだろう。傷は軽いもので、血が止まった今となっては、注意して見なければ傷があるということすら分からないほどのものだ。
 それでも、ルルーシュが傷つけられたということに変わりはない。自分のものを傷つけられて、何もしないでいられるほどシュナイゼルは温厚ではなかった。こと、ルルーシュに関しては。
 ルルーシュを右腕に抱いたまま左の手を軽く上げると、側に控えていた親衛隊の一人が寄ってくる。シュナイゼルはその青年に向かって笑顔で言った。
「悪いが、後は任せたよ。私はこの子の手当てをしないといけないからね」
「イエス、ユアハイネス」
 青年が奇妙に抑揚のない声で答えるのを聞くと、シュナイゼルは薔薇園に背を向けて、自らの宮殿へと向けて歩き始める。
 ルルーシュはしばらくの間、シュナイゼルの腕の中で大人しくしていた。しかし、薔薇園の中から何やら悲鳴のような声が聞こえると、わずかに身を震わせてシュナイゼルに抱えられたまま、その方向に目をやる。そしてルルーシュは信じられないように息を呑んだ。
「あ、義兄上……どうして、あんな……」
「どうして?」
 シュナイゼルの意図を正確に汲んだ親衛隊は、庭師を一人残らず引っ立てて、薔薇園を焼き払う準備をしていることだろう。シュナイゼルのものを傷つけたのだから、それは当然の処置だ。
「おかしなことを言うね、ルルーシュ」
 薔薇園の方向ばかりを見ているルルーシュを抱えなおして、兄弟の誰よりも深い紫色をした異母妹の瞳を見つめ、シュナイゼルは笑った。
「薔薇は美しいが、君を傷つけるような花はいらないからね。君を傷つけるような花を作った庭師も同じことだよ」
 その瞬間ルルーシュは、表情をつくろうことを忘れたように泣きそうな顔になった。シュナイゼルを見る瞳に宿っていたのは、怯えなんてかわいらしいものではなく、もはや絶望だった。
「ルルーシュ?」
 いつまでも怯えられるばかりではつまらない。だから優しくして、懐かせてから裏切るという新しい楽しみのために、こんなに大切に――他の誰よりも大切に扱っているというのに、どうしてルルーシュはこんな目でシュナイゼルを見るのだろうか。それが理解できず、困ったような顔になるシュナイゼルの背後から、くすぶったような火の臭いが風に乗って漂ってきていた。

 ルルーシュを大切に扱うことは、色のない世界の中で唯一興味を持てた存在を、さらに興味深いものにするためのスパイスの一つに過ぎないのだと思っていた。その行為は、子どもが面白い玩具でも見つけたときに取るのと同じようなものだった。
 けれどいつの間にか、ルルーシュのことを自分のものとは思っても、玩具だとは思わなくなっていたことに気づいていなかった。
 そしてその後何年も、シュナイゼルはその事実に気付こうとはしなかった。



 それから数年後の皇暦二〇〇九年。
 マリアンヌ皇妃が暗殺された。ルルーシュの妹――つまりは、シュナイゼルにとってはルルーシュと同じで異母妹にあたるのだが――ナナリーは、一命を取り留めたものの目と足に障害が残ることになった。
 ルルーシュは無事だった。シュナイゼルがそのように手配したからだ。
 絶対安全であるはずの宮殿の中にテロリストを誘い込み、マリアンヌ皇妃暗殺をたくらんだ犯人はシュナイゼルの実母だ。大貴族出身の母は、庶出のマリアンヌと同じ皇妃として扱われるのが我慢ならなかったのだ。
 息子であるシュナイゼルがアリエスの離宮を頻繁に訪れていたこともまた、母にとっては業腹だったらしい。どうしてあんな身分の低い者たちをお前はかまうのか、真っ向からそう非難されたことこそなかったが、チクチクと嫌味を言われたことはあった。
 マリアンヌ皇妃が妃として召し上げられてからもう何年も経つ今になって、どうして母が皇妃暗殺の意思を固めたのか、シュナイゼルは知らない。そんなつまらないことを知ろうとさえ思わない。けれど暗殺計画のこと自体は知っていた。シュナイゼルはそれを、知っていて止めようとはしなかった。
 ルルーシュに害が及ばないようにそれとなく人を手配しはしたものの、皇妃暗殺それ自体を止めようとは思わなかった。マリアンヌ皇妃が死のうと、シュナイゼルには何も関係ないからだ。皇妃が死んで頼れる人間がいなくなったのなら、ルルーシュは今度こそ、シュナイゼルを頼るようになると思ったということも理由の一つだった。
 もう何年も前からルルーシュを懐かせようとしているのだが、その計画は上手くいっていなかった。どれだけ優しくしても、ルルーシュはシュナイゼルに怯えてばかりいる。
 マリアンヌ皇妃が死ねば、後見をしているアッシュフォード家は自動的に没落してくれる。母親も後見人もいなくなって、シュナイゼル以外に頼れる人間がいなくなれば、ルルーシュもいい加減シュナイゼルを頼るようになるだろうと思った。
 しかし実際は、頼れる人間がいなくなっても、ルルーシュはシュナイゼルを頼ろうとはしなかった。
 シュナイゼルを頼る代わりに一人で父に謁見を申し込み、叱責され、政治の道具として日本へと送られることとなった。
 聡明だと思っていた異母妹の愚かしい振る舞いを知ったとき、シュナイゼルは呆れた。何より、こんな状況になってもシュナイゼルを頼ろうとしなかったルルーシュに、幾ばくかの怒りを覚えていた。予想外の反応ばかりを返すルルーシュのことを、シュナイゼルは殊のほか気に入っていた。しかしここまで思い通りにならないと、面白さよりも苛立ちの方が大きい。
 だからルルーシュとナナリーが日本へと送られたとき、シュナイゼルはそれを黙って見ていた。彼女らを本国へ留めようという働きかけすら、しようとはしなかった。

 それから数ヵ月後。ブリタニアは突然日本侵略を決めて、日本はすぐに制圧された。
 ルルーシュとナナリーは、ブリタニアの強行に憤った日本人の手によって殺されたのだという報告があった。
 ルルーシュが死んだ。
 それを聞いたとき、シュナイゼルはようやく自分があの異母妹のことを、ずっと前からもう玩具だなんて思っていないことに気づいた。本当は、遊びでも何でもなく大切に思っていたのだと。自分でも気付かないうちに――愛していたのだと。
 失ってから気付いたのでは、遅すぎたけれど。


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