それは、アルテメシアへと向かう途中の航路での、人間との間に起こったとある戦闘の終局でのことだった。
『こ、降伏する……!だから命だけは……命だけは助けてくれ!頼む!!』
圧倒的なミュウの力に、戦力のほとんどを失った敵の指揮官が、通信画面の中で憐れっぽい悲鳴を上げている。いい年をした男が恐怖に顔を引きつらせ、目に涙を浮かべている姿は正直見ていて気持ち悪いだけだと、ジョミーは心の中で無慈悲に切り捨てる。
(大体、命だけは助けてくれ、だって……?)
ジョミーは無表情の顔に、一片の不機嫌さを浮かべる。
(……人がミュウに何をしてきたのか、ミュウをどれだけ虐げ苦しめ殺してきたのか知っていながら、お前はその台詞を言うのか……?)
惑星さえも滅ぼすような恐ろしい兵器を持ち出して、ナスカを――数多くのミュウを殲滅した人間が、自分が死にそうになったからと言って命乞いをして、助かると思っているのだろうか。
心優しい他のミュウたちがどうであろうと、ジョミーは許さない。ナスカで失った仲間たちの苦しみの声を、ジョミーは知っている。
また、ジョミーが知る悲劇はそれだけではない。ブルーの記憶に感応したジョミーは、アルタミラの悲劇のこともまた、自分の身に起きたことのように知っている。300年も昔から続く、人とミュウとの間の対立。その対立の間ずっと、ブルーは地球へ向けてミュウの存在を認めてくれるようメッセージを送った。けれど人が、ミュウという異端の存在を受け入れることはなかった。ブルーは300年間もの長きに渡って根気強く人に歩み寄ろうとし続けたのに、人はミュウを拒絶し続けた。
そのことを知っているから、ジョミーには分かっていた。今、降伏してくる敵軍に慈悲を示して捕虜にしたとしても、捕虜となった彼らがミュウのことを認めることなどないだろうということが。甘いところを見せれば、つけ込まれるだけだ。
民間人が相手なら対応はまた違っていただろうが、相手は軍人。遠慮する必要も躊躇する理由も、一片とて存在しない。
それだけのことを一瞬の間に考えたジョミーは、誰が何を言うよりも、誰が何を為すよりも早く、冷たい顔で口を開いた。
「……殺れ」
同時に、戦闘機に乗って宇宙に出ているトォニィに向けて、口に出したのと同じ言葉を思念に乗せて送る。直後、シャングリラの進路を塞いでいた艦隊は、閃光となり宇宙の塵と化した。降伏する相手に、ジョミーがこうやって容赦することがないのはいつものことだ。それなのにブリッジにいるメンバーたちからは、物言いたげな視線が送られてくる。
ジョミーはそれを無視して、くるりと踵を返すとブリッジを後にした。
「戦闘は終了だ。皆、体を休めておくように」
ブリッジを後にしたジョミーは、一人蒼の間に――そこにあるブルーの寝台の前にたたずんでいた。
「……ブルー……」
今は亡き偉大なるソルジャーブルーに向かって、ジョミーは静かに語りかける。ブルーの肉体は滅んでしまった。けれど彼は、ジョミーの心の中で未だ生き続けている。その彼に向かって。
「……もうすぐ、アルテメシアに着きます……貴方と僕が出会った、始まりの地へ……」
そしてそこで、必ずテラの座標を手に入れて、ブルーが一生をかけて望んだ約束の地への道を開く。
(志半ばにして倒れてしまった貴方の代わりに……僕はきっとテラへたどり着いてみせる……)
それが何よりもの、ブルーへ――そしてナスカで死んでしまった仲間たちへの弔いとなるだろう。
ナスカで得られなかった安住を、今度こそテラで得てみせる。長年放浪を続けてきたミュウたちに、安心して暮らせる場所を与えてみせる。それが、ナスカを喪った後のジョミーの決意だ。そのためならば、どれだけでも非情になってみせるとジョミーは決めた。ミュウは総じて甘すぎる。その甘さがある限り、人に勝利することなどできないだろう。だからジョミーは容赦することはしない。ジョミーは修羅の道を行く。そうすることでテラへたどり着くことができるのならば、他のミュウたちにどれだけ眉をしかめられようとかまわない。
汚いこと、許されないこと、良心が咎めること――それらの責任は全てジョミーが負って生きていく。
そうやって改めて決意を固めていると、トォニィがテレポートしてくる。ブルーの寝台を見つめているジョミーの背後にやって来たトォニィは、一途な思慕を込めた声でジョミーに呼びかける。
「ジョミー」
「……トォニィ」
ジョミーは少しだけ眉をしかめて振り返り、けれどすぐに無表情に戻って前に向き直った。
どれだけ冷たい態度を向けても、いたわりの言葉一つ与えず戦いに追いやっても、トォニィは変わらない。ただひたすらに、ジョミーのことを慕い続けてくる。満足に休む暇さえ与えずジョミーはナスカの子らを酷使しているのだから、トォニィだって他のナスカの子たちのように、ほんの少しでもジョミーに対して反感を持てばいいものの、トォニィがジョミーに対して負の感情を向けることは絶対にない。
それを示すように、今もトォニィは笑顔で話しかけてくる。
「ねえジョミー、こんな部屋にいないで、たまには僕のこともかまってよ。アルテラにね、美味しい茶葉を分けてもらったんだ。一緒にお茶でも飲もうよ。今日の戦闘だって、僕はちゃんと貴方の役に立ったんだから、それぐらいいいでしょう?降伏だなんて馬鹿げたことを言う奴らも、ちゃんと皆殺しにしたよ。結果的に貴方からの命令の方が早かったけど、僕だってあんな奴らなんか助けてやるつもりはなかったんだ。だから……」
「トォニィ」
トォニィの話を冷たい声でさえぎって、ジョミーはちらりと振り返る。
「話はそれだけか?それならもう行け。僕は忙しいんだ」
拒むようにそう言うと、トォニィは顔を歪めた。
「っ……話を逸らさないでよ!貴方はいつもそうだ!汚いことは全部引き受けて、一人で全ての責任を背負おうとしている!あいつらを殺したのは、貴方の命令だったからじゃない!僕の意思だ!!」
「違う……トォニィ、お前はまだ幼い。僕が人を殺せと命じる心に引きずられて、そう思っているだけに過ぎない」
「違う!!」
トォニィは感情的に叫ぶと、すばやい動きでジョミーのことをブルーの寝台の上に押し倒した。強い力でつかまれたジョミーは、思わず苦痛に声を漏らす。
「いっ……!」
「どうしてっ……どうしてそうやって僕を拒むんだよ!?僕は貴方のために生きてるのに……!」
血を吐くような叫びを上げて、トォニィはジョミーの肩をつかむ手に力を込める。こんなふうに、トォニィがジョミーに当たるのは初めてだ。けれどそれを嫌だと思うことはない。むしろ安堵した。
(そうだ、トォニィ……僕のことなど、嫌いになればいい……)
テラへ行くためと言って、まだ幼いトォニィたちナスカの子らを戦いに追いやるひどいジョミーのことなんて、嫌いになってしまえばいいのだ。ジョミーに当り散らして気が済むのなら、いくらでもジョミーのことをののしればいいし、暴力に訴えたっていい。ジョミーは静かな目でトォニィを見据えて問うた。
「……気は済んだか?」
「っ……ジョミー……!」
トォニィは悲しそうに目を見開いた。そして痛いのを堪えるような顔になると、押し倒したジョミーの顔に自分の顔を近づけて、ぽつりと泣きそうな声で言った。
「……貴方が悪いんだ……!」
そしてトォニィは、おもむろにジョミーの唇を奪った。突然のことに、目を見開いて硬直しているジョミーの唇をこじ開けて、萎縮する小さな舌を吸い上げて歯列をなぞる。
「んっ……!」
その瞬間に、背筋を走った覚えのない感覚にジョミーが思わず声を漏らして肩を揺らすと、トォニィはジョミーの口を塞いだまま、ジョミーの下肢に手をやった。誰にも触られたことのないような場所を、大きな手のひらに撫で上げられる。ジョミーは零れ落ちそうなぐらい大きく目を見開くと、必死になって、自分よりも大きなトォニィの体を押し返そうとする。
しかしトォニィは、圧倒的に体格で劣るジョミーの抵抗を、ジョミーの両手首を片手でつかんで頭上に縫いとめてしまうことでたやすく封じ込めた。トォニィはそれからさらに、息をする余裕もないほど口付けを深めてくる。そしてそれと並行して彼は、ジョミーの衣服を片手で器用に乱していく。下着と一緒にズボンを膝の辺りまでずり下げられて、トォニィの手が直接ジョミー自身に触れたとき、ジョミーはいい加減耐え切れなくなってサイオンを使ってトォニィを弾き飛ばそうとした。
「っ……!」
その衝撃に少しだけ吹き飛ばされたトォニィはジョミーにキスするのをやめるが、自分もサイオンを使ってシールドを張ったのか、密着具合が変わることはほとんどなかった。拗ねたような顔をしたトォニィがジョミーを責める。
「ひどいや、ジョミー」
「……何のつもりだ、トォニィ?」
罵りや暴力ならば受ける覚悟はあったが、これは違う。これは命をつなぐための行為だ。しかしジョミーもトォニィも男なのだから、どうやったって子孫を残すことなどできない。それとも、ジョミーを貶めるためにこんなことをするのだろうか。
口元を拭いながら静かに問いかけると、トォニィは鼻で笑う。
「何のつもりだって?ソルジャーブルーともやってたんだろう?純情ぶらないでよ」
「……?……ブルーと……?」
ブルーはいつだって穏やかで優しくて、尊敬できる人だった。トォニィのようなことを、彼がジョミーにしたことは一度もない。トォニィがどうしてそんなことを言うのか分からなくて、ジョミーが心底困惑していると、その困惑がうつったようにトォニィもまた困惑したような顔になる。
「え……?だって……違うの?」
「どうしてブルーが僕にそんなことをする必要がある?」
そう言って、のしかかってくるトォニィを睨みつけると、トォニィは表情を変えてにやりと笑う。
「必要とかそんな問題じゃないんだけど……ふーん、そうなんだ」
トォニィがまとっていた不機嫌さが、何故か一気に霧散して、喜びにあふれた空気になる。ジョミーはあまり感知能力に優れていないし、必要がない限り他人の内心を無理に読み取ろうとはしないので、それがどうしてか分からなかった。それでも、トォニィの機嫌が良くなったらしいことは分かったので、これでトォニィもこの馬鹿げた行為をやめるだろうと思っていたのだが、そうはならなかった。
「あっ……!」
突然、トォニィの大きな手のひらにジョミー自身を握られて、ジョミーはびくっと跳ね上がった。そんなジョミーに、トォニィは再び顔を寄せて軽いキスを落とすと、手の中に握ったジョミーのものをゆるゆると擦って昂ぶらせていく。
「っ……や、あ……!……やめ……トォニィ!!」
「やめないよ」
「あ……くっ……ど、して……こんな……僕のことが嫌いなら、な、ぐれば、いいだろ……!」
ジョミーが吐き捨てるように叫ぶと、トォニィが泣きそうな顔になる。ひどいことをされているのはジョミーの方なのに、どうしてトォニィがそんな顔をするのだろうか。
「っ……どうして……どうして分かってくれないんだよ!?好きだって言ってるのに、どうしてそんなこと言うんだ……!どうしていつも……僕の気持ちを拒むの……?……ジョミー……」
そう言って、トォニィはぼろぼろと泣き始める。それを見ていると、大人になったのは見かけだけで、心はまだまだ子供なのだと思い知らされた。しかし、ナスカの子らを戦いに追いやり人殺しをさせているジョミーにはもう、トォニィを慰める権利などないのだ。どうすればいいか分からず途方に暮れていると、トォニィが泣いたまま、再びジョミーにキスをする。
「……好き……好きだよ。ずっと前から……生まれる前から、僕はジョミーのことが好きだったんだ……貴方のために、僕は生まれてきたんだ……」