KKS inconceivable! 03

 校門の手前で下ろせと言ったルルーシュの言葉を無視して、C.C.は校門の真ん前に車を止めた。間違いなく、無理やり車を出させたことに対する嫌がらせのつもりなのだろう。
 校門では風紀委員が、服装や髪型についての取り締まりをしているところだった。取り締まりとは言っても、このアッシュフォード学園は割合……いや、かなり自由な校風が売りであるからして、ほとんど形だけのものだ。
「ほら、さっさと下りろ」
「……お前も、後で覚えてろよ」
 先ほどのC.C.の発言をなぞって、ルルーシュも恨み言を言ってみる。
 ハンドルを握る女はそれを鼻で笑い飛ばした。瞬殺だ。
 それに多大なる苛立ち――むしろ殺意を覚えながら車から出ると、好奇心満々といった感じの視線に包まれる。謎の美少女が運転する車で、男子高校生が学校まで送られてきたのだから、それも当然のことである。実際の年齢がどうであろうと、美女と言うにはやはりC.C.は外見年齢が足りない。
 注視されるのは想定内のことであったから、深いため息を吐くだけにとどめる。向けられる視線に緊張したり、後ろめたさを覚えたりすることはない。おそらく周りが想像しているような甘い関係は、ルルーシュとC.C.の間には少しもないのだから、緊張する必要も後ろめたさを覚える必要も皆無である。
 風紀委員の取り締まりに対しても、堂々とした態度でそのまま校門を通り抜けていこうとする。不真面目ではあるが、一応生徒会役員であるルルーシュは、服装も髪型も違反など一つもしていない。
 しかし門を通り抜ける前に、一人の少女が声をかけてきた。
「おはよう、ルルーシュ」
 単なる知り合いならば無視もできただろうが、彼女――ユーフェミア相手にそれをするわけにもいかない。ルルーシュは小さなため息を吐くと、その場で立ち止まってくるりと振り向き、ユーフェミアに向かって笑いかけた。
「おはよう」
 自分で言うのも何だが、非の打ち所のない笑顔で挨拶を返したはずなのに、ユーフェミアの反応は何故か冷たい。冷気が伝わってくるような気がするのだが、理由が不明だ。気のせいだろうか。
「風紀委員の前で、女の人が運転する車に乗って登校してくるなんて、いい度胸ね」
 ユーフェミアまで妙な邪推をするのかと、ルルーシュは睡眠不足もあいまって、半ばぐったりとしながら答える。
「あれは違う……彼女とは、君が考えているような関係じゃないよ」
「そうなの?」
「疑うのなら、ナナリーに聞いてくれてもかまわない。彼女は単なる、母さんの知り合いだ」
 何年も前からずっとランペルージ家にほとんど住み着いていて、夜眠るときにはルルーシュの隣にもぐりこんできたりもするし、セクハラまがいの言動で毎日からかわれたりするが、嘘は言っていない。C.C.は真実ルルーシュの母であるマリアンヌの友人なのだから、決して嘘ではない。ただ、際どい事実を言っていないだけである。
 しかしそんなことを知る由もないユーフェミアは、とたんにほっとしたような顔になって、無邪気な笑みを浮かべた。
「何だ、マリアンヌ様の知り合いの方なのね。私てっきり、ルルーシュが変な女の人に引っかかっちゃったのかと思っちゃったわ」
「はは……」
 ルルーシュは乾いた笑いを漏らした。
 引っかかったわけではないが、C.C.が妙な女だということは間違っていない。しかしここで何か言えば、せっかく収まったらしい疑念を呼び起こすだけである。それを悟っていたルルーシュは、賢明にも口をつぐんでいた。
 そのときふと、強い視線を感じてそちらに目を向ける。ユーフェミアの斜め後ろの位置から、風紀委員の一人である枢木スザクが憮然とした顔でこちらを睨み付けてきていた。
 スザクとユーフェミアは付き合っている。それは、学園中の誰もが知っている事実である。だから、ユーフェミアと親しげに話すルルーシュのことが、スザクは気に入らないのだろう。
 ユーフェミアとルルーシュがどうにかなることなんて、あるわけがないのに。しかしスザクはそれを知らないのだろうから、睨まれても無理はない。
 ルルーシュは少し困ったような顔で、スザクに向かって笑いかけた。君からユフィを取ったりしないよ、との意図を込めて。
 スザクは何故かさらに憮然とした顔になって、ルルーシュから顔を逸らしてしまう。
 ルルーシュとユーフェミアは、異母兄弟だ。ただし、愛人の息子であるルルーシュとは違って、ユーフェミアは父親の何人目かの正妻の娘である。べらぼうに頭のいいルルーシュが、ユーフェミアの母親が父の何人目の正妻かということを覚えていないのは、母を正式に娶ることもできない男の、結婚回数なんて癪すぎて覚える気にもならないという至極単純な理由が隠されている。
 異なる女の腹から生まれたとは言っても、半分は確実に血がつながっている兄妹。つまり、ルルーシュとユーフェミアがどうにかなったりすれば、近親相姦である。
 確かに、まだそういった道徳観念が自身の中で確立されていなかった幼いころ、ルルーシュの初恋の相手は多分ユーフェミアだった。しかしそれも今から考えて見れば、家族愛やら兄弟愛やら友人への愛やらの入り混じった淡い、ひどくかわいらしい恋心だった。
 ルルーシュもユーフェミアも、父親には全く似ないで生まれてきたから、半分血のつながった兄弟とは言え、外見に類似点はほとんどない。あえて挙げるならば、瞳の色が二人と紫だということぐらいだ。しかしそれもルルーシュの深い紫色の瞳と、ユーフェミアの少し青みがかった薄い紫の瞳とでは、色合いがまるで異なっている。ルルーシュの瞳が、硬質で美しい輝きを放つ宝石のアメジストのようであるならば、ユーフェミアの瞳は、野に咲く可憐な菫の花弁のよう。
 そして、ユーフェミアは父親の姓であるブリタニアを名乗っているが、ルルーシュが名乗っているのは母親の姓であるランペルージ。
 また、ユーフェミアもルルーシュも、自分たちの家庭事情を軽々しく他人に吹聴するような性格をしていない。
 そのため、二人が異母兄弟だという事実を知っている人間はあまりいない。恋人として付き合っているスザクになら、ユーフェミアもルルーシュのことを話しているかもしれないと思ったのだが、この敵意丸出しの反応を見る限り、それはないだろう。
 ルルーシュは本来、自分に敵意を向けてくるような人間は、反抗してくる気もなくすほど完膚なきまでに叩き潰すという容赦なしの性格をしているが、さすがに異母妹の彼氏にそんなことをするわけにもいかないので、最近ちょっと困っている。
 スザクがユーフェミアに相応しくない相手だったら、どんな手を使ってでも別れさせただろうが、そんなことはなかったのでむしろ困っているのだ。
 枢木スザクにおける基本データ。成績は上の下といったところで、少々乱暴な性格をしているようだが女性には優しいようだし、運動神経は抜群で、容姿もユーフェミアと並んでも見劣りしない。
 と言うかスザクとユーフェミアが並んでいる様は、どちらも容姿が整っているだけあってひどく絵になるものだから、ルルーシュの創作意欲を大いに刺激してくれる。二人の様子を観察していると、話のネタを思いつくことも多い。
 ユーフェミアに相応しい云々と言うより、ルルーシュがスザクのことを陥れない理由は、スザクの無礼千万なな態度も、話のネタになると思ったら許せると思ったからである。このあたりの思考は、作家としてのゼロの思考にかなり押されている。
 スザクがもしナナリーの彼氏で、その上でルルーシュに対して敵意の視線を向けてきたりしたら、こんなふうに簡単に流したりしなかった――それこそ身の破滅にまで追い込んでいただろうが、最愛の妹の彼氏ではなくて、昔からそれなりに仲が良かっただけの異母妹の彼氏。ユーフェミアのことよりも、ナナリーを喜ばせるための手段である仕事を優先させるのは、ルルーシュにとって何ら心を痛めることではない。
 命やら身の危険やらがあると言うのなら話は別だが、高校生の色恋に関することで、そんなディープなところまで行き着く男女はほとんどいない。
 ナナリー大なりユーフェミアの不等式は、ルルーシュの中で決して揺らぐことのない確定事項である。いやむしろ、ナナリー大なり全人類だ。ルルーシュにとって、ヒエラルキーの頂点にいるのはナナリーだ。シスコンもここまで行くと、逆にすがすがしい。
 そんなわけでルルーシュは今も、不躾な視線をバシバシと向けてくるスザクを見て、締め切りが終わった直後にも関わらず、次に書く小説の構想を考えていた。
(次はオーソドックスに、姫と騎士が出てくるようなファンタジー小説にしてみようかな……)
 姫はユーフェミア、騎士はスザクのイメージで。
 しかし、ここ数日ほとんどまともに眠っていなかったせいで、見るからに文科系で実際見た目どおり文科系のルルーシュは、睡眠不足のあまりめまいがしてきた。まずいと思った直後、膝から力が抜けて地面に倒れそうになったが、地面とお友達になる前に力強い腕に体を支えられる。
「おいっ!大丈夫か?」
「あ、ああ……」
 ルルーシュはくらくらする頭を手のひらで押さえながら、驚きを隠せないままスザクを見上げた。嫌っているはずの相手を助けるなんて、それでこそ騎士の鑑と脳内世界と現実を一瞬ごっちゃにしてしまうが、すぐに我に返る。
 まるでスザクに抱きしめられているような体勢になっていることに気付いて、ルルーシュは慌ててその胸を押し返した。
 スザクはそれに、一気にむっとしたような顔になる。せっかく助けてやったのに、態度が悪い奴だとでも思っているのだろう。
 少し申し訳ない気分になるが、男に抱きとめられて喜ぶような趣味はないので、こればかりは勘弁してもらいたい。
「……すまない。最近少し忙しくて、寝不足気味だったんだ。もう大丈夫だから、ありがとう」
「そんな顔色してるくせに、どこが大丈夫なんだよ。強がりも大概にしろよな」
 しつこい。本人が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫ということで事態を収めておいてくれればいいものを、融通が利かない男である。ルルーシュは一気に不機嫌になって、冷たい瞳でスザクを見据えた。
「君には関係ないだろう。放っておいてくれないか」
「関係ないって……確かに関係ないけど……」
 スザクは何故か少し気落ちしたような顔になる。けれどまだ、彼はルルーシュの腕をつかんで放そうとしない。
「なら、もうい」
「でも!心配するぐらい、別に普通だろ!」
「何故?関係ない相手の心配なんて、普通しないと思うが」
 しかも、ここまで突き放してくるような相手の心配なんて、余計に。
 人でなしだが割と真理を突いているルルーシュの言葉に、スザクは、うっと声を詰まらせる。しかし、すぐに何かを決意したような顔になって、大声で言った。
「俺は……俺はお前のこと好きなんだから、心配するのは普通だ!分かったかよ、この女顔!」
「……は?」
 ルルーシュは、ぽかんと口を開いたまま、固まった。同時に、その発言が聞こえる距離にいた周囲もまた、同様に固まった。
「今、何か変な言葉が聞こえたような気がするんだが……」
 好きと聞こえたような気がするが、聞き間違いだろう。普通、好きと告白した直後に、その相手を罵るような人間がいるわけがない。もっともなことを思うルルーシュだったが。
「変って何だよ。人が思い切って告白したのに、失礼な奴だな」
「こくはく……」
 スザクが言った中から一つの単語を、ルルーシュは子供のような口ぶりで繰り返す。
 めまいがする。明らかにスザクの言葉のせいだったが、ルルーシュは寝不足のせいだろうかと、耳に届いた言葉を全力で拒絶していた。
「すすすスザク!?」
 ユーフェミアのどもり声が聞こえてきて、スザクがそれに返事をするのが見えた。
「何?」
「る、るる、るるる」
「ユフィ、ごめん。る、とだけ言われても俺には理解できない」
「るるる、ルルーシュのことが好きって……あの、お友達になりたいってこと?そうよね?そうに決まってるわよね!」
 ユーフェミアの言葉に、ルルーシュは目からうろこが落ちたような気分になった。
(ああそうか、友達、友達か……)
 そう、スザクが言っているのは、友達としての好きなんだろう。ユーフェミアとスザクは付き合っているのだから、ルルーシュに恋愛の意味で好きだと言ったりするわけがない。
(はは、俺は馬鹿か、早とちりしたりして……)
「違う。恋人になりたいって意味の好き」
 ルルーシュはずっこけそうになった。スザクに腕をつかまれていなければ、間違いなくそうなっていただろう。
「何やってるんだよ、危ないな」
 普段のルルーシュなら、お前のせいだろうと鋭いつっこみを入れていただろうが、スザクの衝撃的発言に魂が飛んでいたせいで、呆けたような顔でつぶやくのみだった。
「君は……ユフィと付き合ってるんじゃ……」
「ユフィはただの友達だ。俺が好きなのはお前」
「好きって……だが、俺たちは男同士で……」
「俺だって、自分が男なんか好きになるとは思わなかった。だからお前、責任とって俺と付き合え!」
 無茶苦茶だ。どんな論理を働かせれば、そんな結論に達するのか分からない。
 ルルーシュはくらくらする頭を抱えながら、顔を引きつらせて言う。
「……俺のどこに、そんな責任を取る必要があ」
「お前が綺麗すぎるのが悪いんだよ。肌とか女よりも白くて柔らかそうで触りたくなるし、唇なんかキスして欲しいって言ってるみたいだし、その瞳とか見てると泣かせて喘がせたくなってくる」
「あえっ……!?」
 あんまりな言葉に、ルルーシュは絶句した。常識的に考えればまず、十代も半ばを越えた男子高校生に言われるような言葉ではないはずだ。C.C.に日夜セクハラ的発言を受けているルルーシュだったが、さすがに喘がせたいと言われたのは、これが初めてだった。
 ふと、強い視線を感じてそちらを向くと、恨みがましげな目をしたユーフェミアが、ルルーシュのことをじっと見つめている。その目は、言葉よりも雄弁に、ユーフェミアの感情を伝えていた。
 どう考えても、スザクに好かれたのは、ルルーシュには全く責任のないことである。だから、恨みがましい目で見られても、どうしようもない。
 何が悲しくて、妹とその妹の思い人と自分とで、三角関係を繰り広げなければならないのだろうか。

 寝不足と、予想外すぎる展開の相乗効果で、ルルーシュはその場で卒倒した。


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