だから、さよなら

『私が騎士にするのは、枢木スザク准尉です!』
 今はテレビとして使用しているパソコン画面の中、そう宣言するユーフェミアを見て、ルルーシュは冷たく目を細めた。どうしてこうなってしまったのだろう――そう考えながら。
 『以前』美術館でユーフェミアがスザクを騎士にすると宣言したのはおそらく、スザクが白兜のパイロットだと発覚したことによって生まれる軋轢から、スザクのことを守ろうとしたことが大きいと、ルルーシュはそう考えていた。もちろん、それ以前にも親交はあったようだから、それだけの感情ではない何かもあったことだろう。もしかしたらナンバーズのスザクを選んだのは、彼女なりのコーネリアに対する反抗、そしてブリタニアという国への反抗でもあったのかもしれない。けれど、あの白兜のパイロットが世間に公表されることがなければ、別の騎士が選ばれていた可能性の方が高かったはずだ。
 だから藤堂の救出は四聖剣から頼まれる前に手を売っておき、あの日あの時あの場所で白兜と剣を交えることがないようにした。そうして白兜のパイロットが面割れすることをなくした。
 他にも考えうる限りの手段を講じて――けれど結局、『以前』と同じ日同じ場所で、宣言は為された。
 ルルーシュは視線を落として画面から目を背け、強制的にパソコンを終了させる。それから立ち上がり、ベッドのところまで移動するとそこに座り、そのまま上半身を倒して仰向けになる。天井を見上げながらため息をつき、視界を手で覆った。
「読み間違えたのか?この俺が?」
 スザクが白兜だと発覚することがなければ、それで条件の大半はクリアされたと考えていた。けれど違った。ルルーシュは読み間違えた。だからこうして一番来て欲しくない未来が、現実になろうとしている。
 そのままの体勢で、どれだけ経っただろう。ふと、携帯電話の着信音が空気を震わせた。
 仰向けになったままポケットから携帯を取り出して画面を見る。知らない番号がそこには表示されていた。普通なら出ない。けれど今このタイミングで電話をかけてくる、自分の携帯電話を持っていない人間には心当たりがあった。だからルルーシュは通話ボタンを押して、携帯を耳に押し当てた。
「……はい」
『もしもし、ルルーシュ?僕だよ、スザクだ』
「そうだと思っていた」
 名誉ブリタニア人は相当の地位にまで出世しない限り、携帯電話を持つことができない。だから多分、誰かの携帯を借りているのだろう。
『もしかして、ユーフェミアさまが宣言したの、見た?』
「ああ、美術館のあれだろう」
『そう。僕の方でちょっとトラブルがあって、ユーフェミアさまがかばってくださったんだ』
「トラブル?」
『うん……ねえルルーシュ、藤堂さんのこと覚えてる?ほら、枢木の邸の近くで道場やってた人』
 突然何を言い出すのかと、ルルーシュの心臓は跳ね上がる。どうしてこの状況で、藤堂の話が出てくるのだろう。もしかしてルルーシュが藤堂を逃したことが――ルルーシュがゼロだということがばれたのか。いや、『以前』神根島でスザクが言っていたことでは、確信は持っていなかったがうすうす正体は感づいていたということだ。ならばばれたというより、疑惑が確信に変わったと言うべきなのだろうか。そこまで考えて、そんな場合ではないと横道に逸れてしまいそうになる思考を元通りに修正する。
 スザクが何を意図して藤堂のことを持ち出したのかは、まだ判明していない。余計なことを言って墓穴を掘らないようにしなければと、ルルーシュは気を引き締める。
「覚えているさ。練習見に来いって、無理やり俺を連れて行ったのはお前だろう」
『ああ、そんなこともあったね。それでその藤堂さんなんだけど、軍で拘禁されてたのについ先日逃亡したんだ。それが内部の手引きでもない限り不可能な手口だったらしくて』
「お前が疑われた?」
『よく分かったね』
「この流れで、それ以外何があるって言うんだ」
『それもそうだね。ちゃんとした理由も証拠もなしに、僕がイレブンで藤堂さんと知り合いだからって理由だけで逮捕されそうになっちゃって……ロイドさんが、あ、僕が所属している部署の主任の人なんだけど、その人がユーフェミアさまにヘルプコールを出したらしいんだ』
「それで騎士宣言につながるわけか?」
『うん』
「軽率だな。ユフィは昔からそうだった……」
 軽口を叩きながら、ルルーシュはそっとため息を吐いた。
 これで分かった。ユーフェミアのあの発言は、ルルーシュのせいだったのだ。白兜と交戦するのを避けようとして、藤堂を救出するのに武力を用いることなく、絶対遵守の力を使って基地内部の人間に命令を下したことが仇になった。それが原因でスザクは疑われて、結果ユーフェミアはまたもスザクをかばって、あの宣言が為されたというのが真相なわけだ。皇女殿下の騎士ともなれば、イレブンだということだけで冤罪を擦り付けられることもなくなるから。
 良かれと思って変えたことだった。けれどどうしてそれが裏目に出るのだろう。ナナリーがスザクを拒絶するようになってしまったことといい、今のことといい、どうしていつも大切なことは上手くいかないのだろう。
 ユーフェミアがあんな宣言をしてしまった以上、ナンバーズであるスザクに選択肢はない。それは分かっている。分かっていて――それでもルルーシュは聞かずにはいられなかった。 「それで、どうするんだ?ユフィの騎士になるのか?」
『うん……って言うか、あの場合僕の方に拒否権はないから、なるしかないよ』
「……そうか」
 ルルーシュの声が暗いことに気付いたのか、スザクは慌ててフォローを続ける。
『でも皇族の騎士になれば力も手に入るし、君を守ることだってできると思うんだ。誤解しないで、ルルーシュ。僕が一番大切に思っているのは君だ。ユーフェミアさまの騎士になっても、それは変わらない』
「でも、ユフィを選ぶんだろう?」
『ルルーシュ、だからちが』
「違わないさ。なあスザク、騎士叙任の誓言を知っているか?こう始まるんだ。『汝、ここに騎士の誓約をたて、ブリタニアの騎士として、戦うことを願うか。汝、我欲を棄て、大いなる正義のために、剣となり盾となることを望むか』……お前は我欲を捨てて、ユフィのために力を振るうことを誓うのだろう?だから違わない。騎士になるのなら、そのときからお前の一番はユーフェミアになるんだ」
『ルルーシュ、お願いだから話を聞いてくれ!』
「聞きたくない。お前は俺じゃなくて、ユフィを選んだんだ」
 電話の向こうで弁解の言葉を続けているスザクに向かって、ルルーシュは一言告げる。
「嘘つき」
 スザクの息を呑む音が聞こえた。ルルーシュは通話を終了した。携帯を持った手をベッドの上に放り出して、大きくため息をつく。
「結局、どうやったってお前は……俺のものにはならないんだな……」
 約束をした。友達になった。罪に対する赦しを与えた。好きだという気持ちを受け入れた。恋人になり、体まで与えた。
 それなのにスザクは、ユーフェミアの騎士になると言う。
 ルルーシュがどれだけ望んでも、何をしても、どんな策をめぐらせようと、スザクを手に入れることはできない。ナナリーとのことも、彼の父親についても、ユーフェミアとのことも、スザクに関することで大切なことが上手くいったためしがない。まるで世界がそれを拒んでいるように。
 自分がひどく滑稽に思えて、ルルーシュは笑った。自らの愚かしさを、甘さを嘲り笑った。
 携帯電話が再び着信音を立て始める。画面を見ることもなしに、ルルーシュは携帯の電源を落とした。
「裏切らないって、そう約束したのに……結局、お前はまた裏切るんだ……俺のことを一番大切だって言っておきながら、ユフィの騎士になるんだ……」
 ルルーシュはそれから喉の奥でくつくつと音を立て、再び笑い始める。
「いいだろう。お前がまたユフィを選ぶと言うのなら……もう容赦はしない。今度こそ殺してやるさ」
 毒殺でも銃殺でもいい。『以前』使った人間にも使えることは確認済みだから、ギアスを使って死ねと命じるのもいいかもしれない。
「欲しいのはお前じゃない。俺を裏切らないスザクだ」
 決して多くを望んだわけじゃなかったはずだ。スザクが欲しい。裏切ることのないスザクが欲しい。ルルーシュの一番は決まりきっていてそれが覆ることはないけれど、その次に大切な親友を失わずにいたい。望んだのは、ただそれだけのことだった。それなのに、たったそれだけの望みがどうして叶わないのだろう。
「俺を裏切るお前なんていらない。だから……」
 目尻からシーツへ、涙が一筋流れ落ちていく。
「これで本当にさよならだ……スザク」
 流れる涙は甘さへの決別だった――そうでなければならなかった。涙に溶けた感情は、今度こそ捨て去らなければならないものなのだから。


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