りーぴ 11

 出せるだけの速度で飛べば、目的地にたどり着くには五分もあれば充分だった。そして、思念の発生源となっている場所を空から見下ろして、ジョミーは呆然と目を見開いていた。
「何だ……これは……」
 眼下に広がるのは、何かの研究所らしき建物の屋根にぽっかりと大きな穴が開いていて、その建物のあちこちから鮮やかな炎がちろちろと顔を出している光景だった。呆然と見下ろしていると、その建物の中から何人もの人影がぞろぞろと背後を気にしながら出てくる。一目で彼らがミュウだと分かった。そして同時に、彼らがジョミーが受け取ったあの強烈な思念を放ったのだということも。
 ジョミーはすぐに彼らの前を目標に降下した。
「無事か!?何があった!?」
 ジョミーの姿を見たとたん、彼らはひっと息を呑んで怯えたように身をすくめる。誰からか知らないが、サイオンで攻撃が向けられたが、それを手の一振りで払い落としてジョミーは大声で言う。
「僕もミュウだ、心配いらない!!君たちを助けに来たんだ!」
 何があったのかは分からないが、これは明らかな非常事態だとすぐに分かった。ブルーに会いたくないなんてことを言っている場合ではない。彼らをシャングリラに保護するため、ジョミーはシャングリラに続く門の出現を願った。しかし次の瞬間、空間を切り裂くように現れたのは、シャングリラではなくて、ジョミーがつい数週間前に作り出した世界へとつながる扉だった。シャングリラを元にして作ったせいか、扉の造りはシャングリラに続く門と全く同じだから、他の人間ならそれがシャングリラへの扉なのかそうではないのか分からなかっただろうが、感覚的にジョミーはそれが自分が数週間前に作った世界へと続くものだと悟った。
「なっ……!?どうして……」
 ジョミーは確かに、シャングリラへと続く扉をと願ったはずだ。ならば何故、この扉が現れるのだろうか。
 しかし、そのことについて考えている暇などない。彼らを早く保護しないと、ジョミーがドリームワールドで襲われたときのように、ミュウを殺そうとして特殊部隊がやって来てしまうはずだ。彼らをかくまう先が、シャングリラであろうとそうでなかろうと、とりあえずは人の手の届く場所でなければどちらでもかまわない。
 ジョミーはその扉を開けて叫んだ。
「早く!この中に入るんだ!!」
 建物の中から逃げ出してきた人たちは、少しだけどうしようかと迷うような顔をするが、ジョミーが死にたいのかと叫ぶと、びくりと肩を揺らした後決意したような顔になって扉をくぐり始める。
「急いで!この中は安全だから!!」
 彼らを急かしながら、ジョミーは考えていた。
(……おかしい)
 まだサイオンに慣れているとはとても言えないジョミーが気付くぐらいなのだ。彼らが放ったあの思念を、シャングリラにいるミュウたちが気付いていないわけがない。ならば何故、彼らは同胞を助けにここに来ないのだろうか。
 そして、シャングリラに続く扉をと望んだはずなのに、何故か出現したのはジョミーが作った森を模倣した世界へ続く扉。
 不意に、三度目に飛ばされたときその場にいた青年が言った、過去から来たんだねという言葉が脳裏をよぎる。他にも、時を渡るとかまだ十四歳だとかあと十年で会えるとか、不可解な言葉をたくさん言われた。
 今の状況を判断するピースは、こんなにある。だから、もしかしたらという推測が、今ジョミーの中では成り立っていた。けれど、最後の決定打が足りない。それをもどかしく思いながら、ジョミーが多くのミュウたちを扉の中に押し込んでいると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「……ジョミー?」
 信じられないといった色を宿したその声は、果たしてブルーのものなのか“ブルー”のものなのか分からない。ジョミーはゆっくりと振り返った。立っていたのは、薄汚れた白い服を着た白銀の髪に赤い瞳を持つ少年だった。外見はブルーそのもの。けれど彼が身にまとう雰囲気は、ブルーのように長い月日を生きた者のように老成されたものではなくてもっと年若い、外見どおりのものだった。
「……“ブルー”」
 だからジョミーが呼んだ名前は、そちらだった。髪の色が月のようなクリームイエローから雪みたいな白銀に変わっていても、目の色が透き通った水の色から野苺みたいな赤色に変わっていても、彼はブルーではなくて“ブルー”だ。
 これで、最後のピースがそろった。そしてジョミーの推測は、推測から確信に変わる。
 ここはジョミーが生まれた現代ではなくて三百年前の世界で、ブルーそっくりだと思った“ブルー”は、本当はブルーだったのだ。ジョミーが今いる場所は、過去だった。トォニィという青年が言っていた言葉の意味が、今やっと分かる。
 どうしてシャングリラのミュウたちが、この彼らを助けようとしていないのかも、これならば納得がいく。助けようとしていないのではなくて、シャングリラとそこに棲むミュウたちがまだ存在していなかっただけのことだ。
 シャングリラに続く扉をと願ったのに、そうではない扉が出現した理由も、これで分かった。つい数週間前、ジョミーはシャングリラを元に、ブルーの家の近くにあるあの森を模倣して新しい世界を作った。ジョミーは、シャングリラとは別の世界を作ったつもりだった。けれど、ジョミーが作ったその世界が実は、シャングリラと呼ばれるようになる場所だったのだろう。
 そしてジョミーが作ったあの世界が、シャングリラと呼ばれる場所になるのならば。ハーレイが言っていた、ジョミーと同じ名前でジョミーに少し似ているらしい、かつて死んだというブルーの想い人とは、今ここにいるジョミー自身のことなのではないだろうか。
 そのことに思い当たって、ジョミーは呆然として立ち尽くした。
 しかし遠くから聞こえた銃声に正気づいて、ジョミーはすぐに真面目な顔に戻ると、残るミュウたちを扉の中へと再び導き始める。
「早くこの中へ!“ブルー”も早く!!」
「あ、ああ……ハーレイ、ゼル、君たちも早く!!」
 ブルーが呼んだ聞き覚えのある名前に、ジョミーはやはりここが三百年前なのだと確信する。ブルーが読んだ二人は、年若い少年の姿をしていた。現代ではそれぞれ壮年と年寄りの姿をしている彼らにも若い頃があったのだと、緊迫した状況に不似合いなことを思った。
 ハーレイとゼルらしき二人を扉の中に押し込んだブルーに、ジョミーは急ぎ尋ねた。
「他に残っている人は?」
「僕で最後だ」
「なら、貴方も早く!」
 そう言って、顔を合わせることのなかったここ十日ほどの間にすっかり痩せてしまった“ブルー”の背を押して、扉の中に押し込もうとした瞬間、背中に大きな衝撃が走った。同時にパンと何かが弾けるような音がいくつも聞こえる。
「……え?」
 それが銃声なのだと気付いたのは、ジョミーが己の腹から流れる血を見た後だった。腹からだけではない。肩口から、胸のところから、足から、だくだくと血が流れ出ている。
 銃声に振り向いたブルーが、そんなジョミーの状態を見て悲壮に顔を歪めた。
「ジョミー!!」
「いいから早く!中に入って!!」
 ブルーの体を中に押し込んで、ジョミー自身も扉の中に飛び込んだ後、手を振って扉を消滅させる。扉がつながっていたのは、森の中でも“ブルー”とジョミーが出会ったあの湖のほとりだった。多くのミュウたちが湖のほとりで身を寄せ合っているのを見て、ほっと息を吐いた直後、ジョミーは崩れ落ちるように膝をついた。
「ジョミー!!」
 泣きそうな顔をした“ブルー”に抱き起こされて、大丈夫だと笑おうとするが、何故か体に力が入らない。おかしいと言えば、どうしてこんなにも大量の血が出ているのだろう。腐敗を止めるために、この体の時間は止めてあったはずだ。だからこんなに血が出るなんて、そんなことはないはずなのにと思っていると、ふと足先の感覚がまるで感じられないことに気付く。
 見ると、はだしの足は、つま先からさらさらと崩れ始めていた。
(ああ、そうか……)
 ジョミーは直感的に悟った。
(……この肉体には、僕の力は大きすぎたんだ……)
 おそらく、この肉体の持ち主であった少女は、あまり強力なサイオンの持ち主ではなかったのだろう。だから、ジョミーが持つ力の大きさに耐え切れなくなって、入れ物となっていた肉体が壊れ始めている。止めてあった体の時が動いているのも、壊れ始める肉体に連動してしまって、そのせいで動き始めてしまったのだろう。
 この体の主だった少女に心の中で謝ってから、力の入らない腕を無理やり動かしてジョミーは、ジョミーの体を抱きしめて泣きそうになっているブルーの頬に手を当てた。
「……“ブルー”……ううん、ブルー……この世界は、貴方と会った森を模倣して僕が作った世界なんだ。外とをつなぐ扉は、サイオンを使わないと開かないから、人に脅かされることはない。だから、この中は安全だよ……大変なことになっていたみたいなのに、今まで気付けなくてごめんね……」
「そんなことはどうでもいい!……だから、死なないで……僕を置いていかないでくれ……!」
「うん……これは、この体が壊れるだけだから……」
 そう言ったとき、ブルーの頬に触れていた指がさらりと崩れて砂になった。それにかまうことなく、ジョミーは笑って言った。
「だから悲しまないで……またいつか、会いに行くから」
「死んでしまったら、いつかも何もあるものか!!」
 絶叫するブルーを見て、ジョミーは困ったように笑った。だから別に死ぬわけではないと言っているのに。そう思った後、ジョミーの精神をとらえていた少女の肉体は全て崩れて砂になった。
 だからその後の彼らの運命を、ジョミーは知らない。



◇ ◇ ◇



 そして次に目を覚ますと、見覚えのある部屋の中にいた。このひどく独特の内装は、ブルーの部屋でしかありえない。
 横たわったまま視線を巡らせると、寝かされていたのはブルーのベッドの上だと分かった。ふと、誰かに手を握られていることに気付いて視線を向けると、ベッドの端につっぷすように眠っているブルーがいた。三百年後――現代に帰ってきたのだ。
 ジョミーはゆっくりと起き上がって、部屋の中をゆっくりと見渡した。ブルーと長老たちの話を聞いたあの後、サイオンを暴走させて結構な破壊活動を受けたはずの部屋だが、今はすっかり元に戻っている。ゆっくりと視線を巡らせていたジョミーは、広い床の半分以上の面積を占めている水に目を留めて、不意に目を細めた。
(ああ……あの湖の水の色、どこかで見たと思ったら……ここの水と同じ色なんだ……)
 ブルーと初めて会ったあの湖。その湖を初めて見たとき、その水の色に何故か既視感を感じたのだが、その原因がやっと分かった。
 この部屋は、あの湖があった場所に作られたのだ。ジョミーにはつい先ほどのことでも、ブルーや長老たち、そしてこの世界――シャングリラには等しく三百年という月日が流れている。だから、どういった経緯でこの場所にこの部屋が作られたのか、ジョミーは知らない。知らないけれど、初めて出会って、毎夜月夜の下逢瀬を繰り返したこの場所に建てられたこの部屋が、ブルーの気持ちを表しているように思えた。三百年もの間、ずっとジョミーのことを忘れることなく、ブルーは生きてきたのだろうか。
 誰かに重ねて見られていると知って、悲しかった。けれどそれは違った。ブルーがジョミーに重ねていたのは、結局のところジョミー自身なのだから、悲しむ必要なんてないのだ。
 しかし、そう思ってから不意に気付いた。あのときブルーが好きだと言ったジョミーは、ジョミーであってジョミーでない。精神は確かにジョミーそのものだったが、纏う肉体は別の少女のものだった。ジョミーの肉体を取りこんだことで、外見は肉体の持ち主である少女とジョミーとを足して二で割ったような形となっていたのだが、どう考えてもあの外見の方が本来のジョミーよりもずっと女らしい。髪も長かったし胸も大きかった。
(ブルーは外見なんかで人を好きになったりしないと思うけど……でも、あっちの姿の僕を見て僕のことを好きになったのなら……)
 丸っきり少年にしか見えない今のジョミーに幻滅したりしないだろうか。
 そんな不安に心を揺らすと、つないだ手からそれを感じ取ったのか、ブルーがぴくりと身じろぎする。それに気付いて、ジョミーも思わず肩を揺らした。その瞬間、ブルーが勢いよく顔を上げた。
「ジョミー!!」
 そのままブルーはベッドの上にすばやく乗ると、ジョミーのことを強く抱きしめた。
「よかった……無事に帰って来てくれて……もう一月以上も目を覚まさないから、心配したんだよ……」
「……ブルー……」
「聞いてくれ、ジョミー……あのときのことは、本当に誤解なんだ……」
「あの、そのことだけど」
 口を挟もうとするジョミーをさえぎって、ブルーは少し体を離して見詰め合う体勢になると、至極真剣な顔をして言った。
「君と彼女を重ねたことなんて、一度もない。本当だ……十四年前フィシスは、ミュウの太陽となる存在がこの世に生まれたという予言をした。けれどそのときの予言は、それだけではなかった。ミュウの太陽となり、そして僕の心を照らす太陽となる存在が生まれたと彼女は予言したのだ。……僕は、信じたくなかった。予言なんて、否定したかった。僕の太陽は、三百年前のあの日亡くした彼女だけで十分だと思っていた……だから君がまだ赤子のときから、君がミュウだと知っていて僕は迎えに行かなかった。君に会うことが、怖かったんだ……新しい太陽を得るなんて運命を、信じたくなかった」
(……?どこかで聞いたような……)
 ジョミーは少し首を傾げた。これと似たような言葉を、どこかで聞いたことがあるような気がする。そのときは、もっと分かりにくくて意味不明だった気がするが。
「それからずっと、意図的に君のことは頭の中から追い出していた。でも、迷子になった君が全力で母親のことを呼んでいる声に耐え切れなくなって、一度だけ君に会いに行ったことがあった」
(あ!そうか、あの夢の……)
 夢で見た、幼い日の邂逅。あのときブルーが言った言葉に、さっきの言葉は似ているのだ。
「……理由も分からないけれど、君の姿を一目見たとき、会えたことがただうれしくてうれしくてたまらなかった。けれど同時に、ひどく悲しかった。三百年前ミュウのために死んでしまった彼女のことを忘れてしまいそうで、それが怖かった。悲しかった。僕だけは何があっても絶対に、どんなときであろうと彼女のことを忘れないと誓ったはずなのに、君を見ているとその誓いがかすんだ……十四の年まで、君をシャングリラに連れてこなかったのは、君と彼女を重ねて見てしまうと思ったからじゃない……君を見ていると、彼女のことを忘れてしまいそうで、怖かったからなんだ……」
「……ブルー……」
「でも、一度会ってしまえば、もう無視していることなんてできなかった。だからずっと、遠くから君のことを見ていた。ずっとずっと、初めて会ったあの日から、君のことを見てきた……側に置いてしまえば、この気持ちを抑えきれないと分かっていた……そしてそれは、思ったとおりだった。好きだ、ジョミー。誰かの代わりなんかじゃなくて、君のことが好きだ……彼女のことをずっと好きでいたかった。三百年間、ずっとそう思っていたのに……それでも僕は、君のことを好きになってしまったんだ……すまない、ジョミー」
 そう言ってブルーは、赤い瞳を閉じてその眦から一粒涙を流す。ジョミーはブルーの首に腕を回して、ブルーの頬に涙を寄せると、その涙を舌で舐め取った。驚きに目を瞠るブルーに向かって、ジョミーは泣きそうな顔で笑ってみせた。
「……恋とは理不尽なものだねって、そう言ったのは貴方でしょう?」
 そのときに、こうやってジョミーの涙を舌で拭ったのもブルーだ。
「どうして、それを……?」
 不思議そうな顔をしているブルーの問いかけに応えず、ジョミーはブルーに抱きついて彼の肩に頭を預けて、ぽつりと呟く。
「僕も貴方も、馬鹿みたいだ……」
 それぞれが、勝手に知っているはずの人を別人だと思って、ずっと自分に嫉妬していた。これを馬鹿みたいだと言わずに、何を馬鹿と言うのだろう。けれど、ブルーが三百年もの間ずっと自分のことを想い続けてくれたのはすごくうれしかったし、本当の姿のジョミーのことを新しく好きになってくれたのもうれしかった。うれしすぎて、泣きたくなった。ブルーは二度も、ジョミーを好きになってくれたのだ。
 ジョミーは顔を上げて、怪訝な顔をしているブルーの手を握ると、こつんとブルーと額を合わせて言う。
「ここにいない間にあったこと……面倒だし、多分上手く説明できないから……直接僕の心を――記憶を見て……今だけは怒らないから……」
「ジョミー?」
「早く、ブルー」
 至近距離から懇願すると、ブルーは何故か少し困ったように笑ってから、了承するように目を瞑る。その瞬間、ブルーの優しいサイオンに包まれるのが分かった。しかしそれはほんの数秒で終わって、ジョミーの記憶を読み終わったブルーは呆然とした顔でぽつりと呟く。
「……君、なのか……?……あのとき……三百年前に僕が会ったのは……」
「そうだよ、ブルー……またいつか会いに行くって、ちゃんと言ったでしょう?300年も待たせてごめんなさい。……大好きだよ、ブルー」
 そう言って、ジョミーは思い切りブルーに抱きついた。けれどブルーは抱きしめ返してはくれず、ためらうように空に手を漂わせている。
「……ジョミー……そう言ってくれるのはうれしい……でも、僕は後十年も生きられない。それでも僕のことを好きだと言ってくれるかい?」
「うん……好き。貴方のことが大好き……それにそのことだけど、多分何とかなるよ。未来の僕……らしい人が言ってたんだ……ミュウは、植物だけからエネルギーを摂取できるんじゃない。人間からも摂取できる。でもそれは、命を分け与える行為だから、皆本能的に拒否してるんだって……でも、二人の間に深い絆があれば、不可能な行為じゃないって……」
 その言葉を聞いて、ブルーは信じられないように目を見開く。
「まさか、君は……」
 そんなブルーに向かって、ジョミーはにっこり笑って言った。
「僕の命を半分あげる。だから、一緒に生きよう?あと十年なんかじゃなくて、もっと長い時を僕と一緒に生きて、ブルー」
「馬鹿なことを言うんじゃない!君は、自分が何を言っているのか分かっているのか!?命の半分だなんて……そんな大事なものを受け取れるはずがないだろう!?」
「じゃあ!」
 ジョミーはキッと鋭い目でブルーのことを睨み付けた。
「ブルーは僕を置いていくの!?僕を置いて死ぬつもりなんだ!?三百年前のあのとき、死なないでって……置いていかないでって言ったのは貴方なのに、自分が嫌だって思ったことを僕にするつもりなんだ!?」
「そんなことを言っているわけでは……」
「……そんなつもりじゃなくても、貴方が言ってるのはそういうことだよ……」
 ジョミーは俯いて、ぼろぼろと泣き始めた。それを見て、ブルーは困ったような顔になる。
「ジョミー……君はまだ若い。これから先、僕なんかよりずっと大切にしたい人ができるかもしれないのに、そんな大切なことを簡単に決めてはいけない」
「若いからって何なんだよ!」
 憤り泣くジョミーの頬をなだめるように撫でて、ブルーは痛いような顔で笑った。
「ジョミー……君の命を削ってまで、僕は生きたいとは思わない」
「……僕だって、貴方のいない世界でなんて生きていたくないよ!!」
「……ジョミー……あまり僕を困らせないでくれたまえ」
「そっちこそ、僕のこと困らせないでよ!」
 ジョミーはブルーのことを睨みつけると、あふれてくる涙をぐいっと乱暴に拭って唇を噛み締める。
「……もういい……貴方の了承なんていらない」
 そう言って、ジョミーは突然ブルーの首筋に唇を寄せると、自分の生命エネルギーを――命をブルーの中に注ぎこみ始めた。
「ジョミー!やめたまえ!!」
 ブルーは慌ててジョミーのことを引き剥がそうとするが、ジョミーはがっちり抱きついて離れない。やがて、きっちり命の半分をブルーに注ぎ終えたジョミーは、ようやくブルーの首筋から口を離した。死に近づいていく体に、若く強いジョミーのエネルギーを無理に注いだせいで疲れてしまったのか、ブルーは今にも眠ってしまいそうな顔だ。
「じょ、みー……君は……」
「ごめんなさい、ブルー……でも、この件に関してだけは、貴方の言うことは聞けない。聞かないよ……」
 抱きしめたブルーの体から、ずるずると力が抜けていく。注ぎ込まれたジョミーのエネルギーを取り込むために、体が睡眠を欲しているのだろう。やがて、完全に目を閉じて眠りに落ちたブルーを抱きしめて、ジョミーは泣きそうな顔で目を瞑る。
「……大好きだから、置いていかないで……」
 ブルーが目を覚ましたら、ものすごく怒られるだろう。それが分かっていても、ジョミーはブルーに生きていて欲しかった。十年なんて短い間じゃなくて、もっと長い時を、ブルーと一緒に生きたかった。そのためなら、ブルーにどれだけ怒られようと、己の命が半分に減ろうと、そんなことはどうでもよかった。
 ただ、ブルーと一緒にいたかった。

●完結●


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