責められるのを当然と分かっていながら、捨てることのできない義務感からジョミーは全てを話すことにした。
まず、ミュウは植物からエネルギーを摂取して生きているが、実は人間からも同じことをすることができること。それがこの事態を説明するにあたっての、そもそもの大前提だ。
治療室から場所を移すことなく話を始めたので、周りにいた者たち――特にシャングリラに古くからいた者たちは、そのことよりも先ほどのトォニィの発言の真意についても聞きたがっているような素振りを見せた。それをあえて無視して、ジョミーは話すべきことを話すことに専念した。
周りの者たちが聞きたがっていることは分かっている。トォニィは、ジョミーがブルーにしたのと同じことをしただけだと言っていた。それはつまり、ジョミーはブルーの命を延ばすために自分の命を削ったということを意味しているのか。そしてアルタミラという単語。ジョミーに命を救われなかったら生きていることさえできなかったかもしれないのにという言葉は、果たして何を意味しているのか。そのあたりのことが聞きたいのだろうという推測が付けられないほど、ジョミーは馬鹿ではない。
けれど、言葉にも出されていない質問に自分から答えてやるほどジョミーは親切ではなかった。相手が子供ならまだしも、先ほどの言葉の真意を聞きたそうな顔をしているのは皆、大人ばかりである。それに聞かれたからといって答える気は皆無なのだ。話す気があったのなら、この十数年の間にもうとっくに話している。
だからそのことには触れないように気をつけながら、必要なことだけを口にする。人間からもエネルギーを得ることはできるがそれは普通の食事とは違って、命を分け与える行為であるから、ほとんどのミュウが本能的にそれを拒否していること。けれど双方の間に深い絆があれば、それは決して不可能なことではないこと。
そしてトォニィがジョミーの命を救うために、自らの命をジョミーに分け与えた――つまりジョミーのためにトォニィが己の命を減らしたこと。
それを告げた瞬間、カリナとユウイがはっと息を呑んで青ざめるのが見えた。大切な一人息子の命が減ったと聞いた親の反応としては当たり前のものだ。そしてその反応は、ジョミーの予想通りのものであった。トォニィにそんな選択をさせてしまったことが申し訳なくて、衝動的に逃げてしまいたくなったが、それをしてしまったら自分が許せなくなるから、大人しく二人が何か言うのを待った。
どれだけ責められてもなじられても、当然だと思った。
しかしカリナたちが何かを言う前に、トォニィが口を挟んできた。ジョミーは悪くない、僕が勝手にしたんだ、等々。そしてひとしきりそんなことを言った後、それに多分ジョミーは勘違いしてると思うんだけど、という前置きをしてから次のようなことを話し始めた。
自分の生命を分け与えたとは言っても、トォニィはジョミーがブルーにしたように、命の半分も相手に分けていないということ。何故なら、ジョミーは別にブルーのように寿命が切れかけていたわけでもなかったので、死にかけていた魂をこちらに引きずり戻すのと傷を治すだけでよかったからであるということ。トォニィの命は、精々十年分ぐらいしか減ってないということ。
それを聞いたとき、正直ジョミーは拍子抜けした気分だった。同時に、大きく安堵した。そうは言ってももちろん、いくら寿命の長いミュウにとっても十年という月日は決して短いものではないのだが、思っていたよりもずっと少ない年数であったからだ。ジョミーはそれこそ自分がしたように、命の半分を分け与えられたものだとばかり思っていたので。
しかしだからと言って、トォニィの命が減ったことに変わりはない。だから思っていたよりもずっと短い時間であったことにほっとしながらも、カリナとユウイから何を言われるかとずっと身構えていたのだが、カリナもユウイもジョミーを責めたりすることはなかった。ただ寂しそうに笑って、トォニィが選んだことなら、とだけ言った。そして、貴方が死なないで良かった、とも。
その言葉を聞いた瞬間、ジョミーは責められなかったことに安堵することはなく、それまで以上の罪悪感に襲われた。そしてそのことで、気付いてしまった。責められて当然だと思っていた、と自分では思っていたが、そうではない。こんなふうに許されるよりもずっと責められる方が楽だから、責められたかっただけなのだと気付いてしまった。一言も責められないことは、どんなふうに非難されるよりもずっと、自然と罪悪感を煽ってしまうものだから。
気付いてみれば、ブルーが眠り続けることになってしまった原因を話さなかったのは、それと同じ理由からだった。ブルーが眠り続けることになった原因である自分を正当化したくないとか、そんなふうに綺麗な理由からではなくてただ、許されるよりもずっと責められる方が楽になれたから、無意識のうちにジョミーはそちらを選んだのだ。
無意識の中に隠れていた自分の醜さに、吐き気がした。
◇ ◇ ◇
傍目には回復したように見えても、実際はどうなっているか分からないということで、それから夜までの時間は検査に費やされた。急な成長を遂げたトォニィも、体に不具合がないか調べるために検査をすることになった。トォニィはジョミーから離れたくないと言葉でも態度でもあからさまに語っていたのだが、ジョミーが言って聞かせた。
検査の合間には、子供たちの相手をした。あれだけ心配をかけたのだから、それぐらいのアフターケアは義務である。しかし、遠巻きになってトォニィの発言の真意について詳しいことを聞きたそうな顔をしている者たちのことは、これ以上ないほど無視しておいた。ブルーの眠りの原因を話さなかった真実の理由に気付いても、今さらそれを彼らに説明する気なんて起こらなかった。
そして検査が終わると、今日は色々あったので疲れているからと言い訳をして、自室に引っ込んだ。鬱陶しい視線から逃げるためでもあるし、事実でもあった。
◇ ◇ ◇
自室に引っ込んだ後、まだ頭についたままだったウィッグを外して服を脱いでシャワーを浴びて、少し早いがもう眠ろうかと思ってベッドに手のひらと片膝を乗せたところで、背後にある扉が開いた。
「ジョミー、一緒に寝よう!」
振り返らなくても分かる。トォニィだ。
トォニィがこうやって突然一緒に寝ようと押しかけてくることは、これまでにも割とよくあることだった。他の子供たちに知れると面倒なことになるのでそれは、ジョミーとトォニィ、それに加えてカリナにユウイだけの秘密だった。そして秘密と言えど先に述べたとおり良くあることだったので、今さら一緒に寝ようと言われても驚くようなことでも何でもないはずなのだが、ジョミーは何とも表現しがたい顔で動きを止めていた。図体は大人になったくせに行動は子供のままだなんて性質が悪すぎるとか、見た目で考えてみて今のジョミーとトォニィが一緒に眠るのはあまりよろしくないだろうとか、カリナでもユウイでもいいから僕の部屋に来る前に止めてくれとか、脳裏を駆け巡るものがたくさんあったせいである。
しかしこのまま動かないで無視――たとえ意図せずともそういうことになってしまう場合はあるものだ――していると、見ている方が泣きたくなるほど見事に落ち込むのは経験則から分かっているので、ジョミーはため息一つとともに振り返って……思わずシーツの上に突っ伏しそうになった。
「……トォニィ、お前……その見た目で枕を抱えるのはやめろ……」
「え、何で?」
子供の頃ならかわいいだけで、おかしいことなど何もなかった。けれど見た目十七、八歳の青年が枕を抱きしめている姿は、明らかに何かがおかしい。決定的におかしい。おかしいはずなのに、これがトォニィなのだと思うと条件反射でなごんでしまう。そんな自分がさらにおかしい。
(成長したのは本当に見た目だけなんだな……)
ジョミーが遠い目をしていると、その間にトォニィは距離を詰めてきて、ジョミーの隣に膝をついてベッドの上にごろりと転がった。
「あ、こら!勝手に寝るな!」
中身は子供のままでも外見が外見なので、今のトォニィと一緒に眠ったりしたら色々とマズイだろうと思って叱り付ける。
トォニィはどうして怒られるのか分からないといったような顔をしてベッドの上で起き上がり、不思議そうに首を傾げた。
「今日は駄目なの?」
「いや……駄目って言うか……」
ジョミーのために大きくなった子供に向かって、まさか見た目が大きくなったから一緒に寝るのは駄目だなんて人でなし発言をすることはできず、ジョミーがどう説得するべきか迷っていると、トォニィはしゅんとうなだれた。
「……今日は一人で眠るとジョミーが撃たれたときの夢を見てしまいそうだから、一緒に寝たいんだけど……」
(あ……)
ジョミーは目を見開いた。
自分が撃たれたことなんて正直その後に起こったことに比べれば遥かにどうでもいいことだったのですっかり忘れていたが、トォニィにとっては違ったはずだ。それこそ、ジョミーにとっての重大事だったトォニィがしでかしたことこそ彼自身にとってはどうでもいいことで、ジョミーがほとんど忘れていた銃で撃たれて死にかけたことがトォニィにとっての重大事だったはずだ。自分に関する出来事をそんなふうに表すのも何だが、トォニィがしたことを考えてみればそうとしか言えない。
しかもジョミーが撃たれたのは、トォニィの目の前だった。夢に見るかもしれないと不安に思っても仕方がない。
考えてみるとそう納得しても、はっきり言って予想外の言葉だったそれにジョミーが言葉を無くしている間に、その無言を何と勘違いしたのかトォニィは悲しそうな顔になる。
「……ジョミーが駄目って言うのなら諦める……」
「そんなわけないだろう」
体の大きさが違うぐらい何だ。大きくなってもトォニィはトォニィだ。一瞬でそう結論付けて、ジョミーは腰掛けていたのから体勢を変えてベッドの上に乗っかると、本来寝る向きとはクロスして横になってるトォニィの体を押した。
「ほら、向きを変えて……もっとそっちに寄れ。狭いだろうが」
「分かった」
寝転がったまま落ち込んでいたトォニィは一気に明るい顔になって起き上がり、いそいそとベッドの上を移動して、自分が持ってきた枕を元からあったジョミーの枕の隣に置く。
「ほら、おやすみ」
ジョミーはそう言って、いつものように頬におやすみのキスをしてやってトォニィを寝かしつけようとする。
「おやすみ、ジョミー」
その言葉の後、いつもなら同じように頬に返ってくるキスは何故か、唇に寄越された。ジョミーは思わず、そのまま横になろうとするトォニィの肩をつかんで引きとめていた。
「……トォニィ」
「何?」
きょとんと首を傾げる仕草は幼さを体現していて、無邪気そのものだ。それに頭痛を覚えながらジョミーは口を開いた。
「今のは……何だ?」
「何って、おやすみのキス」
「おやすみのキスは口にするものじゃない」
「大人は違うって聞いたよ?」
「……誰から?」
「パパ」
(ユウイ……!)
トォニィの肩をつかんだまま、ジョミーはがっくりとうなだれた。
(万年新婚夫婦みたいに仲が良いのは別にかまわない……だが、子供に妙なことを吹き込むのはやめてくれ……!)
切実にそう思っていると、トォニィは不思議そうな顔をしてジョミーの顔をのぞきこんでくる。
「ジョミー?」
「あのな、トォニィ、大人だからおやすみのキスを口にするわけじゃなくて……。とにかく唇へのキスは、恋人とか夫婦以外は普通しないものだから軽々しくしたらいけないんだよ」
「それぐらい知ってるよ。軽々しくとかそんなこと言わないでよ。僕はそんな気持ちでしたわけじゃない。ジョミー以外の人に、こんなことしないよ」
諭すようなジョミーの言葉に、むっとしたような顔になったトォニィだったが、すぐに気を取り直すように息を吐いて真剣な顔になった。
「僕はジョミーが好きだからキスしたんだ。ママよりもパパよりもずっと、ジョミーのことが一番好きだよ」
「でも……」
「ジョミー……もしかして、約束忘れた?」
突然約束なんて言葉を持ち出されて、ジョミーが目をぱちくりさせていると、トォニィは少し悲しそうに続ける。
「ジョミーのことが一番好きだって気持ちが、大きくなったときにも変わってなかったら、僕のお嫁さんになるのを考えてくれるって約束……忘れたの?」
「いや、忘れてたわけじゃなくて……」
突然言われたから、約束っていったい何のことだと思っただけだ。あの約束をしたのは、そう昔のことでもない――と言うかむしろつい数週間前のことであり、しかもそのことでトォニィと他の子供たちの間にひどい喧嘩が勃発しそうになったのだから、覚えていないわけがない。あんなインパクトの大きな出来事を忘れたりしたら、痴呆を疑うべきだ。
「ねえ、ジョミー。僕、大きくなったよ……今ならもう僕のこと、ちゃんと考えてくれる?」
問い詰めていたはずなのに、いつの間にか問いかけられる側に回ってしまったジョミーは、非常に困っていた。
(どうしよう……)
あの約束をしたのは、成長したらジョミーのことなんて忘れてしまうだろうと思っていたからで、もしそうならなかったとしても、トォニィが大きくなるまでなら考える時間はたっぷりあると考えていたからである。まさか選択の時がこんなに早く来るなんて考えたことは一度もなかったのだ。困惑しないわけがなかった。
ジョミーが困り顔で黙り込んでいると、トォニィが泣きそうな顔で尋ねてくる。
「僕じゃ駄目?……それとも、ソルジャー・ブルーのこと、まだ好きなの?ジョミーが死にそうになっても目を覚まさなかったような奴なのに……!」
「っ……」
自分でも分かっていた事実だった。けれどそれでも、他人にそのことを突きつけられるのは痛い。つい数時間前に感じた絶望が、再び心の中によみがえる。ジョミーが泣きそうになっていると、トォニィが慌てて顔をのぞきこんできて、ジョミーを慰めようとして必死になった。
「あ、わ……な、泣かないで、ジョミー!ソルジャー・ブルーのことなんて、気にすることないよ……!」
「泣いてない……!」
意地でこぼれそうになっている涙を止めて、顔をのぞきこんでくるトォニィの肩を押して離れさせる。しかしトォニィはそれを許そうとしないで、肩を押したジョミーの手を自分の両手でつかんだ。
「嘘つき。ジョミーはずっと心の中で泣いてたよ………もうずっとソルジャー・ブルーが起きてくれなくて、悲しかったんだよね?寂しかったんだよね?」
「っ……!」
「僕なら、ジョミーを泣かせたりしない……ジョミーを一人にしたりしない。ずっとジョミーと一緒にいるよ。だから、僕のことを好きになって?……僕をジョミーの一番にしてよ」
「……トォニィ……」
心が、揺れるのが分かった。
そのことでジョミーは、ブルーを好きになったきっかけを思い出した。ブルーに会ったのは、ジョミーが両親を亡くして一人になったときだった。そのときのジョミーはただ寂しくて悲しくてどうすればいいかさえ分からなかった。ブルーはそんなときに、ジョミーの家族になってくれると言ってくれたのだ。一人残されたジョミーにはその言葉がうれしくて、それがブルーを好きになったきっかけだった。もちろんそれだけが好きになった理由と言うわけではないけれど、きっかけは確かに家族になってくれるという言葉だった。
トォニィが言ったのはその言葉とは違うけれど、意味は同じものだった。そしてブルーがああ言ってくれたあのときのように、ジョミーの心は孤独だ。だからこんなにも心が揺れる。
今はまだ、トォニィのことを恋愛の対象として見ることはできない。だから今すぐトォニィの気持ちに答えることはできないけれど、ブルーのことを忘れて、トォニィのことを考えてみてもいいのかもしれない。きっと言葉通り、トォニィならずっとジョミーと一緒にいてくれるはずだ。ブルーみたいに、ジョミーを拒んで眠り続けることなんてトォニィは決してしないだろう。そして何より、今までトォニィと一緒にいるときだけが、ブルーのことを忘れることができて幸せな気持ちになることができた。
ブルーのことを、今でも好きなのかどうかなんて、もう今は分からない。恋愛とかそんな気持ちよりもずっと今は絶望の方が大きい。だからジョミーはもう、そんな気持ちを捨ててしまいたかった。
「ジョミー……好きだよ」
そんな言葉とともに、トォニィの顔が近づいてくる。キスをされるのだと分かった。拒否する気は不思議なぐらいに起こらなくて、流されるままにジョミーは目を閉じてそれを受け入れようとして――けれどトォニィの唇が触れてくる前に、ジョミーは背後から誰かの胸に抱き寄せられる。
「駄目だよ……許さない」
同時に聞こえてきた声に、時が止まったような気がした。