「言っただろう。力を与える代わりに、私の願いをひとつだけかなえてもらうと。それが契約。代価があると分かっていて、お前は力を望んだのだろう?」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
「なんだ、ならば何が聞きたい」
「ええと、だから契約とは……」
これでは同じことの繰り返しだ。そう気づいたナナリーは、質問を変えることにした。
「……いいえ、この力はいったい何なんですか?」
「王の力」
「王の力?」
「そう。あるいはギアスとも呼ばれる。この質問に関してはこれで終わりだ」
C.C.はそう言って不親切極まりない答えしかよこさず、ナナリーが不満の声を上げる前に話をそらした。
「私とネモはいったい誰なのかと聞いたな。私はC.C.、そこのネモは私のコピーだ。ネモがお前そっくりの姿をしているのは、そいつがさっき言ったとおり、お前の心の闇をそいつが食らったからだ。お前にあのナイトメアを与える引き換えに、な。そいつの本来の姿は白い泥人形だ。見覚えがあるだろう?顔にギアスのマークがある、手足のない白い人形だ」
「この子があの人形?」
ナナリーは目を見開いて、いまだ腕の中でがくがくと恐怖に震えているネモの顔をまじまじと見つめた。
「そいつはお前の負の感情を共有することで偉くなった気でいるようだが、私から見れば、ただお前の感情に振り回されているだけだ。現にあのナイトメアに乗っているとき、お前は暴走していただろう?」
C.C.はまるで、マークネモのコックピット内を見ていたかのような口調で言う。
けれどナナリーはもう、それを不思議に思ったりはしなかった。彼女なら、知っていてもおかしくはない気がした。
「……そのとおりです。マークネモに乗っていたとき、まるで私が私じゃないみたいな気がして……どうして私あんなことを……」
「そいつのせいさ。私が与えたギアスと違って、そいつの与えたナイトメア――マークネモと言ったか?どうやらそれは、お前とネモが同化することによって初めて操ることのできる力のようだ。いや、同化というよりも寄生か?まあ、そんなことはどうでもいい。マークネモに乗っている間、お前とネモはひとつになる。そしてネモは元が心を持たない泥人形だから、お前から得た感情を制御する術を知らない。だからあふれて暴走してしまうのさ。普段なら理性で押さえつけている、お前の負の感情がな」
「違う!あんな……あんなこと……私はクロヴィスお兄様を殺したいだなんて思っていません!」
「お前の本心など、私にはどうでもいいさ」
「っ……」
「だが、私の願いをかなえてもらう前に死なれては困るからな。ネモの暴走がひどいときは、私が止めてやる」
「そんな……止めるって、でもそんなのどうやって……?」
「見ていただろう。マークネモは私の前では無力だ。止めることなど造作もない」
C.C.は別段得意がることもなく、ただ淡々とした口調で言う。そしてそうであるからこそ、その言葉は真実味があった。
しかし、信じられるかどうかはそれとは別である。普通なら唯一与えられた救いにすがりついてもいいはずのこの状況で、ナナリーは落ち着いた態度でC.C.に臨んだ。
「ですが、それがあなたにとって何のメリットになるというのですか?願いをかなえる前に死なれたら困るとおっしゃいますが、あなたのような方ならわざわざ私の力を借りる必要などないはずです」
不思議な力を持つC.C.ならばわざわざ他人の力を借りずとも、どんな願い事だってかなえられるはずだ。そう思って疑心暗鬼になるナナリーだが、C.C.はあっさりとそれを否定する。
「私の願いは、私自身には決してかなえることはできないものだ。だから私は人に契約を持ちかける。自分では決してかなえることのできない私の願いを現実のものとするために……」
遠くを見ながらそう言うC.C.は、どこか寂しげな顔をしていた。しかしそれは、すぐにふてぶてしい表情に覆われ消える。
「そんなわけで、願いをかなえてもらうまで世話になるぞ」
「世話にって……まさか、一緒に暮らすつもりなんですか!?」
「当然だろう」
「そんな、待ってください!私、他の家のご厄介になっているんです。それなのに、そこに他人を連れ込むなんてできません!」
「見つからないようにはしてやるさ。食事はピザだ。不思議がられたら、成長期なんだとでも言っておけ。ああ、ネモの方は心配ないぞ。お前と契約した際、一度自分の存在を細胞レベルまで分解してお前に寄生したようだからな。今は私とお前以外に認識されなくなっている。元が人形だから食事もいらない。二人なら隠蔽も難しかったかもしれないが、私一人だ。どうとでもなるだろう」
「ですが」
「拒否は聞かない。私は軍の一部に追われている。隠れる場所が必要だ。それに今私が捕まれば、お前も困るのではないか?」
ナナリーは眉尻を下げて黙り込んだ。
C.C.の言うとおりだ。ナナリーは先ほど、うかつにもクロヴィスのことを兄と呼んでしまった。そのことがなくとも、この不思議な女ならネモのようにナナリーの素性を知っていてもおかしくはないが、それにしたって疑われているだけならばまだどうとでもごまかしようはあった。ナナリーはその機会をみすみす棒に振ったどころか、自分から素性をさらすような真似をしてしまったのだ。あれを聞いていたC.C.が軍につかまれば、どこでナナリーの生存が知られてもおかしくはない。それに彼女がいなければ、ネモの暴走は止められない。
選択肢なんて、最初からないようなものだった。
◇ ◇ ◇
C.C.がアッシュフォード学園のクラブハウスに住み着いてから早十数日。朝からミレイに連れられてやって来た高等部の生徒会室で、ナナリーは憂い顔でため息をついていた。
「どうしよう……」
思い出すのは通帳の残高だ。
食事はピザだと言っていたのは冗談ではなかったようで、ここ毎日C.C.はピザばかり食べている。それも一日一食なんて頻度ではなくどうやら毎食デリバリーで頼んでいるらしい。代金はナナリーの口座から引き落とし。昨日通帳の残高を確認したら、ピザの代金だけでしゃれにならない額が減っていた。
ナナリーの生活費はアッシュフォード家が負担していて、通帳にはルーベンは十分すぎるぐらいの額を振り込んでくれている。あまり負担をかけるのも悪いという理由から普段節約していることもあり、通帳にはそれなりの額がたまっていた。だから人が一人増えてもどうにかなるだろうと思っていたのだが、考えが甘かったとしか言いようがない。居候の立場でありながら、まさかあそこまで遠慮しない人間がいるなんて想像の範疇外だった。
今はまだ残金にも余裕があるが、C.C.が態度を改めなければ通帳にそのうち赤い字が見えるかもしれない。多分そうなればそうなったで、ルーベンが新しくお金を振り込んでくれるのだろうが、これまでつつましく暮らしていたのに突然金遣いが荒くなったのだから、当然その理由を追求してくるだろう。それはあまり好ましくない。まさかC.C.のことを言うわけにもいかないので、何か適当な理由を考える必要がある。今から考えればもっともらしい理由を思いつくことは可能だろうが、よくしてくれているルーベンに対してあまり嘘をつきたくはない。
できることならそうなる前にC.C.がピザを控えてくれるのが理想的なのだが、ためしに頼んでみても聞いてくれなかった。
どうしたものかと未来を憂い、ナナリーはそっとため息をつく。
「どうしたのかにゃあ?」
暗い雰囲気に気づいたのか、背後からミレイがふざけた口調で話しかけてくる。
ナナリーは振り向いて首を横に振ってみせた。
「いえ、何でもありません。気にしないでください」
「そーお?それにしては暗い顔してるけど……せっかくの猫祭りなんだから楽しまなきゃ!」
猫祭りという言葉のとおり、ミレイは猫を模した扮装をしている。ミレイだけではない。この生徒会室にいる面々は、皆猫の仮装をさせられていた。もちろんナナリーもだ。一言で猫とは言ってもそれぞれが違った扮装をしていて、ミレイなどは正直目のやり場に困るぐらい刺激的な衣装を着ている。しかしその女子高生に不似合いな衣装が似合ってしまうのが、このミレイという人なのである。
「ええ、そうですね。ミレイさん、その衣装、すごくお似合いです」
「ナナちゃんもね。すっごくかわいいわ」
「ありがとうございます」
暗い気持ちを押し隠して微笑んだところ、扉が開く音が聞こえてくる。視線をやると、そこには驚いたような顔をした少女が一人立っていた。名前はカレン・シュタットフェルト、最近生徒会に入ってきた人だ。
「おっはようにゃん」
「おはようございます」
「……おは、ようございます」
ミレイとナナリーそれぞれの口調で重なった朝の挨拶に、カレンは目を何度も瞬かせながら挨拶を返してくる。
「何、これは?」
「あれ?言ってなかったっけ?アーサーの歓迎会」
「……平和ですね」
「モラトリアムできるうちは楽しんでこうよ」
「カレンの衣装、用意してあるから」
カレンの疑問から高等部生徒会メンバーによる会話が始まり、ミレイの興味もそちらに移る。
正直今の気分でミレイのテンションを相手にしたくはなかったので、助かった気分だ。シャーリーと一緒になってカレンに詰め寄るミレイを横目に、ナナリーは小さくため息をついて部屋の隅に寄って、そこにあった椅子に腰を下ろした。
「慰めようとしてくれてるのは分かるんだけど……」
アーサーの歓迎会というのは本当なのだろうが、猫祭りを発案したミレイの本当の狙いは多分、最近元気がないナナリーを慰めようとしてくれたのだ。多分ルルーシュに関することで、また何か落ち込んでいると思っているのだろう。ナナリーの様子がおかしくなったのが、ちょうどミレイが隠してきた事実を教えた日だったからそう考えても無理はないが、実際はそれとは大きく異なっている。
最近ナナリーの様子がおかしいのはネモとC.C.のせいで、決してルルーシュのことを気にしているわけでも、ミレイが何年も大切なことを隠していたからでもない。C.C.は傍若無人で何を聞いてもほとんどまともに答えてはくれないし、ネモはC.C.と顔を合わせると喧嘩ばかりだし、ナナリーはすっかり疲れていた。マークネモに乗っていたときの記憶も、大きな精神的負担となっている。
「ミレイさんのせいじゃないから、気にすることなんてないのに……」
「嘘つき」
ナナリーはまず独り言に答えが返ったことに驚いて、それからその内容に眉をしかめる。話しかけてきた相手は生徒会メンバーの誰でもなく、ネモだということは声で分かったから、ナナリーは小さな声で問い返した。
「嘘つきって、どういうことですか?」
ネモの姿はC.C.とナナリー以外には見えないし、声も二人以外には聞こえない。だから、室内にいる他の人間には聞こえないようにしなければ、変な目で見られてしまう。
「嘘つきは嘘つきよ。ミレイのせいじゃないって、本当はそんなことちっとも思ってないくせに」
「そんなことありません」
「隠したって無駄よ。ナナリーの心の闇は、今はもう私のものでもあるんだもの。お姉さまのこと、ミレイさんは隠してたけどちゃんと教えてくれたから、もう気にしてなんかいない?そんなの嘘じゃない」
「……嘘じゃありません」
「アッシュフォード家の皆様方は、本当に私によくしてくれました?そんなこと思ってないわよね」
「……違う」
「日本に送られてから八年、あなたはずっとお姉さまに会いたがっていた。最初の一年は仕方ないわ。どうやったって会いようがなかったものね。でも、それから後は違う。お姉さまは自分じゃ来られないから、代わりにアッシュフォード家にあなたの捜索を頼んだ。でもそれを裏切って、アッシュフォードはナナリーの生存をお姉さまに隠し続けた……お姉さまに会えなかった理由の一番はブリタニアだけど、アッシュフォードが悪くないわけないわよね。だって会うことを禁じたのはルーベンなんだから」
「っ、それは私のためで」
「どんな理由があろうと、そのせいでお姉さまに会えなかったことに変わりはない……そうでしょう?ナナリーは、本当はアッシュフォードのこともミレイのことも嫌いなのよ」
「違う!」
ナナリーは、毒のようなネモの言葉を振り払おうと大声を上げた。
「えーっと、ナナちゃーん?」
「……あ」
遠慮がちなミレイの声で、ナナリーは正気を取り戻した。ネモとの会話中いつの間にかうつむいていた顔を上げると、生徒会の面々が信じられないような顔をしてこちらを見ている。
「す、すみません……最近寝不足で、ちょっと眠ってしまったら変な夢を見たみたいで……」
「そうだったの……大丈夫?」
「はい。驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません」
心配げな目を向けてくるミレイに、ナナリーはにっこりと笑顔を向ける。
するとようやく他の面々も驚きから覚めたのか、口々に話し始める。
「ナナちゃんが大声上げるなんて珍しいよね」
「そうだよな。俺、初めて聞いたかも」
「物静か、だもんね」
シャーリー、リヴァル、ニーナがそれぞれ述べたところへ、ミレイがにんまりと笑って告げる。
「でもこう見えて、ちっちゃいころは相当やんちゃだったそうよぉ?」
「えええっ!?」
「うっそだぁ!」
「うん、見えない」
「意外だわ」
生徒会に入ったばかりでナナリーのことをよく知らないカレンまでも、意外そうな目を向けてくる。自分はそんなに大人しそうに見えるのだろうか。ブリタニアに見つからないようにとアッシュフォード家の迷惑にならないようにとで、昔よりはずいぶん大人しくしているつもりだが、そう見えているのならナナリーの擬態は成功しているということになる。
「嘘じゃないわよ。確かな筋からの情報だもの」
皆が驚いたことに気を良くしたのか、ミレイはにんまり笑って猫が手招くようなポーズを取る。
確かな筋というのは、ルーベンか、それともルルーシュだろうか。後者の可能性を疑ってしまった瞬間、頭の中で何かが切れる音が聞こえた。それ以外の可能性なんて、頭の中から吹っ飛んでしまう。
許せないと思った。そうだ、ネモの言うとおりだ。ナナリーが姉に会うことができないのは、アッシュフォードのせいでもある。それなのにミレイは、姉のことを口にすることも許されないナナリーの前で、姉とのつながりを語るのだ。ナナリーはにっこりと笑って言った。
「そうですね、お姉さまから何度かおてんばだと言われたことはあります」
「ナナちゃんってお姉さんいたんだ!?」
シャーリーが目を瞠って尋ねてくる。
その問いに頷くことができたら、どれだけ幸せだろう。けれどたったそれだけのことさえ、今のナナリーには許されない。切れた状態でもそれぐらいの分別はつく。信じられないような目を向けてくるミレイから視線をそらして、ナナリーは首を横に振った。
「いいえ、お姉さまのように思っている人なだけで、本当のお姉さまではありません」
「そうなんだ。どんな名前?」
「ルルーシュっていうんです。素敵な名前でしょう?」
「うん、きれいな名前」
嘘ではないシャーリーの笑顔に、今度はナナリーも心からの笑顔を浮かべる。大好きな姉がほめられたことがうれしい。
「ええ、そうでしょう?お姉さまは名前だけじゃなくって、全部きれいなんです」
「ナナリー!それよりさ、ほら」
「あれ?ナナリー、ルルーシュの知り合いだったの?」
それ以上はまずいと思ったのか、慌てて止めに入ったミレイの言葉をさえぎって、ニーナが不思議そうな声を上げた。ミレイは遅かったとでも言いたげに、額を押さえてため息をつく。
「ニーナさんこそ、お知り合いだったのですか?」
「ルルーシュって、ルルーシュ・ランペルージのことよね?」
「ええ、そうです」
「それなら一応、幼馴染……になるのかなあ。うちのおじいちゃんとルルーシュのお父さんが同僚だったから、その縁で知り合ったの。こっちに来てからは全然会ってないんだけどね。そうだ、ルルーシュとなら私よりもミレイちゃんの方が仲良かったよね、ミレイちゃん?」
「あー、うん、まあね……」
「どうしたの?ミレイちゃん、何か変じゃない?」
「いや、別にそんなことは……」
首をかしげるニーナに言い訳するミレイを脇に、シャーリーが話しかけてくる。
「ねえ、同じ苗字ってことは親戚か何か?」
「そうですね。ちょっとだけですが、一応血はつながっています」
「全部きれいって言ってたけどさ、それって美人ってこと?」
「はい、とっても」
わくわくと、好奇心と欲望丸出しで聞いてくるリヴァルには、力強く頷いておく。
「私、お姉さまよりもきれいな人は見たことがありません」
「うわっ、そこまで言う!?となると、身びいきの分差し引いても相当な美人ってことか……」
想像したのかやに下がった顔になるリヴァルに、シャーリーとカレンが冷たい目を向けている。誰の目から見てもミレイのことが好きなのは明らかなのに、好きな女がすぐそこにいながら他の女に鼻の下を伸ばしているのだから、それも当然だ。空気が殺伐としたものになりかけたところへ、ニーナが口を挟んでくる。
「別に身びいきなんかじゃないと思うよ。私は子どものころしか知らないけど、ルルーシュはきれいな子だったもの。まあ、さすがにナナリーの発言はさすがに言いすぎかなって思わなくもないけど……」
「そんなことありません。お姉さまは世界で一番きれいです」
ナナリーの反論に、ニーナは困ったように苦笑してあいまいに頷く。リヴァルもカレンも同じような表情をしていて、ミレイははらはらしたような顔をしている。その中で、一人だけにこにこと笑っているシャーリーは目立っていた。
「シャーリーさん?」
「ナナちゃんは、そのお姉さんのこと大好きなんだね」
「はい。一番大好きで……一番大切な人です」
それを聞いたミレイは視線を伏せて、ひどく申し訳なさそうな顔になった。そしてシャーリーは、それと対照的に明るい笑みを浮かべる。
「ねえねえ、写真とかってある?私、見てみたいなあ」
「俺も俺も!」
「すみません。お姉さま、写真とかそういうのあまりお好きではないから持ってないんです」
嘘っぱちだが、シャーリーとリヴァルは素直に信じたのか、口々に残念と言い合っている。ニーナはほんの少し残念そうにため息をついてパソコンに向かい、カレンはあまり興味がなさそうな顔で窓の外を眺めている。
「ところで諸君!来週末、何か用事のある人はいるかにゃあ?」
突然ミレイが張り上げた大声に、高等部生徒会メンバー四人は驚いて飛び上がる。
話をそらすためそろそろ来るだろうと予想していたナナリーは、別段驚くこともなかったが。
「私は部活がありますけど」
「俺バイト」
「私は、特に何も……」
「私もニーナさんと同じで、特に何もありません」
「えっと、まだちょっと分かりませんけど……何かするんですか?」
上からシャーリー、リヴァル、ニーナ、ナナリー、カレンだ。
「うっふっふー、よくぞ聞いてくれました!実は来週末、生徒会メンバー諸氏の親交を深めるため、河口湖への二泊三日の親睦旅行を予定しているのであります!」
「へえ、河口湖かあ。きれいなところだって言うし……いいですね、会長」
シャーリーの言葉に気を良くしたのか、ミレイはにんまりと笑みを浮かべる。
「でしょ。しかもホテルは国賓も利用しているあのコンベンションセンターホテル!豪華なディナーが君たちを待っているぞ!」
「はいはーい!私、絶対参加します!」
「うひゃあ、そりゃ期待できそうだなー」
「バイトはいいの?」
「まあ、今から断っとけば平気だろ。そっちこそ部活は?」
「私は平気。生徒会の用事だって言えば、皆納得してくれるし」
シャーリーとリヴァルは乗り気で予定変更について話している傍らで、カレンは面倒くさそうに眉根を寄せていて、ニーナはどこか不安そうな面持ちでミレイを見つめている。
「平気でも平気じゃなくても強制参加よー!あ、もちろんナナちゃんもだから」
ナナリーはナナリーで生徒会メンバーでの旅行なら自分には関係ないことだと思っていたのだが、その考えはあっさりとミレイに覆された。
「私もですか?でも生徒会で行くなら……」
「ナナちゃんも生徒会役員みたいなものだからいいのよう!」
ミレイはそう言って強く抱きついて、不自然ではないように耳元へと唇を寄せてくる。
「ルルーシュのことだけど……」
「分かっています。もう言ったりしませんから……ごめんなさい」
ミレイだけに聞こえるように、ナナリーは小さな声でつぶやいた。
口にした謝罪が嘘偽りないものであるなんてことは、今となってはもう言い切ることはできない。ネモの言ったことが嘘ではないのだと、ナナリーには分かってしまったから。
猫祭りと同じでこの旅行も多分、ナナリーを元気付けようとして企画してくれたに違いない。そんなことは分かっている。分かっているのに負の感情はなくならない。ミレイのことを恨んでいないというのも、アッシュフォードに感謝しているというのも、そんなのは嘘だった。本当は、もうずっと前から憎かった。憎くて憎くてたまらなかった。ナナリーを姉と引き離す、アッシュフォード家の存在が。
恩知らずな自分を自覚したくなくて、醜い心を直視したくなくて、気づかないふりをしていただけだ。けれどナナリーはもう自覚してしまった。この七年の間ずっと見ないようにしていた、自分の中にある心の闇を――気づきたくなかったもう一人の自分を。