りーぴ 05

 それから、ミュウの子供たちとブルーのおかげで、ジョミーは最初の拒絶からは考えられないほどの速さで、シャングリラに馴染んでいった。また、一部を除いてミュウのほとんどの者も、小さな子供のように母親を恋しがって悲しんでいたジョミーの心をテレパシーで感じ取ってしまったため、最初の反感を抱き続けることもできず、戸惑いながらもジョミーを受け入れていった。



 サイオン訓練のため特別に設けられた部屋の中で、ジョミーは目を瞑って、手の中に力を集めていた。ちなみにサイオンとは、ミュウが持つ不思議な力の総称である。
 部屋の中にはジョミー以外に、教授と呼ばれている老人の外見をしたミュウと、ハーレイとその他数人が教師として存在していた。普通なら、一人のサイオン訓練のためにこれだけの人数がつくことはないらしいのだが、ジョミーの力はミュウの中で最大の力を持つブルーと同じぐらい大きいらしくて、何かあったときに対処できないと困ると言うことでこれだけの人数が監督することになったわけだ。
 本来ならば、ブルーがジョミーに教えることができれば一番いいのだが、ブルーは一日のほとんどを眠って過ごしているから無理らしい。ブルー本人は、体調は大丈夫だからジョミーには自分が教えると言っていたのだが、それには周囲が猛反対した。ジョミーも、ブルーが教えてくれるならそれが一番安心できたのだが、一日中眠っていないとヤバいらしいカラカラ干物三百歳を無理に付き合わせるほど子供でも自分勝手でもなかったので、わがままを言うこともなく、他の者の指導を受けている。
 どちらかと言うと、そのことに落ち込んでいるのはジョミーではなくて、ジョミーにサイオン訓練をすることができなかいブルーだった。しかも、ジョミーのことが心配なのか、訓練時間中頻繁に思念体でこっそりジョミーの様子を窺いに来ているので、大人たちは頭を痛めている。ちなみにブルーはあくまでこっそり見に来ているので、まだサイオンの取り扱いに慣れていないジョミーはそのことに全く気付いていない。
 教師陣たちが頭を痛めているのは、ブルーの行動についてだけではない。一向に上達する気配を見せない、ジョミーのサイオンの制御である。ここ数日、一日のほとんどをサイオン訓練に費やしているにも関わらず、ジョミーは全く力を制御できないのである。ジョミーの力は強大だ。しかし力がどれだけ強大でも、制御できなければ話にならない。
 指導する大人たちの声にも、日が経つにつれ、そのことに対する不満が如実に表れ始めていた。
「そうだ!それを手の中でもっと凝縮して、的に向かって一気に放つのだ!」
 不機嫌気味のハーレイの言葉に大人しく従って、ジョミーは力が形になる程度まで手の中で練り上げたあと、それを的に向かって放つ。
(あ、しまった……!)
 のだが、放った直後、的を破壊するだけには力が大きすぎたことに気付いて、ジョミーは思わず口元を引きつらせる。サイオンの扱いに慣れた者なら、今からでもそれを修正することができるだろうが、ジョミーは何せ初心者だ。そんな器用なことができるわけがない。
 それは的を破壊した後、勢いをそのまま背後の壁を破壊した。この部屋は訓練のために作られているので、かなり丈夫に作られている上、サイオンで常時防壁が張られているから普通なら破壊されたりしないのだが、あいにくとブルー並のパワーを持つジョミーには意味がなかったようだ。
 力の強さはブルーのお墨付きだったが、さすがに壁を壊したのは今回が初めてだ。制御は全く上手くならないのに、力は日が経つにつれどんどん増しているようだ。ブルーが言うには、訓練をしているうちに君の中に眠っている力が引き出されていっているのだということらしいが、そんなのよりも制御の上手さを手に入れたいと、引きつり顔でジョミーは思った。
「ジョミー!!」
「っ……!」
 ハーレイの怒鳴り声に、ジョミーは思わず肩をすくめる。
「何てことをしてくれるんだ!」
「……ごめんなさい」
 悪いことをしたという自覚はあったので、ジョミーは殊勝な態度で謝る。が、ハーレイは険しい顔を崩さない。
「謝って済むような問題ではない!自分が何をしたのか分かっているのか!?」
 そう言われても、では謝る以外何をしろと言うのだろうか。ジョミーだって、いい加減な気持ちで訓練に取り組んでいるわけではないのだ。一生懸命やっていて全く上手くならないのだから、自分でも苛立っているのに、他人に頭ごなしに叱りつけられて腹が立たないわけがない。ジョミーはぶすっとした顔で言った。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。こんなの、サイオンを使えばすぐに直せるだろ」
「壁は直せる。粉々になっただけだからな。しかし、一度失われた草木を再生させることはできない!!」
「え?」
 ジョミーはきょとんとした表情になった。
「どうして?」
「……ソルジャーから聞かなかったのか?」
 眉をしかめるハーレイから、教授が説明を受け継いだ。
「このシャングリラでは、新たな生命が生まれることはないのだよ。どれだけ人間たちが住む世界と変わらないように見えても、ここは不完全な影の世界だからだ。だから、ここに住むミュウたちの間に子供が生まれることはないし、この中の動植物が自然に増えることはありえない」
 教授は壊れた壁のすぐ側まで歩いていって、外を指し示した。
「見なさい」
 壊れた壁の向こうには、花畑が広がっていたのだが、その一部がジョミーのせいでごっそり土ごと消えてしまっている。教授は壁の崩れている部分から外に出て、えぐれた地面と花畑の境にある、少しだけ原型をとどめた花を一輪手に取った。
「これを元に戻すことはできる」
 そう言って、教授が手に持った花だった物体にもう一方の手をかざすと、花だった物体は見る見るうちに花に戻った。
「しかし、完全に消滅した花を元に戻すことはできない」
「……別に元に戻すことはできなくても、サイオンで他のところに咲いている花を受粉させて新しい種を作って、それを植えて育てればいいだけじゃ……」
「受粉しても、受精することはないのだよ。だから種を作ることはできない。言っただろう?シャングリラでは、新たな生命が生まれることはないと」
 聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような口調で喋る教授に、機嫌が悪くなっていたジョミーの沸点はたやすく訪れた。
「そんなのやってみないと分からないじゃないか!」
 そう叫んでから、ジョミーは目を瞑って学校で習った植物の生殖を思い出しながら、意識を集中させた。大人たちは無駄なことをとそろって首を振っていたが、直後驚くような出来事が起こる。目を瞑ってサイオンを使っていたジョミーの上から、突然大量の何かが落下してきたのだ。
「うわっ!」
 頭上からの落下物に、ジョミーは驚愕の声を上げる。しかしすぐに体を起こして、それらを体から落とすようにぶるぶると首を横に振る。そして目を開けて、降って来たもの数粒を手に取って、ため息を吐きながら言った。
「……作りすぎた……」
 それは、ジョミーがサイオンを使って作り出した、花の種子だった。
「なっ……!?」
「ありえん……こんな……」
「……そんな馬鹿な……」
 そんなことを言って、驚愕に目を見開いている大人連中を見やって、ジョミーは一気に不機嫌になる。
「何だよ。皆で僕を騙したりして、感じ悪いの。ちゃんと作れるじゃないか」
 そう言って、ジョミーはくるりと踵を返して訓練ルームを出て行った。それを引き止める大人は誰もいなかった。皆、それどころではなかったのだ。
「……まさか……」
「ソルジャーでさえ無理だったことを……」
「いや、もしかしたら花の種に見えるだけで、植えても花が育つことはないかもしれんぞ」
「確かに……」
 視線を交わした大人たちは、ジョミーが作り出した花の種をえぐれた地面に植えると、それを育てようとサイオンを使った。そしてしばらくした後、彼らがこれまで三百年間信じてきた常識は打ち破られた。
 植えた種は、見事な花を咲かせたのだ。



◇ ◇ ◇



 訓練ルームを出ると、すぐになきネズミが寄ってきた。ドリームワールドの檻から逃れて、そのままリオと逃げるジョミーにくっついたままシャングリラに来てしまったのだ。以来、ずっとジョミーに付いて回っている。ちなみに、訓練ルームには危ないから入らせていなかった。
 寄ってきたなきネズミを抱き上げて、ジョミーはぷりぷりと怒りながら通路を歩いていく。
「僕が失敗ばかりするからって、あんな嘘吐かなくてもいいじゃないか」
 いつものように、ブルーの部屋へと行こうとするが、その途中で何故かなきネズミがするりとジョミーの手から逃れて、知らない部屋へと入り込んだ。
「あ、こら!」
 ジョミーも慌ててその後を追う。なきネズミはすぐに捕まった、と言うより自分からジョミーの肩に上ってきたのだが。顔を上げたジョミーは、何となく部屋の中を見回して首をかしげた。
(ブルーの部屋も変だけど……この部屋も変なの)
 だだっ広い部屋の中にはほとんど物がなくて、入り口からかなり離れたところに二階へ続く階段が設けられている。何か少し惹かれたような気がして、反転して部屋を出ることなくそのまま進んでいって、階段を上っていくと、途中でまたなきネズミがジョミーの肩を降りて走っていく。
「こら、どこに行くんだよ!」
 その後を追って階段を上りきると、そこには一人の少女が座っているのが見えた。
「ようこそジョミー。貴方を待っていました」
「……貴方は誰?」
「私はフィシス。未来を占うソーサラー。貴方のことは、ソルジャーからよく聞いています」
「ブルーから?……どんなこと?ブルー、変なこと言ってない?」
 ジョミーが胡乱な顔で問うと、フィシスは楽しそうな顔で否定する。
「いいえ。でも、そうですね。聞いていて恥ずかしくなるようなことなら、いつも仰っていますよ」
「聞いていて恥ずかしくなるって……」
「ソルジャーは、貴方のことが大好きなのですわ」
 フィシスはクスクスと上品に笑いながら言うが、ジョミーは何故か一気に暗い表情になった。
「……好きって……ブルーは、どうして僕のことなんか好きなんだろう……」
「ジョミー?どうしてそんなことを?」
「だって僕、全然女の子らしくなんかないし……女の子らしくないどころか、学校の皆には本物の男以上に男らしくてカッコいいとか言われてたぐらいなんだよ?ジョミーが男の子だったら絶対好きになってた、って女の子たちに言われたことはたくさんあっても、男から告白されたことなんて一度もないんだ……ブルーがどうして僕のこと好きだなんて言うのか、全然分かんないよ。冗談なんかじゃないことは分かってるけど……」
 今にもため息を吐きそうなジョミーの手を握って、フィシスは静かな口調で言った。
「私は盲目なので貴方の姿を見ることはかないませんが……こうして触れれば、その人がどんな姿をしているのかは分かります。貴方はとてもかわいらしい姿をしていると、私は思いますわ」
 にっこりと微笑むフィシスから、ジョミーは無言で目を逸らした。自分なんかよりもずっと綺麗で女らしくて、スタイルもよくて、ジョミーには絶対似合わないピンク色のドレスをさらりと着こなしてしまえるフィシスにそんなことを言われても、惨めな気持ちにさせられるだけだ。ジョミーはそっとフィシスの手を振り払った。
「……ジョミー……」
「……」
「……では、直接ソルジャーにお聞きになられてはどうですか?ソルジャーがどうして貴方のことを好きになったのか、その理由を……」
「ブルーに?でも、そんなの……」
「ジョミー……このまま戸惑っているだけでは、何も変わりはしませんわ。それに……このままでは、ソルジャーがあまりに不憫です。想いを寄せている貴方に好意の程を疑われるなど……悲しすぎますわ」
 まるで自分のことのように眉尻を下げて悲しそうな顔をするフィシスを前に、ジョミーはそっと目を伏せた。
「別に……疑ってるわけじゃ……」
 そう、ブルーの気持ちを疑っているわけじゃない。ただ、信じられないだけだ。
 ブルーが、冗談や嘘で好きだなんて言う人ではないということぐらい分かっている。けれどジョミーは、ずっと男の子みたいだと言われ続けてきたし、男の人に告白されたのも初めてだから、女としての自分に全く自信がない。しかも、最近ブルーに好きだと言われたり微笑みかけられたりすると、何だか落ち着かない気持ちにさせられるのだ。この年になるまで全く色恋沙汰に興味のなかったジョミーには、それが怖かった。ブルーからの好きだという気持ちを信じてしまうと、自分の中の何かが変わってしまいそうな気がして、怖いのだ。
 ジョミーが俯いていると、フィシスが再びジョミーの手を取った。
「……怖いのですね。けれど、どうかお願いです、ジョミー。ソルジャーの気持ちを信じて、受け入れてあげて……ソルジャーには、もうほとんど時間が残されていないのです……」
「……え……?」
 ジョミーはぱちりと大きな目を瞬かせた。


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