りーぴ 06

「ソルジャーの年齢をご存知ですか?」
 フィシスの突然の話題変換に、ジョミーは戸惑いながらも、依然聞いたことを思い出しながら答えた。
「三百歳ぐらい……?……確かブルーはそう言ってたと思うけど……」
「そうです。私たちミュウの年は、外見とは比例しません。私もこのような姿をしておりますが、すでに六十を越えています」
「ええっ!?」
 ジョミーは、どう見たって若々しい少女にしか見えないフィシスのことをまじまじと見つめた。ブルーといいフィシスといい、ミュウは外見詐欺だ。いや、ハーレイとかゼルとか普通に年取ってるっぽい者たちだっているにはいるのだが、彼らにしたってあれが実年齢どおりの外見なわけではないのだろう。やはり外見詐欺、とジョミーがそんなことを考えているのを知らないフィシスは、真剣な顔で話を続ける。
「私たちミュウは長寿の一族……けれど、寿命がないわけではないのです」
「はあ……それで?」
「今のところ定かではありませんが、ソルジャー以外の古参の方々の健勝さを見る限り、ミュウの寿命はおそらく三百年よりもずっと長いのでしょう。けれど、長きに渡りこのシャングリラを支え続け、仲間たちを守ることに全力を捧げてきたソルジャーは、あまりにサイオンと、そしてお体を酷使されすぎました」
「……何が言いたいんだ……?」
「分からないのなら、はっきり申し上げましょう……おそらく、ソルジャーに残された命はあとわずか……長くても、十年は生きられないでしょう」
「十年って……あと十年年で……ブルーが、死ぬ……?」
 呆然と呟くジョミーを盲いた目で見据えて、フィシスは続ける。
「長くて残り十年の間違いです、ジョミー……貴方がシャングリラに来たことで精神が安定しているためか、今は少し回復なされたようで、この状態が続くのならもう少し延びるかもしれませんが……それでも、ソルジャーの命の灯火がだんだんと小さくなっていっていることに変わりはありません」
「そんな……」
 呆然とするジョミーの手を握る手に力を込めて、フィシスは切ない表情で懇願してくる。
「だからどうかお願い、ジョミー……ソルジャーの気持ちを信じてあげて……そして、できるならどうか、あの人を拒まないで……」
 けれどその声は、ブルーの寿命が残り十年という言葉にとらわれていたジョミーには届かなかった。



◇ ◇ ◇



 あの後、どうやってフィシスがいた部屋から出て行ったのか覚えていない。気付けば、いつもの慣れた道――ブルーの部屋へと続く通路を歩いていた。ほとんど無意識に歩を進めながら、脳裏を占めるのはたった一つのことだけだった。
(ブルーが、あと十年しか生きられない……?)
 嘘だと思いたい。けれど、シャングリラにやって来た日以来、ベッドを離れることのないブルーの姿や、しきりにブルーの体のことを気にする大人たちの姿は、フィシスの言葉を何よりも肯定している証のようにしか思えない。それにジョミーには、たいした話もしなかったけれどそれでも、フィシスがそんな性質の悪い冗談を言うような人間には思えなかった。
(僕の家族になってくれるって……そう言ってくれたのに……どうして……?)
 涙があふれそうになって、ジョミーは乱暴な仕草で眦をぐいっと拭った。
 思い返してみれば、ブルーはジョミーに好きだと言ったことは何度もあっても、ジョミーの気持ちを問い返してくるようなことはなかった。ジョミーに対して、何かを望むようなこともなかった。それは、己の寿命が切れかけていることに、ブルー自身が気付いていたからなのだろうか。
(……ブルー……)
 そうやって思い悩みながら歩いていると、いつの間にかブルーの部屋の前まで来てしまっていた。先客がいるのか、いつもはきっちり閉まっている扉は少しだけ開いていて、中からは話し声が聞こえてくる。行儀が良くない行為だと分かっていても、誰が来ているのか気になってそっと中をのぞいて見ると、ブルーの寝台を囲むように長老たちが立っているのが見えた。
 長老たちの半分は、ジョミーのサイオン訓練の先生を務めている。そしてジョミーは、先ほど癇癪を起こして訓練の途中で抜け出してきたばかりだ。
(いや、でもあれは僕だけが悪いわけじゃないし……)
 ジョミーがいつまで経っても上手くサイオンを制御できないからと言って、皆でそろって嘘の情報を教えた彼らだって悪いとジョミーは思っているが、だからと言って訓練を途中で放り出していいわけがない。しかし、嘘を教えられて腹を立てている今は、彼らに大人しく教えを乞うことができるような状態ではない。簡単に騙されたことを許せるほど、ジョミーは年を取っていないのだ。少年の外見をしたくせ実は三百歳というブルーと違って、ジョミーは見た目どおりぴっちぴちの十四歳だ。
 気付かれないうちに立ち去ってしまおうと思って、踵を返そうとしたジョミーだったが、中から聞こえてきた内容に思わず足を止めた。
「ソルジャー……これを見てください」
「これは?」
「信じられませんが……つい先ほど、ジョミーが作り出した花の種です」
「そうです、ソルジャー……決して新しい命が生まれることのないはずのこのシャングリラで、ジョミーは新しい命を……この種を作った。これは、いったいどういうことなのでしょうか……?」
(え……?)
 ジョミーは驚愕に目を見開いた。
(まさか、ハーレイと教授が言ってたのって、嘘じゃなかったのか……?)
 ジョミーがサイオンの制御に失敗して、これ以上何かを破壊することがないようにと考えてあんな嘘を吐いたのだと思っていたのだが、ブルーに向かってこんなことを話しているということは、あの話は嘘ではなくて本当だと言うことなのだろうか。ジョミーは立ち去るのをやめて、いけないことだとは分かっていても、盗み聞きすることを決めて耳を澄ませた。
 今度は、長老たちの声ではなくてブルーの声が聞こえてくる。
「……それが、ジョミーの力だということなのだろう……ジョミーが生まれた瞬間、フィシスが予言したことがある。ミュウの太陽となる存在が、この世に生まれ出でたと……フィシスの言うとおりだ。ジョミーは間違いなく、ミュウを照らす太陽となってくれるだろう」
「……そのお言葉ですと、ジョミーが生まれたときから、貴方はジョミーを知っておられたというふうに聞こえるのですが……?」
「そのとおりだよ。ハーレイ」
「何故すぐに保護しなかったのですか?」
「……ジョミーは母親のことが大好きだったから、無理やり引き離すのは不憫に思ったんだよ」
「本当に、それだけですか?」
「……何が言いたいんだい?」
 部屋の中の空気が少し不穏なものに変わった気がして、盗み聞きしているという弱い立場にあるジョミーは、扉の向こうでこっそり肩をすくめた。
「今の今まで気付きませんでしたが……ジョミーは誰かに似ていませんか?」
(え……?僕が、誰かに……?)
 ジョミーが首を傾げていると、中からゼルの声が聞こえてくる。
「おお!そう言えば、このシャングリラを作った人に似ている気がするが……そう言えば、彼女の名前もジョミーだったのではないか?」
「そう言えば……いや、でも……髪の色も目の色もジョミーとはちょっとずつ違っていましたし、顔立ちも似てはいるけれど、そっくりと言うほどではないような……」
「そう……瓜二つと言うほどではないが、それでもジョミーは彼女に似ている。我らをこのシャングリラに導いて、その直後に殺されてしまったから、私たちはほとんど何も彼女のことを知りませんが……三百年前亡くなったあの人は、貴方の想い人だった。そうですね、ソルジャー?彼女を亡くしてから、貴方は特別な人間を作らないでミュウのために生きるようになった。けれど、名前も同じで容姿も彼女に似ているジョミーを見て、貴方は亡くなった彼女とジョミーを重ねてしまうのを恐れたのではないですか?ジョミーを彼女の身代わりにしてしまいそうだと思ったからこそ、この十四年間、ジョミーをシャングリラに連れて来なかったのではないですか?」
「違う!そうじゃない!」
「ジョミーを好きだと貴方は仰いましたが……貴方はジョミーに、かつて愛した彼女を重ねているだけではないのですか?」
 ジョミーは目を見開いて、意識しないうちに一歩下がった。かつんと小さな足音が響く。
 それに気付いたのか、ハーレイが誰何の声を上げた。
「誰だ!?」
 同時に、誰の手も触れないまま扉が一気に開かれる。部屋の中から、ジョミーの姿が明らかになった。
「なっ……ジョミー、まさか聞いて……」
「ジョミーだって!?」
 それまで、ベッドに横たわりながら話をしていたブルーが、焦った顔で飛び起きる。長老たちは、明らかにしまったというような表情を浮かべていた。そんな彼らを呆然と見つめながら、ジョミーはぽつりと言った。
「ブルー……僕は、代わりだったの……?」
「違う!!」
「昔好きだった人に似てたから……貴方は、僕に好きとか言ったんだね……」
「違う、ジョミー!僕の話を聞いてくれ!!」
 ブルーは必死になって否定するが、ジョミーは信じなかった。元々、どうしてブルーが好きだと言ってくるのか、理由が分からなくて信じられないでいたのだ。ブルーがいくら否定しても、信じられるわけがなかった。
 呆然としていた表情を憤りに変えて、ジョミーはキッと鋭い瞳でブルーを睨み付けて大声で叫んだ。
「……らいだ……ブルーなんか大っ嫌いだ!!」
 同時に、ジョミーのサイオンが暴走した。ごうっと音を立てて、ジョミーの周囲に竜巻のような風が起こり、その風に床や壁が削り取られていく。部屋中に荒れ狂う風が満ちた。長老たちはそれに翻弄されて、床に手をついて何とか自分の周りにだけバリアーを張ってしのいでいるが、その中でブルーだけは風に影響されることなくジョミーに近づいてくる。
「ジョミー!!お願いだ、話を聞いてくれ!!」
「嫌だ!来るな!!」
 そう叫んでも、ブルーは近づいてくるのをやめない。それならば、自分がここからいなくなればいいのだと判断して、シャングリラの外へと強く願った。どうすれば、シャングリラから外に出ることができるのか、ジョミーは教えてもらっていない。けれど、サイオン全開状態のジョミーが強くそう願うだけで、一度だけ見たシャングリラと外とをつなぐ扉はこの場に具現した。開けと強く念じれば、その扉はゆっくりと開いていく。ジョミーはその狭いすき間に体をねじ込もうとするが、その前に背後からブルーに腕を捕まれた。
「ジョミー、待ってくれ!誤解なんだ!」
「僕に触るな!!!」
 ジョミーはブルーから逃れようと、サイオンを使った。ブルーはジョミーを捕らえようと、サイオンを使った。同じぐらい強力な二つの力がぶつかりあった結果、強力な爆発が起きた。



◇ ◇ ◇



 爆風に吹き飛ばされたブルーは、頭を抱えながら何とか起き上がった。
「……う……っ、ジョミー!?」
 ジョミーの姿を探してあたりを見渡す。すると、ジョミーの姿はすぐに見つかった。意識を失っているのか、床に倒れてピクリとも動かない。ブルーは慌てて駆け寄って、ジョミーの体を抱き起こそうと手で触れた直後、信じられないように目を見開いた。
「……ジョミー……?」
 ジョミーの肉体は確かにこの場に存在する。けれど、その精神の存在がまるで感じられなかったのだ。
「ジョミー!?」
 ジョミーはこの場から逃げたいと思った。ブルーはジョミーを引きとめようとした。反発する二つのベクトルを持つ力がぶつかった結果、肉体だけをこの場に留め置いて、ジョミーの精神はこの場から離れたのだった。


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