10

 ルルーシュの手を引いたシャーリーは、ずんずんと廊下を進んで階段を上っていく。どこへ行くのかと思っていると、屋上に出た。生徒会で庭園に改造したこの屋上には、一般生徒は遠慮してあまり入ろうとしない。
「ここなら聞かれたりしないよね」
 シャーリーはここでようやくルルーシュの手を離した。
「ねえルル」
「何だ?」
 ルルーシュは屋上の柵に体重を乗せて、空を見上げたまま、シャーリーの顔を見ようとはしなかった。
「ジノくんと何があったの?昨日まで上手くやってたでしょ?なのに、どうして今朝になったらいきなり別れてるの?」
「……シャーリーには関係ないだろう」
「関係あるよ!」
 シャーリーは大声を上げる。
 それに驚いて、ルルーシュはシャーリーを見た。
 シャーリーはとても真剣な顔をしていた。そしてとても心配そうにルルーシュのことを見ていた。
「だって友達でしょう?」
「ともだち……」
「それにルルが嫌がってるって知ってて、ジノくんとの付き合いを無理やり了承させたの、わたしだもの」
「そんなこと」
「それだけじゃないよ。庶民の付き合い方が分からないって言うジノくんに、いろんなことを教えた。ルルじゃなくて、ジノくんの応援してた。わたし、ルルにも恋をして欲しかったから、だから……」
 シャーリーはそう言ったきり、唇を噛んでうつむいた。
 彼女にこんな顔をさせたいわけじゃなかった。傷つけたくない。それなのにどうしてルルーシュはいつも、シャーリーを傷つけることしかできないのだろう。
 初めに奪ったのは父親だった。次に友達としての記憶を。それだけじゃなく、彼女はルルーシュのせいで記憶を改ざんさせられた。それだけじゃない。彼女の恋も、ルルーシュが奪った。ルルーシュがブラックリベリオンを起こさなければ、きっと今もシャーリーの好きな人は学園にいて、シャーリーは恋を続けることができたはずだ。
 一番近くにいる、ルルーシュの罪の証。それがシャーリーだった。
 だからなのかもしれない。本音が口をついて出たのは。
「……分からないんだ」
 理由を求めるシャーリーに、内にある罪悪感がこれ以上の偽りを許そうとしなかったのかもしれない。
「え?」
「この前電話したとき、シャーリーは言ってたよな。恋はパワーなの、って。でもおれには分からない。誰かのためにいつも以上の力が出る。そのことは分かるし、実際おれにだって経験はある。でも、おれにとってのそれは恋じゃない」
「じゃあ……ルルはこれまで一度も恋をしたことがないの?」
「ずっと昔になら、一度」
 もう何年も昔、まだ恋を信じていた頃に恋していたのは、義兄の一人――この手で殺したクロヴィスだった。カッコつけで見栄っ張りで落ち着きがなくて感情的で、負けず嫌いの馬鹿な人だった。でも……とても優しい人だった。ルルーシュのことを、本当にかわいがってくれていた。何だか涙が出てきそうだ。感傷的になっているのは、昨夜見たオペラのせいだろうか。あの芸術に耽溺していた義兄を思い出させる、見事な『椿姫』を。
「それなのに分からないの?」
「正確には、分からなくなった。いや、信じられなくなった。そう言った方が正しい。……少し昔話をしようか」
 ルルーシュは少し笑って、シャーリーから視線を外した後再び空を見上げた。
「おれの母は美しい人だった。美しくて優しくてたおやかで、芯の強い人だった」
「だった?」
「死んだのは、おれが九歳のときだったよ。殺されたんだ」
「こっ……!?」
「そのとき、な……ロロも巻き込まれて怪我をした。でも、父は見舞いに来ようともしなかったよ。だからおれは、父に抗議に行ったんだ。どうして母を守らなかったのか、ロロの見舞いに来るぐらいしてくれてもいいじゃないか、ってな。父は何て言ったと思う?」
 シャーリーは無言で首を横に振る。
「弱者に用はない」
「っ!」
「父には母だけじゃなくて、たくさんの妻……愛人がいた。でもそれは全て政略上のもので、父が自ら望んで迎えたのは母一人だった。だから父は、母のことを愛しているんだと、そう思っていた……それなのに、あいつは弱者の一言で母さんを切り捨てた!そのときからだ。恋というものが、おれには信じられなくなったのは……」
 ルルーシュはそっとため息を吐いた。そのとき、シャーリーの方から何やら鼻をすするような音が聞こえてくる。いったい何なんだと思って視線をやると、シャーリーは泣いていた。ぼろぼろと滝のように涙を流して、嗚咽を噛み殺していた。
「なぜ、きみが泣くんだ?」
「っ、だって、そんなのひどい!」
「ああ、そうだな」
 ルルーシュはハンカチを差し出した。
 シャーリーはそれを受け取って、涙を拭う。しばらくして泣き止んだ彼女は、赤く充血した目でまっすぐにルルーシュを見つめて口を開いた。
「ねえルル、ルルは恋が分からないわけじゃないんだよね?信じられないだけなんだよね?でも、それっておかしいよ」
「……何が言いたい?」
「だってルル、わたしが会長に好きな人のことでからかわれたときとか、前の電話で恋について語ったときとか、否定しなかったじゃない。くだらないとか馬鹿らしいとか、そんなこと一度も言ったことなかった……ねえルル、本当は信じられないんじゃない。信じたくないんでしょう?」
「……黙れ」
「ルルのお母さんみたいに切り捨てられるのが怖いから、信じたくないだけでしょう?」
「黙れ!!おまえに何が分かる!知った風な口を聞くな!」
「分かるよ!そりゃあわたしにはルルみたいなトラウマはないけど、好きな人に嫌われるのが怖い、付き合ってる人に捨てられるのが怖い、それは皆一緒なんだから!恋をすれば、それは皆一緒なの!皆怖いの!」
 シャーリーは必死の顔つきで言う。声を荒げた反動で、その目尻からぽろりと涙があふれる。
 激昂していたルルーシュは、それを見て我に返った。
「すまない。ひどいことを言った」
「ううん。わたしこそごめんね。お母さんのこと、ひどく言っちゃって。……ねえルル、男の人が皆、ルルのお父さんみたいな人じゃないんだよ?ルルのお父さんみたいにひどい人もいるかもしれない。でも、誠実な人だっている。ルルのそれは、ただ逃げてるだけだよ」
「……分かっている」
 そんなことは分かっている。けれどどうしても忘れられないのだ。あの謁見の間で、父に言われた言葉の数々が。それは、今のルルーシュを形作ったものであるから。



◇ ◇ ◇



 ジノは沈み込んでいた。
 ルルーシュに別れを告げられてから、今日でちょうど二週間。破局は怒涛の勢いで学園中を駆け巡り、ルルーシュと付き合っていた頃には遠ざかっていた女子生徒たちは、花に群がる蝶のように再び寄って来るようになった。しかしジノは自分から彼女たちを遠ざけた。今となっては他の女性なんて、どうだってよかった。
 時間は夕刻。特に任務は入っていないから、まだ政庁に帰る必要はない。二週間前までならこんな日は、ルルーシュに引っ付いて生徒会の仕事を手伝っていた。けれど今は、こうして宛てもなく校内をさ迷い歩くことしかできない。生徒会室に顔を出しても、スザクやロロに追い出されるだけだからだ。ルルーシュに接触しようと思えば、彼女が一人のところを狙わないとまともに会話することさえできない。
 ジノは困難な現状を思い出して大きくため息を吐いて、角を曲がった。すると二十メートルは先に、一人の女子生徒が歩いているのが見えた。すらりとした華奢な体躯、ブリタニア人には珍しい黒髪、後ろから見ただけでもルルーシュだと分かる。ジノは走り出した。
「あの、ルルーシュ先輩!」
「何か御用ですか、ジノさま?」
 ルルーシュはにっこり笑顔で振り返る。彼女は前にもよくこんな顔で笑っていた。けれど前には、もっとちゃんとした、心からの笑顔を見せてくれることも何度かあった。二週間前から、それをジノに向けてくれることはなくなってしまったけれど。
「あの、話がしたくて……」
「わたしにはありません。用がそれだけなら、これで失礼させてもらいますね」
「あ……」
 引き止める間も与えず、ルルーシュは早足にこの場を立ち去っていく。彼女は手に分厚い本を四冊持っていた。
 荷物を持つという名目で一緒についていくこともできたはずなのに、それを思い出したのは角を曲がってルルーシュの姿が見えなくなった後だった。
「……今日も駄目だった……」
 ジノは大きなため息をつき、肩を落として瞑目した。スザクとロロがいない一人のところを狙っても、こんな会話しか成り立たないのだから嫌になる。そのとき後ろからどこか間の抜けた機械音が聞こえてくる。聞き慣れたそれは、同僚である少女の携帯が立てるシャッター音だ。ジノは恨めしい顔で振り向いた。
「アーニャ……趣味が悪いぞ」
「ジノが落ち込んでるの、珍しい」
 アーニャは無表情で携帯を弄っている。ジノの抗議などどこ吹く風とでも言わんばかりだ。
「落ち込みもするだろ……ルルーシュ先輩がまともに相手をしてくれなくなって、もうこれで二週間だぜ?」
「振られたの間違いでしょ」
「うぐっ」
 ジノはうめき声を上げた。淡々とした口調が痛い。ただ事実を告げているだけで、悪意が欠片もないからこそ痛い。ジノはその場にしゃがみこんで、膝の間に顔を埋めた。再び携帯のシャッター音が響く。
「……アーニャ、いい加減にしないと怒るぞ」
「駄目?」
「駄目」
「駄目……つまんない」
「つまんないって……落ち込んでいる同僚に言うことがそれかよ……」
「だってジノ、これまで女の人とたくさん付き合って、別れてきた。こんなの、いつもと同じでしょ」
「同じじゃない!」
 ジノは顔を上げてアーニャを睨み付ける。
 それに驚いたのか、アーニャは珍しくいつもよりほんの少しだけ目を見開いていた。
「……同じじゃない。先輩は、いつもの遊びとは違う」
 最初はいつもと同じつもりだった。めったに見ないような美人に対する興味と、庶民に対する好奇心、そして退屈しのぎ。
 ルルーシュは貴族以上に典雅な空気を身にまとっているくせに、これまでジノが付き合ってきた貴族の女性たちとは全然違った。丁寧に接してくるが媚びてくることはないし、とびきりの美人なのに男慣れした様子がない。それが面白くて楽しかった。キスどころか手をつなぐことさえ全身で拒絶されたけれど、それがまた新鮮だった。
 彼女に対する気持ちがいつもと違うのだと気付いたのは、いつのことだっただろう。そう、確かロロに釘を刺されたときだ。あのときに、いつもと違う自分を自覚した。
 そしてその感情が恋だと気付いたのは、スザクが現れたからだった。ルルーシュの側によると、必ず邪魔をするスザクが鬱陶しくてたまらなかった。ルルーシュの横に立つスザクが、邪魔で邪魔でたまらなかった。スザクは仲のいい同僚なのに、どうしてこんなことを思ってしまうのかと何日も悩んだ挙句、自覚は天啓のように下りてきた。ルルーシュのことを好きだからなのだと。
 思い返してみれば、ルルーシュに初めて会ったときから、もう恋は始まっていたのかもしれない。それまでジノが女性に求めていたのは美しさと肉体の柔らかさであり、それ以外のものはどうでもよかった。
 ルルーシュを初めて見たときも、興味を引かれたのは造形の美しさであった。しかしそんなものはすぐ記憶の中に埋もれた。忘れられなかったのは、こちらを振り向いた一瞬の間に掻き消えた寂しそうで悲しそうな眼差しだ。付き合い始めた次の朝、ロロの頭を撫でていたときにも、彼女は同じような目をしていた。スザクを見るときにも、何度かその目をしていた。その目を向けるのが、ルルーシュにとって何らかの意味で特別なのだとはすぐに分かった。
 ロロはまだいい。彼は弟だから、どうやったってルルーシュの恋人にはなれない。けれどスザクは違う。スザクは、ルルーシュの恋人になることができる。ジノよりもずっとルルーシュのことを知っているし、二人の付き合いは比べ物にならないほど長い。そう思ったら、いても立ってもいられなくなった。
 だからスザクにばれないように気を遣って、ルルーシュをデートに誘い出した。もっと恋人らしく――違う、イベントで成立した仮初めの恋人なんかじゃなくて、本当の恋人になりたかった。オペラの『椿姫』をデートコースとして選んだのは、そんな気持ちからだった。
 残り少ない命を楽しむため、享楽的に生きる高級娼婦のヴィオレッタ。けれど彼女は華やかな生活よりも、アルフレードという青年に対する愛を選ぶ。
 『椿姫』の中で刹那的に生きていたヴィオレッタが恋を知ったように、ジノもまた恋を知った。それを伝えたかった。けれどルルーシュは、オペラ歌手や劇場装置、オペラハウスの造りについての感想は述べても、『椿姫』の話の筋自体については決して言及しようとしなかった。ジノがそれについて放そうとしても、巧みな話術でいつの間にか話題をそらされた。
 ジノは焦った。気持ちを伝えたくてデートに誘ったのに、このままでは何も言うことができない。帰りの車内でも伝えることはできなくて、結局クラブハウスの前までやって来たときに、ようやく言うことができた。そして、半ば無理やり唇を奪った。ルルーシュは抵抗してこなかったから、もしかしてと期待を抱いた。けれどそれは勘違いだった。
 頬を張られて、ふざけるなと、恋人ごっこは終しまいだと言われた。それどころか、二度と近づくなとまで言われた。
 ふざけていたわけじゃない。そう伝えたかったのに、激昂するルルーシュの瞳に宿った色が怖くて、声が出なかった。紫の瞳にあったのは、怒りでも悲しみでもない、憎しみだった。その目が怖くて、ジノは去っていったルルーシュを追いかけることさえできなかった。もう一度、あんな目で見られたくなかったから、ジノは逃げたのだ。
 政庁に帰ったジノは、どうすれば許してもらえるか夜を通して考えた。そのせいで寝坊して、次の日はクラブハウスに迎えに行くこともできず、登校途中のルルーシュを捕まえるのがやっとだった。とにかく謝らなければと思った。そして、ルルーシュのことが本当に好きなんだと伝えなければと思った。
 けれどルルーシュは、話をすることさえ拒絶した。
 あれから何度なく、話をしたいと声をかけた。けれどルルーシュはそうすることさえ許してくれない。
「遊びなんかじゃない……わたしは、ルルーシュ先輩のことが好きなんだ」
「ふうん……でも、意外」
「何が?」
「ジノはもっと強引に迫ると思ってた」
「わたしだって、できるならそうしたいさ……でも、その……一度無理やりキスしてしまって……それがきっかけで二度と近づくなとまで言われたから、これ以上強引なことをするのはまずいと思って……」
 そのときのことを思い出して、ジノは肩を落とした。
 アーニャは、見下すような目でしゃがみこんでいるジノを見下ろして、ぽつりと言う。
「ジノ……あなたって、馬鹿?」
「はあ?何だよ、喧嘩売ってるのか?」
「ルルーシュはもうあなたのこと嫌っているんでしょ」
「あ、アーニャ、おまえなあ!」
「それなら、これ以上嫌われても今さら」
 淡々と語られた言葉に、ジノは目からうろこが落ちたような気がした。
「……今さら……」
「もう嫌われているのなら、嫌われる心配、しなくて済む。だって、好かれてるわけじゃないから。弱気なんて、ジノらしくない」
「わたしらしくない……そう、そうだよな!」
 ジノは急にばっと立ち上がって、アーニャの肩をバシバシと叩いた。
「ありがとう、アーニャ!」
「別に」
「何だよ、つれないなあ。こういうときはどういたしまして、だろ?」
「……鬱陶しい」
 アーニャは眉根を寄せてジノの手を振り払う。
 ジノはそんなこと気にもしないでにこにこと笑っていて、今度はアーニャの頭を撫で始める。
「よし、決めた!わたしはこれから先輩のところに行って話をしてくる!」
「そう」
「もう嫌われてるんだから、遠慮なんてする必要ないよな!」
 ルルーシュはさっき、本を持っていた。それなら多分、行き先は図書館だ。図書館からの帰りという線は、向かっていた方向から考えて消していい。ジノは図書館に向かって駆け出した。



 閉館時間が近いためか、図書館にはほとんど人の姿はなかった。さすがに図書館の中で走り回るわけにもいかないので、ジノは早足で広い館内を見て回る。一階をくまなく探し回り、地階か二階かの二択でひとまず地階を選ぶ。地階には日常で必要とされるような書物は置いていないため、一階以上に人の姿はなかった。と言うか、全く見当たらない。階段を下りて左から見て回ろうと歩を進めて、壁に突き当たる。本棚の奥に視線を向かわせると、そこに目的の人が見えた。
「先輩!」
 ジノは駆け出した。
 ちょうど本棚に本を戻していたルルーシュは、その体勢のまま首だけでこちらを振り向く。
「図書館では静かに。そう言われませんでしたか?」
「先輩、話があるんだ」
「……わたしにはないと、先ほど申し上げたばかりだと記憶していますが」
「先輩にはなくても、わたしにはある」
 ジノはルルーシュが逃げないように腕をつかんで、話をそらされる前に口を開いた。
「わたしは先輩のことが好きだ」
「ご冗談を」
「冗談なんかじゃない」
「なら、いったい何だと言うんです?新しい遊びですか?あなたの周りにはたくさん女性がいるでしょう。遊びたいのなら、わたしではなく彼女たちから選んではいかがですか?」
「違う。遊びなんかじゃない。わたしは本気で先輩のことが好きなんだ」
「何を……」
 ルルーシュは信じられないように目を見開いて、さっとうつむいた。
「それを、これまで何人の人に言ってきたんですか?」
「先輩?」
「スザクから聞きました。あなたは遊び人だから気をつけるように、と。そんな言葉がさらっと出てくるぐらいなんですから、スザクの言っていたこともまんざら嘘じゃなかったんですね」
「先輩」
「わたしから振ったのが、そんなに気に入らないんですか?それなら謝罪しますから、もう二度とわた」
「ルルーシュ!」
 ジノはルルーシュの肩をつかんで、体を本棚に押し付けた。手加減はしたけれどそれでも苦しかったのか、秀麗な顔が苦痛に歪む。それに対して悪いと思う気持ちはあったけれど、それ以上に逃げようとするルルーシュのことが許せなかった。
「戯れに好きだと言ったことは、数え切れないぐらいある。でも本気で好きだと言ったのは、ルルーシュに対してだけだ」
「……そんなこと、信じられるわけないでしょう?」
「なら、信じなくていい」
「え?」
「信じられるようになるまで何度でも好きだと言うから、今は信じなくてもいい。信じてくれるまで、わたしは何度でも言う。だから信じなくてもいい……わたしは、ルルーシュのことが好きだ」
 信じられないように目を見開いていたルルーシュは、今にも泣き出しそうな顔になって首を横に振った。
「無駄だ」
「好きだ」
「やめろ……」
「ルルーシュが好きだ」
「やめろっ!!」
 ルルーシュは何度も首を横に振って耳を塞ごうとする。
 ジノは肩をつかんでいた手を離して、ルルーシュの手首を押さえることでそれを防ぐ。怯えたような顔になるルルーシュをまっすぐ見つめて、ジノは言った。
「やめない。わたしは、きみのことが好きだ」
「おれがその言葉を信じる日なんて来ない!無駄なんだよ!おれは恋なんて信じない!」
「わたしもそうだった。女性と付き合うのは遊びの延長で、恋なんてしたことはなかったし、自分が恋をするなんて思ったこともなかった。恋なんて、信じていなかった」
「なら!」
「でも、わたしはルルーシュのことを好きになった」
 ルルーシュは怯んだように息を呑んで黙り込む。
 その隙を逃さず、ジノは畳み込むように続けた。
「ルルーシュがわたしに恋を教えてくれたんだ。だから今度は、わたしがきみに恋を教えるよ。わたしの気持ちを、ルルーシュが信じてくれるようになるまで」
 ルルーシュは何も言わなかった。
 大粒のアメジストのような瞳が、すぐ目の前で揺れている。ジノはそれを見つめて目をそらさない。
 それがどれだけ続いただろう。
 今にも泣き出しそうな顔で、ルルーシュがぽつりと言った。
「……おまえ、馬鹿だろう……」
「そう言えば恋する男は皆馬鹿なものだって、誰かが言っていたな」
「そのとおりだな。馬鹿だよ、おまえは……」
 ルルーシュはそう言って、ジノの胸に頭を預けてくる。
「男が皆、おまえみたいだったらよかったのに……そうしたら母さんも……」
 後半はとても小さな声で、普通の人間なら聞き取れないぐらいだった。けれどジノはスザクほどではないけれど目も耳も良かったから、聞き取れた。
「母さん?お母上に何かあったのか?」
 ジノが聞き返すと、ルルーシュは聞かれていると思っていなかったのか、ぎくりと体を強張らせる。
「何でもない。忘れろ」
「忘れろって、でも」
 体の強張りや忘れろと言うこの態度から、どう考えても忘れるべきではないと思う。ルルーシュがここまで頑なにジノを拒絶する理由に、きっと何か関わりがあるのだ。忘れろと言われても忘れられるわけがない
「いいから……少しだけ胸を貸せ。そうしたら、おまえの気持ちをほんの少しだけ信じてやってもいい」
「信じてやってもいいって……偉そうだな」
「嫌なら他の女に乗り換えるといいさ。おまえならより取り見取りだろう」
「またそんなことを言う。どれだけ偉そうで口が悪くて意地っ張りでも、わたしはルルーシュのことが好きだ」
「それが好きな相手に言うことか?」
「そんなところも全部合わせて、わたしはルルーシュのことが好きだってことさ」
「趣味が悪いな」
「そんなことはないよ。むしろ、最高にいいと思うね」
「……馬鹿なやつ……本当に、馬鹿な……」
 ジノの胸に顔を埋めたまま、ルルーシュはぽつりとつぶやく。
 よりかかってくる体をジノがそっと抱きしめてみると、文句を言われるかと思っていたが、ルルーシュは何も言ってこなかった。
「好きだよ、ルルーシュ」
 返事が返ってくることはなかった。けれどジノには分かっていた。少し前までのような徹底した拒絶は、もうルルーシュの中にはないことが。だからジノは笑みすら浮かべて、もう一度愛の言葉をささやいた。
「ルルーシュのことが好きだ」
 返事はやはり返ってこなかったけれど、それでも良かった。拒絶されないだけで、かなりの進歩だということが、ジノにはちゃんと分かっていたから。
「好きだよ」


●完結●


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