「これが、このナイトメアが私の力!」
機体性能を確かめるため、ナナリーはいつの間にか乗り込んでいた異形のナイトメアを動かした。コックピットには、操縦桿などどこにもない。けれどどうすれば動くのかは、教えられずとも分かっていた。
思えばいいのだ。こう動きたいと、そう思うだけどこのナイトメアはそのとおりに動く。走ろうと思えば走り、跳ぼうと思えば跳ぶ。そこにはタイムラグなど存在しない。何年も前、母にせがんで操縦させてもらったガニメデとは大違いだ。あの鈍重な機体は、ナナリーの期待にちっとも応えてくれなかった。けれどこれは違う。機械というよりも、まるで自分の体そのもののように動く。
「あはは、すばらしい、すばらしいわ!あはははは!」
手に入れた力のすばらしさに、ナナリーは高らかな笑い声を上げる。まさにすばらしいとしか言いようがなかった。このナイトメア――マークネモの性能は。このようなナイトメアを目にしたことは一度もないけれど、この機体の名前がマークネモなのだということは、操縦方法と同じで教えられるまでもなく理解していた。
『今すぐ全武装を解除してコックピットから出ろ!』
背後からそんな警告が聞こえてきたのは、ナナリーが上機嫌に笑いながら、倒壊したビルにマークネモで跳びあがったときだった。振り返ると、二体のナイトメアが猛スピードでこちらに銃を向けているのが見えた。第五世代ナイトメアフレームのサザーランドだ。どうやらはしゃぎすぎて周囲への警戒がおろそかになっていたらしい。
ナナリーは小さく舌打ちを漏らすと、周囲の気配を探ろうとした。するとそこまで何もなかったはずのところに、暗い緑色の画面が現れる。その中心には赤い記号がひとつぽつんとあり、その赤を包囲するように水色の記号が動いている。赤が自分で水色が敵機だ。
『二十秒以内に従わない場合、テロリストとして処理する!』
「処理?」
ナナリーは口角を吊り上げる。
「私を処理するですって?」
ぐるりと首をめぐらせると、軍による包囲網はすでに完成していた。二十機近くのサザーランドが、マークネモの周りを囲っている。絶体絶命の状況だ――普通なら。
「やってみればいいわ……できるものならね」
ナナリーは勝気に笑い、直後、マークネモの姿は閃光と化した。
動いたことで敵と確信したのか、サザーランドは三百六十度から散弾銃を撃ってくる。しかし、そんなものに当たるはずがない。なぜならナナリーには、彼らが撃つ前からそれが見えていたのだから、来ると分かっている攻撃を避けられないわけがない。
マークネモは瓦礫の上を走って弾を避けながら、ブロンドナイフで近くにいた二機を撃破した。マークネモの首周りから放出するその武器は、スラッシュハーケンと似てはいるが、一度放出したら機体内に収納するまで使うことのできないスラッシュハーケンとは違い、放出した後も自在に動かすことができる。ナナリーはその特性を最大限に利用して、撃破した二機から引き抜いたブロンドナイフで、今度はその隣と斜め前にいた三機を攻撃する。
残るサザーランドが慌てたように攻撃を仕掛けてくるが、ナナリーが得た能力の前にそれは無力だった。
「見える、見えるわ!これが私の能力!未来線を読むギアス!」
ナナリーに見えていたのは銃弾だけではない。敵機の動きはすべて見えていた。そう、ナナリーが得たのはこの異形のナイトメアだけではない。未来線を読むという異能をもまた、彼女は手に入れたのだ。
それから数分もしないうちに、ナナリーはさらに七機ものナイトメアを仕留める。そしてそのまま床を蹴り、斜めに倒れているがそれでもこのあたりで一番高いビルの上に跳びあがった。
サザーランドの包囲網はすでに崩れ、残る敵機は六機のみだ。そしてその六機のナイトメアも、懲りずに突進してくる。
「血塗られたプライドに毒された殺意が六……私がそのプライドを砕いてやるわ!」
ナナリーはその場を動かず、隆起と陥没で穴の開いたコンクリートの中に六基あるうち二基のブロンドナイフを仕込み、後はサザーランドがその上までやってくるのを待った。サザーランドは罠の可能性など考えることなく直進してくる。
「愚かな」
ナナリーは唇を嘲りの形にゆがめた。同時に、地面に仕込んだブロンドナイフを操作する。
突然地面から飛び出してきたブロンドナイフに、不意をつかれた前衛二機は反応することもできずにそのまま動かなくなった。残りの機体は驚いたのか一瞬だけ動きを止めたが、すぐに銃を向けてくる。
ナナリーは宙に跳び上がることでそれを回避し、今度は不意打ちに使わなかった四基のブロンドナイフで攻撃を仕掛けた。
しかしそれで破壊することができたのは二機のみで、残る二機はスラッシュハーケンや大槍を使って攻撃をしのいでみせる。そしてスラッシュハーケンでナナリーの攻撃をしのいだ方の機体は、防御をそのまま攻撃に転じて、放出したスラッシュハーケンをマークネモの右足に突き刺した。
「へえ……なかなかやるみたいね」
足に刺さったスラッシュハーケンに引き寄せられて、マークネモは地面に墜落しようとする。空中で体勢を立て直したナナリーは、マークネモに一太刀浴びせたサザーランドの頭部にかかと落としを食らわせて、その機体を行動不能に陥らせた。
残るは一機のみ。そしてその一機が、スラッシュハーケンを使った攻撃にナナリーが気をとられているうちに、背後に回っていたことには気づいていた。
何か対抗できる武器を、そう念じると、マークネモの手には大ぶりの剣が出現する。片刃のそれは、ブリタニアで一般的な剣というよりも、日本の刀と呼ばれるものに近い。ナナリーはその剣を握り締め、振り向きざま、突進してくるサザーランドの大槍を一刀両断し、ナイトメア本体はブロンドナイフで破壊した。
二十機近くいたサザーランドはすべて地に倒れ、その場に立っているのはもはやマークネモ一機だけだ。
「あっけないわね。さあ、この戦場を支配する未来線は……」
ナナリーは左目に宿ったギアスに集中する。あちこちに、無数の白い光――未来線が見える。一見無秩序に見えるそれはしかし、よく見てみるとある一箇所につながっていた。
「そこか!」
ナナリーはその一箇所――G-1ベースを見据えて叫んで駆け出した。
目視することは決してかなわない距離だ。それどころか、マークネモとG-1ベースの間にはいくつもの障害物があり、普通なら視認することさえできない。しかしナナリーには見えていた。無数の未来線がつながって一本になった光の中に、G-1ベースが――その一室で指揮を執る異母兄クロヴィスの姿が。
神聖ブリタニア帝国第三皇子にしてこのエリア11の総督クロヴィス・ラ・ブリタニア。彼がこの戦場を作り、シンジュクゲットーを壊滅させて多くの日本人を殺した。
「クロヴィス!貴様の罪、その命で購うがいい!!」
走りながら、ナナリーは吼えた。
許せないと思った。それは正確には、シンジュクゲットーの人々が殺されたことに対する怒りではない。今こうして無力に殺されるしかなかった彼らと同じように七年前、戦火に追われるまま逃げるしかなかった幼い自分を思い出して、そしてその後には死を装ってしか安寧を手にすることのできなかった自分の無力を噛み締めて、己をそんな境遇に追いやったブリタニアに対する怒りが爆発したのだ。
母が殺されたのも、ナナリーが日本へ追いやられた挙句死にそうになったのも、姉に会えないのも、全部ブリタニアのせいだ。それならば、そのブリタニアを壊してしまえばいい。過去を変えることはできないけれど、そうすれば姉に会うことはできる。誰よりも大切で大好きなあの人に、誰はばかることなく会いにいける。
そのために邪魔なものを、どうして排除してはいけないというのだ。クロヴィスは半分血のつながった兄だ。けれど、その兄が何をしてくれた。ナナリーが一番大変だったときに、彼は何もしてくれなかったではないか。母が殺されて、悲しくて寂しくて泣いていたナナリーを抱きしめてくれたのは、ルルーシュ一人だけだった。日本へなんか行きたくないと駄々をこねるナナリーに、必ず迎えに行くという約束をくれたのもルルーシュだけだった。絶望のどん底にいたナナリーを救い上げてくれたのは、ルルーシュだけだったのだ。
ブリタニアは、ナナリーがその人に会う邪魔をする。
「ブリタニアなんて国があるから!お前がいるから私はっ!」
ルルーシュに会えないことは、クロヴィスの罪ではない。悪いのはすべて父親――神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝だ。けれどクロヴィスは、皇帝が掲げる弱肉強食の理念に従って弱者を足蹴にした。それは、憎むべき皇帝に連なる者の証だ。
力なきものが虐げられる世界では、姉に会うことはできない。だから壊す。ブリタニアも、ブリタニアの理念を実行する人間も。言ってしまえば、クロヴィスは運が悪かったに過ぎない。この日このときこの場所にいたことが、彼の不運だったのだ。
地面を蹴って瓦礫の上に飛び乗ると、数百メートル先にG-1ベースが見える。もはやマークネモとの間に、障害物はない。ナナリーは正眼に剣を構え、G-1ベースに向かって突進した。
「お前を殺して、私はお姉さまに会いに行く!」
しかしその突撃は、G-1ベースの手前で阻まれる。見たこともないフォルムの白いナイトメアが、右腕に発生させたエネルギーシールドでマークネモの剣を受け止めていた。
「なっ!?馬鹿な!邪魔が入るなんて未来線は見えなかった!なのにどうして!?」
ナナリーは驚愕に目を瞠った。
白いナイトメアはその隙を突いて回転しながら飛び上がり、その衝撃でマークネモの剣を弾き飛ばして、体勢を崩したところへ回し蹴りを繰り出してくる。
「くっ!」
ナナリーは慌てて腕をクロスさせ、その攻撃をしのいでみせた。何とか体勢を立て直そうとするが、白いナイトメアは蹴りや体当たりやスラッシュハーケン、エネルギーシールドを武器に転用するなど、多種多様な攻撃でその暇を与えてくれない。サザーランドとは比べ物にならないほど人間に近い動きを可能にしている機体性能もそうだが、この白いナイトメアに騎乗しているパイロットは、先ほどまで相手にしていた軍人たちとは明らかに格が違う。ナナリーは音を立てて歯を噛み締めた。
「未来線は見えている!なのにこいつっ、速すぎる!」
そう、ギアスを宿したナナリーの左目には、未来線は変わらず見えている。けれどこの白いナイトメアは、見えた未来線にナナリーが反応できるかできないかといったギリギリの速さで動いているのだ。信じられない動きだ。
「何なんだよこいつはっ!」
気づけば、じわじわとG-1ベースから引き離されていた。ナナリーは舌打ちし、剣で攻撃をしのぎながら、六基のブレードナイフをすべて別々のタイミングで白いナイトメアを襲わせる。
しかしそれも、白いナイトメアは常人離れした動きでかわしてしまう。
「このパイロット……まさかギアス能力者か!?くそっ……クロヴィスはすぐそこにいるのに!」
ナナリーは一瞬G-1ベースを見据え、すぐにまた白いナイトメアに視線を戻した。
戦力は明らかに拮抗していた。機体性能は同程度、操縦技術も同じく、そしてギアスも通用しないとなれば勝敗を分ける要素は運、あるいは体力の有無か敵のエネルギー切れ、そして外部からの介入だ。
運なんて不確かなものには頼れない。相手が鍛えた軍人である以上、体力切れを狙うのも無謀だ。エネルギーの問題に関しては、ナナリーに分が上がる。普通のナイトメアと違って、マークネモにエネルギー切れの心配はないからだ。しかし、だからと言って単純に白いナイトメアのエネルギーが切れるのを待てばいいと考えるわけにもいかない。ここはシンジュク、トウキョウ租界のすぐ外にあるゲットーだ。無為に時間をつぶしていれば、その間に都庁から増援が来てしまう。白いナイトメアと増援にやって来た部隊、それぞれ別々に戦うなら問題ないが、二つ同時に相手をするとなれば分が悪いのは明らかにこちらだ。
認めたくはないが、このままずるずると居座っていれば負けるのはナナリーの方である。
ナナリーは舌打ちをひとつ漏らすと、潔く撤退を決めた。
ブロンドナイフですぐそばの瓦礫を崩し、相手がそれに気をとられている間に後退しようとするが、白いナイトメアはほとんどタイムラグもなしに追ってくる。しかしそれは想定内の出来事だ。
「いいのか、G-1ベースの前を空にして?」
ナナリーは背を向けて逃げながらも、くすりと笑みを浮かべる。
この白いナイトメアの異常性をすぐに理解したナナリーは、切り結んでからこれまで、一度放出した後も自在に動かせるというブロンドナイフの特性を活かさずに、スラッシュハーケンと同じ使い方しかしてこなかった。もし使ったとしても、このパイロットを仕留めることはできないだろうと判断して、相手の隙を狙うために取っておいたのだ。それが今役に立った。
瓦礫を崩したブロンドナイフのうち、半数で白いナイトメアを襲わせて、半数でG-1ベースを襲わせる。白いナイトメアは瞬時に反応して振り返りブロンドナイフを防いだが、それもまた想定のうち。ブロンドナイフの破壊力ではG-1ベースの奥にいるクロヴィスを殺すことはできないが、今の攻撃はそれが狙いではないから問題ない。ブロンドナイフを防ごうとして振り返った白いナイトメアの視界には、ブロンドナイフに襲われ破壊されたG-1ベースが入る。狙いはそこにあったのだから。
白いナイトメアはナナリーを追うよりも引き返すことを選び、G-1ベースの救助を優先した。当然だ。そこにいるのは、この場で誰よりも優先すべき立場の人間がいるのだ。それを放って敵を追うなどありえない。クロヴィスの命令があれば話は別だが、昔から小心なところのあったあの兄にそんな度胸はないだろう。
その予想は当たり、ナナリーは無事逃げ延びることができた。
「うう……」
気づいたとき、ナナリーは生身でシンジュクゲットーにうずくまっていた。地面に手をついて体を起こし、ぼんやりとした顔であたりを見渡す。そうすると、壊滅したゲットーの光景が目に入った。
「私、何を……」
そうしているうちに、次第に意識がはっきりしてきた。そしてナナリーは思い出す。ゲットーで出会った不思議な少女と白い人形、誘われるまま契約して得た異形のナイトメアと不思議な力、それで自分が何をしたのか。
「あ、ああ……」
マークネモに乗って何機ものナイトメアを破壊して、クロヴィスを――半分とはいえ血のつながった兄を殺そうとした。あれに乗っているとき、そうすることに罪悪感なんて少しも感じなかった。悪いのはブリタニアなのだから、それを壊して何が悪いのだと、そんなことを当たり前だと思っていた。
「ちがう、違う!あれは夢よ!あれは……あんなの私じゃない!」
「残念だけど、あれは夢じゃないわ。あれもナナリー・ヴィ・ブリタニアの別の顔なの」
頭を抱えてわめくナナリーに、誰かが声をかけてくる。顔を上げてみるとそこには、自分そっくりの姿をした少女がいた。
「あなた……」
違うのは額に浮き出た赤い鳳の紋章と服装、そして色彩ぐらいだ。灰色がかった金髪とも茶髪とも見えるナナリーの髪と違い、目の前の少女は淡い金色の髪をしている。目の色も、青みがかったナナリーの紫とは似ても似つかない真紅だ。
「私はもう一人のあなた。ナナリーという少女の別のカタチ」
「もう一人の私……?」
「そう。そして今日より、ナナリー姫の騎士となる」
「騎士?あなた、何を言っているんですか?もう一人の私って、いったいどういうことなんです?どうしてあなたは私そっくりの姿をしているのですか?どうして私の名前を……」
ナナリーは口ごもった。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。この少女はナナリーのことをそう呼んだ。それは久しく呼ばれることのなかった本名だ。どうしてその名前を知っているのかと聞いてしまえば、その名前が自分のものであることを肯定することになってしまう。いくら混乱しているとはいえ、そんな危険を冒すほどナナリーの判断能力は鈍っていない。
少女は、ナナリーが口ごもった理由もナナリーの本名も追及することはなく、ナナリーの疑問に簡潔な言葉で答えた。
「契約」
ナナリーは思わず息を呑んだ。それは、ナナリーがあの異形のナイトメアとギアスを手に入れる直前に聞いた単語だ。
「そんな……じゃあ本当に、あれは夢じゃないの……?」
信じられなくて――否、信じたくなくて声が震える。否定して欲しかった。けれど返ってきたのは、望みとは正反対の言葉だった。
「だから、さっきからそう言ってるでしょ?」
少女は呆れたような顔をしてため息をつく。
「あなたは力を欲した。だから私はあのナイトメアと未来線を見る能力を与えたのよ」
「ずいぶんなことを言うじゃないか」
横から突然割って入ってきた声に、少女もナナリーも目を見開いてそちらを向く。
「誰!?」
「C.C.!」
ただし動作は同じでも、叫んだ言葉は違った。誰何の声を上げたナナリーとは違って、少女には声をかけてきた人間を知っているようだった。いや、見たことがあるという意味であるのならば、ナナリーもその人物を知っていた。視線の先に立っていたのは、拘束衣を着たライムグリーンの髪色をしたあの少女だったのだ。
「あなたは、あのときの……」
「ギアスの力をお前に与えたのは私だ」
目を見開いているナナリーに向かって、C.C.と呼ばれた少女は無感動な表情で言う。
ナナリーそっくりの少女はどこか必死にも見える顔で、その言葉に反論しようとする。
「違うっ、あれは私が!」
「お前は私が持ちかけた契約に、無断で割って入っただけだ。それなのに、ギアスをまるで自分が与えたかのように言うのはいったいどういう了見だ?まあ、あのナイトメアを与えたのがお前だということは間違っていないが……少々おいたが過ぎるんじゃないのか、ネモ?」
C.C.はすいと視線を動かして、ナナリーそっくりの少女――どうやらネモという名前らしい――を冷たい目で睥睨した。ナナリーたちよりも幾分年上に見える彼女はその分身長も高くて、少しあごを上げて目を細めると、顔立ちが整っている分ひどく冷たい印象を与える。
ネモはその視線をじかに浴びているせいなのか、先ほどまでより少し顔色が悪くなっている。それでも彼女は青い顔をしながら、目じりを吊り上げてC.C.に食ってかかる。
「違う、違う違う!ナナリーと契約したのは私だ!その証拠に、契約の代償として私はナナリーの心の闇をもらった!そして私はただの泥人形からさらに高次の存在にシフトできたのだ!」
「私の心の闇……?」
驚愕するナナリーに頓着せず、ネモは言葉を続ける。
「確かに私は、お前のコピーでしかない。でも今はナナリーの心の闇を、人間の感情を得てより高次の存在になった!私はもう、ただの泥人形なんかじゃない!」
「その言葉……!」
ナナリーは大きく目を見開いた。その言葉に聞き覚えがあったからではない。その言葉を、確かに言った覚えがあるからだ。あの異形のナイトメアに乗っていることに気づいてすぐ、ナナリーは同じ言葉を口にした。けれどナナリーには、そんなことを言う理由なんてない。ナナリーは自分のことを泥人形だなんて思っていない。けれど確かにナナリーはそれを言った記憶がある。このことはいったい何を意味しているのだろうか。
ナナリーは混乱するが、この場にいる二人のうちどちらもそれに気づいて説明してくれるなんてことはなかった。
「高次の存在?」
C.C.はあざけるように笑って言った。
「ナナリーの怒りに支配され振り回されているだけのくせに、よくもそんなことが言えたものだ」
「ナナリーに支配されているだと!?この魔王たる私がか!」
ネモが怒りに顔をゆがめてそう叫んだ瞬間、彼女の額に浮かぶ紋章が赤い輝きを放った。それと同時に、彼女の背後の地面から大きな腕が出現する。いや、腕だけではなかった。腕だけだと思っていたそれは見る見るうちに全体像を現す。それは異形のナイトメアだった。
外側からその姿を見たこともないのに、ナナリーにはそれがマークネモだと分かった。
マークネモは地面から姿を現したかと思うと、C.C.に向かって襲いかかろうとする。
「危ないっ!」
警告の声を上げるナナリーだったが、それは無用の心配だった。襲いかかったマークネモの体はC.C.に触れる直前で、粒子に分解されて消えてしまったのだ。
とても現実のこととは思えない光景に、ナナリーはごくりと喉を鳴らした。
「そんな、どうして!?」
「魔王とは、また大口をたたいたものじゃないか、ネモ」
驚き叫ぶネモに向かって、C.C.はつまらなそうな顔をしながら歩み寄っていく。
「お前の力は所詮私のコピーに過ぎない。お前がナナリーに与えた力……さっきのナイトメアも同じだ。私にギアスは効かない。それなのに、あんなものの攻撃がどうして私に通用すると思った?魔女の私にも勝てないお前が、どうして魔王になれると言うんだ?」
C.C.はそう言って片手を伸ばした。そのとき、ライムグリーンの髪がふわりと風をはらんで舞い上がる。髪が浮かんであらわになった額には、鳥に似た紋章が赤く輝いていた。彼女は白く細い指で、同じ記号が浮かんでいるネモの額をとんと押した。
その瞬間、ネモは恐怖に顔をゆがめてその場にしゃがみこむ。
「っ……いやあああああ!!」
ナナリーは慌てて駆け寄ってしゃがみこみ、ネモの体を抱き起こした。
「あ、ああ……ちがう、ちがう!私は、私はっ」
「しっかりしてください!」
「私は泥人形なんかじゃない!違う、違うんだ!」
いくら声をかけても、ネモは正気を取り戻さない。ナナリーは顔を上げて、C.C.を非難の目で睨み付けた。
「何をしたんですか!?」
「ショックイメージを見せた」
「ショックイメージ?」
「少し調子に乗っていたようだから、お仕置きしただけだ」
ナナリーが聞きたいのはそんなことではないのだが、C.C.は故意なのか天然なのか、詳しい説明をしようとはしない。
「心配ない。しばらくすれば落ち着く。さて、その間に少し話でもするか?それのせいで、まともに話もできなかったからな」
まともに話ができなかったのは決してネモだけのせいではないと思うのだが、そんなことに言及して時間を無駄にするよりナナリーは、事態の説明を求めることを選んだ。
「それでは教えてください。契約とは、いったい何なのか。そしてあなたと、私そっくりのこのネモという人はいったい誰なのかを――」