できる限り、『以前』の流れを崩さない。
感情のまま吐き出したルルーシュの言葉のせいで、頑なにスザクを拒んでいたナナリーを見て、ルルーシュが決めたのはそのことだった。
『以前』とは別の形ではあったけれど、スザクと引き合わせたことによって、ナナリーの病んだ心が引き起こす行動はぴたりと止んだ。けれどそれは『以前』のようにナナリーがスザクに心を許したから精神が安定したのではなくて、おそらくはスザクへの対抗心からだったのだと思う。
お姉さまを取らないで、と泣きそうな調子で叫ばれた言葉から推測するに、ナナリーにとってスザクはルルーシュを奪っていく相手だった。彼にだけは心を許してはいけないと言っておきながら彼と友人になったルルーシュに、ナナリーは、ルルーシュにとってスザクが特別な存在であることを感じ取ったのだ。つまり、自分の座を脅かす者として。そしてそれに対する怯えと対抗心から、いつまでも弱いままでいたらルルーシュの一番を奪われるかもしれないと思ったナナリーは、強くあろうとした。繰り返した子ども時代で妹が心の病から回復した理由を、ルルーシュはそう理解している。
ナナリーの精神状態は回復した。しかし、彼女がスザクに心を許すことは決してなかった。スザクが父親を殺してルルーシュを助け出した一件からは、その事態の真相を知らないナナリーも、少しだけスザクに対する態度を和らげたが、それだけだ。彼女が『以前』のように、スザクに対して心から微笑むことはなかった。
誰よりも優しかった妹がそんな態度を取るようになってしまったのは、間違いなくルルーシュが言ってしまったことのせいだった。軽率だった。けれどあのときは、ああするのが最善だと思っていた。そして結局、心底後悔した。
そうした方がいいと思って『以前』と変えたことが、悪い結果に繋がる。ルルーシュはナナリーを見て、その恐ろしさを知ったのだ。そのためよほどのことでない限り、『以前』の流れを崩さないようにしようと決めた。その方が何かあったときに対処もしやすい。
だから『以前』C.C.と初めて出会ったあの日と同じように、リヴァルと賭けチェスに出かけたことも予定通りであれば、その帰りにビルにつっこんだトラックを救助に向かったのも予定通りであった。しかし、大人しくスザクに見つかるまでC.C.の入ったカプセルを放置しておく気はなかったので、カレンがグラスゴーでトレーラーから出て行くのを見送った後、すぐにカプセルのふたを開ける。果たして中から出てきたのは、『以前』と同じ意識をなくして拘束着に身を包んだ魔女の姿だった。
ルルーシュは、カプセルの上から彼女を引きずり下ろしてトレーラーの床に寝かせると、拘束を緩めていきながら声をかける。
「おい、C.C.……起きろ。おい、聞こえないのか?」
いくら呼びかけても返事はない。
ルルーシュはあらかたの拘束を解き終えた後、寝汚い女めと毒づきながら、意識をなくした魔女の頬を軽く叩き始める。
「おい、さっさと起きろ。ここでぐずぐずしているわけにはいかないんだ……おい!」
力は加減していたが、それでも何度も叩くうちにC.C.の頬に赤みが差してきたころ、髪と同じ色をしたライムグリーンのまつげがふるりと震えた。ゆっくりと、猫に似た金の瞳があらわになる。
「起きたか……」
ルルーシュはほっと息を吐いた。
スザクに見つかる前に、いや、スザクはまだかまわない。彼ならばどうとでも言いくるめて逃げることができる。問題はその後にやって来た軍人だ。そいつらに見つかる前に、早くここから脱出して、カレンたちに手を貸さなければならない。『以前』手に入れたサザーランドの位置も起動キーも、変わっていないことは確認済みだ。カレンが置いていった通信機を使って指示してやれば、彼女たちは――後に黒の騎士団の大切なメンバーとなる面々は生き残ることができるはずだ。しかし、どこでどんなイレギュラーが起こるかは分からない。それに対応するためにも、この魔女との契約は早急に必要だ。
起きたばかりのC.C.に向かって、ルルーシュは頼みごとに相応しいと言うより、むしろそれとは正反対の尊大な口調で要求した。
「おい、早く俺と契約しろ」
C.C.は無言でゆっくりと起き上がり、無表情にトレーラーの中を見渡して、最後にルルーシュを目に留めた。
「聞いているのか?あまり時間がないんだ。前のような綱渡りはやりたくない。だから早く……」
「お前、どうしてそんな格好をしている?女装趣味にでも目覚めたのか?」
アッシュフォード学園の女子制服をまじまじと見て、C.C.は真顔で問いかけてくる。
ルルーシュは確信した。他の人間たちと違って、この女もまた『以前』の記憶を持っていることを。それは決して驚くようなことではない。想定内の出来事だ。脳天を撃たれても心臓を貫かれても死ぬことなどなく、人に王の力を与えることのできる魔女ならば、むしろそうであることの方が相応しい。
だが、投げつけられた問いかけはあまりに不愉快で、ルルーシュは思わず顔を歪ませる。
「……未だに信じたくないが、今の俺は女なんだ。聞きたいことはそれだけか、魔女?」
「いいや。お前があまりに偉そうだから、からかってみたくなっただけさ。……記憶があるんだな、私の魔王?」
「お前もそのようだな」
「ああ」
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは契約だ」
「分かっているよ」
C.C.はそう言って伸び上がると、ルルーシュの唇に口付けた。
脳裏に直接C.C.の声が響き渡る。その瞬間、頭の中で歯車がかみ合う音が聞こえたような気がした。
小さく水音を立てて、ゆっくりとC.C.の唇が離れていく。
「……契約完了、だな」
なまめかしく指で唇を拭って笑うC.C.を見て、ルルーシュは眉を顰める。
「わざわざキスをする必要があったとは思えないが?」
「試してみただけさ。おまえの力が消えているのか、それともただ奥で眠っているだけなのか……どうやら消えてしまっていたのが正解だったようだ。いったい何が理由でそんなことになったのか、興味深いとは思わんか?」
「そうだな」
それも興味深いが、キス一つでそんなことまで分かるC.C.こそ興味深い。だが、この女にその謎を問うて、答えが返ってこないことは分かっている。ルルーシュは別の疑問を投げかけることにした。
「それよりお前、記憶があったのなら、どうして今まで俺に会いに来なかった?まさかこの八年間ずっと、クロヴィスにつかまっていたわけではないのだろう?」
「当たり前だ」
C.C.はトレーラーの床に腰を下ろすと、傲慢な仕草で鼻を鳴らして続ける。
「お前は今、八年と言ったな?ではやはり、お前が戻ったのもやはり八年前なのか?」
「ああ。ちょうど俺とナナリーが人質として日本へ送られた日だったよ」
「私が戻ったのと同じ日か……」
C.C.は何かを考えるように目を細めた。
ルルーシュたちが日本へ送られた日と言うだけで、どうしてこの女が正確な日付までわかるのか。ルルーシュは不思議に思ったが、聞いてもはぐらかされることは分かっている。ギアスのことといい、不死であることといい、未だ明かされることのない契約内容といい、相変わらずこの女は謎だらけだ。
いぶかしげな目をするルルーシュに、C.C.はすいと視線を動かして視線を合わせて、何を考えているのか分からない目でじっと見据えてくる。
「言っておくが、記憶がありながらクロヴィスつかまったのはわざとだ。私が気を抜いていたとか迂闊だったとか間抜けだとか、そんな理由ではないぞ。妙なところで抜けているお前ではあるまいしな」
「誰が抜けている。失礼なことを言うな」
ルルーシュの抗議など聞こえていないというように、C.C.は話を続ける。
「たとえ仮初めのものであろうと、平和に暮らしているお前が素直に私を受け入れる確率は低い。お前は『以前』、ギアスがなくとも反逆は予定していたと言っていたが、悠長にそれを待つなんてのは、私の性に合わない。だから私は『以前』と同じこの機会を、お前との出会いに選んだのだ。このときならば、お前は命の危険から私の手を取らざるを得ないからな。だからわざわざクロヴィスに捕まったわけさ」
「イレギュラーが起きたらどうするつもりだった?」
「だが起こらなかった。いや、お前に記憶があったことはイレギュラーだな。それでも計画通り、契約は再び為された。それに、お前だって記憶があるくせにこんなところにいるということは、ここで私と会おうと思っていたのだろう?私よりもずっとイレギュラーに弱いお前が、どの口でそれを言うんだ?」
「イレギュラーに弱い俺だから言うんだろうが」
ルルーシュは怒ることもなく切り返す。精神年齢はすでに二十代半ばに突入したため、以前ならば確実に怒っていた事実を指摘されても、こうして流せるようになった。
C.C.はその成長に驚いたのか、一瞬丸く目を見開いて笑みを漏らす。
「そうか、そうだな……お前、変わったな」
「十代と二十代の差は大きいということなのだろう」
「そうだな。まあ、見た目十代のお前が言っても、説得力に欠けるがな」
「お前にだけは言われたくない」
ルルーシュが眉を顰めて言うと、C.C.はおかしそうに喉の奥で笑った。
「こんなことなら、あのときさっさと契約しておけば良かったかな」
「あのとき?」
「お前はさっき私に、どうして今まで会いに来なかったと言ったが、それは間違っている。私は一度、子どものころのお前に会いに行ったことがあるぞ。枢木の邸で人質生活を送っていたころのお前に、な」
「……覚えがない」
「当然だ。遠目に姿を確認しただけだからな」
「会いに来たのではなかったのか?」
疑問に思ってルルーシュが尋ねると、C.C.は肩をすくめた。
「お前に記憶があるとは思えなかったからさ。記憶を持たぬ子どものお前では、契約者としては役不足だった」
「何をもって記憶がないと判断した?」
「言わずとも分かっているくせに」
くすりと嘲るような笑みを浮かべた魔女は、流れるような動きでルルーシュのところへにじり寄ってくる。彼女はルルーシュの耳に唇を寄せて、吐息のような細さでそっとささやいた。
「枢木スザク」
「……」
C.C.は黙り込んでいるルルーシュの顔をのぞきこむ。
最初のうちはそのまま見つめ合っていたが、やがて堪え切れなくなったルルーシュは唇を噛んで、C.C.から顔を背けた。
「仲良く遊んでいたな?あのとき神根島でお前を殺したあの男と、お前は笑って過ごしていた。いくら甘いお前でも、自分を殺した相手にそんな態度は取らないだろうと思ったから、お前の記憶はないものと私は判断した。何か間違っているか?」
ルルーシュは答えない。C.C.の言葉に間違いはないと分かっているから、答えられないのだ。
「お前は甘い。甘すぎるぞ、ルルーシュ。その甘さを私は嫌いではないが……それはお前の弱点だ」
「……分かっている」
「ならば、なぜあれと再び友人になどなった?時が巻きもどったのだ。やり直す機会が与えられたのだ。自分の不利になる要素は排除するべきではなかったのか?……私はマオを殺してきたぞ」
ルルーシュは弾かれたようにC.C.を見た。
「お前……」
「あれは放っておけば、同じことを繰り返した。それが分かっているのに、そのままにしておけるわけがないだろう?」
C.C.は笑う。
けれどその笑みの下に隠された感情を、ルルーシュは知っている。C.C.がマオのことを大切に思っていたことを、ルルーシュは知っているのだ。
「甘いお前に同じことをしろと求めるのは無理だと分かっている。だが、直接には手を下せないと言うのなら、せめて敵対する道を選べば良かったではないか。友人にならずにいれば、情など湧くこともなかったはずだ。そうすれば親友であった男と同じ存在としてではなく、別の存在と割り切ることもできたはずだ。敵対したときに今度こそ迷わずにあれを殺せと命令することができたはずだ。そうだろう?」
「……俺も、最初はそうしようと思っていたさ」
子どもに戻って、スザクと再会したあのとき、体中を支配したあの憎悪を今でもルルーシュは覚えている。憎かった。決して許すことなんてできないと思った。再び友達になるなんて、できっこないと思っていた。ルルーシュたちを裏切ったスザクなんて、いらないと思っていた。
「だが、思ってしまったんだ……このスザクはまだユーフェミアのことを知らない。父親を殺した罪に耐えかねて、罰を求めて綺麗な生き方に固執することもない。だから、だから……俺が上手くすれば、失わないで済むかもしれない。裏切られる未来を回避することができるかもしれない……そう思ってしまった……」
「だが枢木は父親を殺してしまった。枢木首相が死んだということは、それは変えられなかったのだろう?」
「ああ、そうだ……だが、あいつはまだユフィに出会っていない。ユフィの騎士になっていない!」
「ルルーシュ……お前……」
「だから、まだ……まだ、あいつを失わずにすむ可能性はある。なあ、そうだろう、C.C.?」
ルルーシュはすがるように問いかけた。
C.C.はそれを見て憐れむような目になり、そっとルルーシュのことを抱きしめてくる。
「そうだな、その可能性はゼロではない。だが……」
「言うな」
「あの男は、多分無理だ」
「言うな!」
C.C.の腕の中で、ルルーシュはやみくもに首を横に振る。
けれどC.C.は、無情に口を動かし続ける。
「あの男はきっと、同じことを繰り返す」
「やめろ……」
「軍人のままであるならば、白兜のパイロットのままであるのなら、きっとユーフェミアの騎士になるだろうよ」
「……やめてくれ、C.C.……」
「馬鹿だな、ルルーシュ」
言葉とは裏腹に、C.C.の声はどこまでも優しい。抱きしめる腕は、どこまでも温かい。
「あの男を思い切ることができたなら、ゼロは……黒の騎士団は、もっと楽になれただろうに」
「……スザクは、親友、だから……」
「お前でもナナリーでもなくユーフェミアを選んで、お前を殺した男なのに?」
神根島で胸を撃ちぬかれたときのことが、ルルーシュの脳裏を駆け抜けていく。ルルーシュは唇を噛み締めた。
「それでも……もう一度だけ信じてみようと思ったんだ……だってあのスザクはまっすぐで……俺を殺したスザクみたいに嘘つきじゃなかったから……裏切らないって、約束してくれたんだ。だから……」
「ルルーシュ……」
C.C.が気遣わしげな声で名前を呼んでくる。
ルルーシュはC.C.の胸を押し返すと、顔を上げて不適に笑ってみせた。同情なんていらない。慰めも不要だ。これはただのわがままなのだ。甘さを捨てきれないルルーシュの弱点なのだ。だから憐れみなんて真っ平御免だった。
「心配しなくても、あいつがもう一度ユーフェミアを選ぶようなことがあれば、今度こそちゃんと思い切る。今度こそ、あいつを殺してやるさ」
それでもC.C.は憐れむような眼差しをやめない。彼女はルルーシュの虚勢を見破っているのだ。
ルルーシュはうつむいて、その視線から目をそらした。
「だから……少しだけ、好きにさせてくれないか?」
「本当に、今度裏切られたら殺せるんだな?」
「ああ」
ルルーシュの決意を悟ったのか、C.C.はため息を吐いて言った。
「ならば好きにしろ。お前があいつに殺されるようなことにならないのなら、私はかまわないさ」
「……ありがとう、C.C.」
「礼を言われるようなことではないさ。それより、ここからどうするつもりだ?」
「あ、ああ。このトラックが止まったら、すぐにここから脱出する。近くにサザーランドを一機隠してあるから、それに乗ってカレンを助けに行き、扇グループと接点を作る。近くに隠した一機以外にもサザーランドは用意してあるから、それをやつらに渡して敵ナイトメアを倒し、頃合を見計らってクロヴィスに会いに行く。ゲットーの住人を助けようとするなら、あいつとの接触は避けられん。だが、今度は殺さない。やつを殺してコーネリアに……ユーフェミアにこの地に来られてはたまらんからな。やつにはせいぜい、生きて総督を続けてもら……っう……」
話の途中でトレーラーが大きく揺れて、トラックが止まる。
ルルーシュは舌を噛みそうになって、慌てて口を閉じた。そして揺れが収まるのを待って、再び説明を始める。
「すぐにこの側面の扉が開く。そうしたら走って逃げるぞ。すぐ近くにスザクがいるはずなんだ。見つかる前にここを去りたい」
「分かったよ」
短い言葉に過ぎないというのにどこにも尊大に聞こえる調子でC.C.が答えるや否や、トレーラーの側面の扉が開く。
「行くぞ!」
ルルーシュとC.C.はそこから飛び出した。ルルーシュが先に走り、C.C.を先導する形だ。
しかしいくらも走らないうちに、C.C.はルルーシュを呼び止めた。
「待て!」
ルルーシュはC.C.に腕を引かれて、前後を逆転させられた。無理に引っ張られたことで体勢を崩したルルーシュは、転びそうになる。
「おい、何を」
抗議の声を上げようとしたルルーシュは、かばうように背を見せて立つC.C.目がけて――つまりは一瞬前までルルーシュがいたところ目がけて回し蹴りを食らわせてきた人間がいることに気づいて、それを止める。
C.C.は腕をクロスしてその蹴りを受け止めた。少しふらついて後ろに下がったが、彼女は倒れることのないまま、突然蹴りを食らわせてきた軍人をにらみつける。
「降伏しろ!すぐに救援が来る!」
「降伏?私たちはテロリストではない」
「とぼけようとしても」
「嘘ではない。それともブリタニアの軍人とは、無実を訴えるか弱い少女に対して、話も聞かず暴力を振るうのが仕事なのか?」
「違う、自分はっ!」
「違わないだろう。なあルルーシュ」
「ルルーシュ……?」
C.C.の呼びかけを聞いて、男は不思議そうな声を上げてルルーシュを見る。それから彼はヘルメットを外した。
「僕だよ、スザクだ」
「スザク……」
やはりブリタニア軍人になっていたのか。心の中に暗い気持ちが広がっていくのをルルーシュは感じた。
そのまましばらくスザクとルルーシュが見詰め合っていると、そこへC.C.が口を挟んでくる。
「こいつの服装を見れば分かるだろう。どこの馬鹿が制服でテロ活動なんかするんだ。私もルルーシュも、運悪く巻き込まれただけだ。分かったら、そこをどけ。私は訳ありでな、軍に見つかったら人権を無視され研究所でモルモットにされるのさ。そんなことは御免だ。こいつはこいつで、軍に見つかりたくない理由があるらしいしな」
「頼む、スザク」
ルルーシュは目を潤ませて、話を合わせてC.C.とはここで初めて出会ったふりをして、弱々しい声で続ける。
「俺は本当に巻き込まれただけなんだ。あのトラックがビルにつっこんだのを見て救助しようとしたら、いきなり動き出して、トレーラーの中に落ちてしまって……まさかテロリストが運転している車だったなんて思わなかったんだ。証人もいる。巻き込まれる五分ほど前までチェスをしていた貴族、俺を代打ちに指定したバーのマスター、それと巻き込まれる直前まで一緒にいたクラスメイトだ。だからスザク……ここは見逃してくれないか?お前の立場を考えれば、たとえ巻き込まれただけだと言い張っていても、怪しい俺を見逃すわけにはいかないことは分かっている。だが、俺は軍に……ブリタニアに見つかるわけにはいかないんだ。戸籍は完璧に捏造してあるし、さほど高位の皇位継承権を有していたわけでもない俺を一目見て分かるようなやつはいないと思うが……危険は避けたい。それにその、話を聞いている限りではこの女も本当に被害者のようなんだ。だから……」
しばらく沈黙が続いた後、スザクが口を開く。
「僕に命令されたのは、奪われた毒ガスを発見すること。そしてテロリストの確保だ。巻きこまれた民間人をどうするかは、命令されていない」
「スザク……ありがとう」
「いいから、早く行くんだ。見つかりたくないんだろう」
そう促すスザクに頷いて、ルルーシュはサザーランドを隠してある方向に向かって走り出した。
後を追ってきたC.C.が、スザクの姿が見えなくなったころになって、揶揄するような声で言う。
「相変わらず演技派だな」
「お前こそ。何が巻き込まれただけだ。軍が必死になって捜している毒ガスの中身のくせに、よく言ったものだ」
「褒めても何も出んぞ」
「褒めていない」
『以前』と少しも変わらず面の皮の厚い魔女に呆れて、ルルーシュはため息を吐いた。
計画は順調だった。
扇グループとの接触は上手くいった。軍を撃退している途中、『以前』と同じように白兜が出てきたが、ルルーシュは対面する前に逃げ出して、G-1ベースに向かった。クロヴィスに指図してゲットーでの争いは止めさせて、殺しはせずに身動きできないように縛り付け、ルルーシュは己の正体を明かさずゼロとだけ名乗ってG-1ベースから悠々と逃げ出した。
今回はクロヴィスを殺害しなかったから、スザクが逮捕されるようなこともなかった。ルルーシュは焦ることもなく、準備万端に扇グループと接触して、黒の騎士団の基盤を築き上げていった。
全てが上手くいっている――そのはずだった。
誤算だったのは、クロヴィスがあまりに無能だったということだ。そのため、ルルーシュがせっかく殺さずにやったというのに、クロヴィスは総督の座を引きずり下ろされて、新たにコーネリアが総督としてやって来た。彼女が誰よりも愛する妹、ユーフェミアを引き連れて。
そして新総督就任によって、エリア11に新風が吹き込む中で、アッシュフォード学園には日本人の少年が一人転入してくる。枢木スザクという名の少年が。